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『サカナとヤクザ ~暴力団の巨大資金源「密漁ビジネス」を追う~』鈴木智彦

 1.前文


 徳島県県道120号線、徳島県徳島市万代町から小松島市大林町へ延びる道路であるが、元々は、国道55号であった。1996年の徳島南バイパスの全線開通に伴い、国道から県道に変更された。
 新国道55号線では、ひどい渋滞が頻発することや、徳島市から南東へ延びる道がない等の使い勝手の悪さもあり、現在でも県道120号線は生活道路として親しまれている。

 そんな地方都市によくある道路であるが、南下していくと見慣れぬ看板がちらほら見えてくる。


 『シラスウナギ買います!』






 そもそも、シラスウナギとはなんなのだろうか。


 ウナギの稚魚。全長5~6センチほどで透明。フィリピン東方のマリアナ諸島付近で生まれ、黒潮に乗って日本や台湾、中国にたどりつくとされる。卵から育てる完全養殖は困難で、養殖に不可欠な天然のシラスウナギは高値で取引され、「白いダイヤ」と呼ばれる。各県の漁業調整規則などで漁には知事の許可が必要と定められており、指定期間以外の採取は禁じられている。
(2018-01-10 朝日新聞 夕刊 2社会)




 シラスウナギはウナギの稚魚である。そうするとまた別の疑問が湧いてくる。


 『なぜシラスウナギの買取を広く周知する必要があるのか?』


 そもそも漁業を行うには、地場の漁業組合から許可を得る必要がある。漁業権がなければならない。もし許可なく、漁を行えば、漁業権侵害とし、処罰される。ちなみに、許可が必要な漁を無許可で行うと「3年以下の懲役または200万円以下の罰金」(漁業法第138条)となる。



 以上のルールから考えれば、シラスウナギは、必ず漁業組合の関係者に捕獲されることになる。

 本来ならば、買取業者は漁業組合に営業をかければよいだけだ。交通量の多い旧国道なんかで、わざわざお金をかけて看板を作り、買取のアピールをする必要はない。


 『なぜシラスウナギの買取を広く周知する必要があるのか?』



 さて、そんな疑問に答えを与えてくれるのが、

鈴木智彦著『サカナとヤクザ ~暴力団の巨大資金源「密漁ビジネス」を追う~』である。

 ちなみに、シラスウナギ買取業者と関わる機会があったので「4.評価」で、そのことを書いています。

 ※徳島のシラスウナギ買取業者が怖いお兄さん達と必ずつながってる、というわけではありませんので、あしからず笑!


 2.要約


 本書で挙げられる密猟された海産物は、アワビ、ナマコ、カニ、シラスウナギである。これらの海産物は、過去から現在にかけて密猟され続けている。


 そもそもなぜ暴力団は密猟をするようになったのか、著者はその理由について以下のように述べている。


『もし検挙され、漁業法違反に問われても、3年以下の懲役、または300万円以下の罰金にしかならない。逮捕された場合、無期懲役もある覚せい剤事犯と比較すると、極めて安全で儲かるシノギなのだ。利権をめぐっていざこざが絶えない。実際、函館ではナマコ絡みで、暴力団による拉致事件も起きている』
 Kindle版950頁


 伝統的なシノギである覚せい剤、売春、みかじめ料。これらは確かに儲かるが、捕まった場合の刑期も重い。また警察にも目をつけられやすく、極めてリスクの高い商売となっている。
 だからといって、表の世界で金を稼ぐのも難しいのである。
 現在ヤクザは法規制により、銀行口座を持つことや車を買うことすらできない。もし、他人名義で取得すれば、詐欺罪で訴えられることになる。
 当然店舗も構えることはできない。ヤクザと取引をすれば、その取引をした相手も罰せられるのだ。
 
 ヤクザにとって、現在は金を稼ぎにくい時代となっている。
 そんな状況だからこそ、密猟はリスクが低い。販路さえ獲得してしまえば、簡単に儲けられる。
 用意するのはエンジン付きのゴムボート。ウェットスーツ。酸素ボンベ。ゴーグル。車と違って、購入に登記の必要もなく簡単に準備できる。
 もし捕まったとしても、身分を隠して密猟者として処罰されればよい。


『密漁団は現行犯逮捕という有無を言わさぬ状況でも、「密漁をやったのは初めて」と何食わぬ顔で偽証する。本件のことは自供しても、これまでの密漁のことはうたわ(自白し)ない。』
Kindle版269頁



 密猟は100億産業。初めは田舎ヤクザしか手を出さなかった密猟ビジネスだが、現在は広域暴力団も手を出している。


 当然だが、密猟ビジネスは、売る者のみでは、成立しない。それを買うものの存在を必要とする。
 なぜそのような、危ない人たちから水産業者は、密猟品とわかって買うのか。
 理由は簡単だ。通常より安く仕入れることができるからだ。
 特にアワビ通常だと1キロ1万円のものを密猟アワビは5千円で仕入れることができる。
 


 『密漁アワビは…養殖物と混ぜられ、綺麗なアワビになって市場に出回ります』
 Kindle版284頁


 ちなみに、横流しされた密猟された海産物は『ヨコモノ』と呼ばれる。
 カニやアワビなどのヨコモノが、函館市駅前の朝市では、堂々と流通している現状を暴く。
 

 世界有数の生鮮食品の市場の、今は亡き築地市場も例外ではなかった。

 「我々会員企業はいかなる不法不当な要求行為に対しても断固としてこれを拒絶しすべての反社会勢力との関係を遮断するため次のとおり宣言する。

一 名目のいかんを問わず反社会勢力とは一切の関係を持たない。
一 いかなる不当要求に対しても組織全体でこれを排除する。
一 不当要求に対しては警察等外部専門機関と連携し刑事事件化も躊躇しない。

以上宣言します。

 築地市場に掲げられていたこの看板は虚しさを覚える。
 著者は、築地市場に密猟品を流通していることを調べるため、潜入取材を行った。相手に気取られないように慎重に、執念深く極秘取材を重ねる。 
 そしてとうとう答えに辿り着く。


「築地で密漁アワビは売ってるんですか?」と質問した。
「ああ、売られてるよ」 その一言が聞きたくて、4ヶ月の間、築地で働いたのだ。
 Kindle版673頁


 さて、そろそろ冒頭で述べたウナギについても触れたいと思う。
 ウナギはまだ生態に謎も多く。今現在流通している養殖のウナギも、完全養殖ではない。


 『養鰻場では、天然のシラスを採取して池入れし、大きく育てて出荷している。我々が食べているウナギはたとえ養殖であっても、どの国で養鰻されたものでも、元来は天然資源から畜養されたものになる。』
 Kindle版2,740頁


 このシラスウナギをいかに手に入れるかが重要、ということになる。シラスウナギ争奪戦が繰り広げられている。


『稚魚であるシラスの漁獲量が減少して価格が高騰、白いダイヤと呼ばれるようになったため、密漁と密流通が日常化しているのだ。関係者の誰もが、「日本のシラス取引は完成度の高いダブル・スタンダードで成り立っている」と漏らす。闇屋が跋扈し、国際的なシラス・ブローカーが暗躍し、暴力団の影も見え隠れする。』
Kindle版2881頁



 シラスウナギは、平成29年度ではキロ470万円を超えた。これは金と同等の価格である。


 売る側は罪に問われるが、このシラスウナギ買っても罪にはならない。養鰻業者にとってシラスウナギを仕入れることができるかは死活問題になる。


『ポイントでボートを停め、地獄網を仕掛ける。左右に2、3メートルのウイングを広げ、中央の袋網にシラスが集まる仕掛け網だ。地獄網を10ヶ所くらい設置し、翌日か翌々日の深夜に回収する。仕掛けは水面に出ないから、昼間、岸から見ても分からない。シラスは市場で売った。賑やかな場所なのに、ひそひそ取引するから可笑しかった。分け前は1回150万以上。2回目からは札束を掬うような気分だ。祭りだよ』
Kindle版2992頁


 しかし、国内のシラスウナギでは足りない。そのため海外からの輸入に頼っている。



『平成26年の輸入量を検索すると、韓国、中国、フィリピン、インドネシアなどの出荷国が示される。その中で突出しているのが、約5トンを輸出する香港だ。香港は土地が狭く、シラスが遡上するような大きな河川もない。シラス漁師もいない。ではなぜ香港からシラスが入ってくるのか。実を言えば、ウナギ業界最大の不正はここにある。』
 Kindle版3010頁


 台湾は平成19年にシラスを輸出禁止にした。そのためそれまでの日本にとってのメインの輸入先である台湾のシラスウナギを手にいられなくなった。
 そこで日本は香港のブローカーを通じて台湾のウナギ一旦、香港へ『密』輸出させる。そのあと、香港から正式な手続きを経て輸入しているのだ。日本にはキレイなシラスウナギがやってくるというわけだ。


『「香港のシラスは何度も移動してストレスがかかってるはずなのに生存率がいい。価格平均は国内価格の2割増しになるが、シラスがない以上背に腹は替えられない。シラス業者に頼んで香港から運んでもらう」(宮崎県内の養鰻場経営者)
  シラスのシーズンになると、大手養鰻業者の経営者が大挙して台湾にやってくる。それぞれの地区を仕切る実力者を接待し、自分たちの取り分を確保するのだ。』
 Kindle版3024頁


 日本、香港、台湾。シラスウナギの取引には、国内外を問わず、黒い世界の人と関係が深い。


 3.解説



 タイトルにヤクザと入っているが、任侠ものいうわけではない。
 飯干 晃一『山口組三代目』に出てきた夜桜銀次よろしく鉄火場に飛び込んで、日本刀を振り回してバッサバッサと敵をなぎ倒す。そんな人は出てこない。
 日本刀の代わりに空気ボンベを抱え。鉄火場ではなく海産物の豊富な海へ飛び込む。手に入れた海産物を闇ルートで横流しする。
 時代も大きく変化したものである。
 それもそのはずだ。ヤクザは食えない仕事になったのだ。
 暴対法の厳格化。ヤクザが1人でも殺せば無期懲役以上は確定。賭場は簡単に摘発される。
 飯干 晃一の描いた任侠ものは、もはやファンタジーなのだ。

 他方で、ヤクザが漁師を始めるのは、僕には原理主義的もしくは懐古主義的にも感じる。

 山口組は神戸港の海運業の労働者派遣と芸能興行で組織を大きくした。けれども、日本最大の広域暴力団の源流をたどれば、漁師なのだ。
 山口組の初代山口春吉は、30歳ころまで、兵庫県・淡路島の漁師をしていた。


 そんな経緯を知っている僕としては、サカナとヤクザの間に縁深いものを感じずにはいられなかった。
 

 本書のジャンル分類すれば、任侠ものではなく、組織犯罪ドキュメンタリー位置づけられるだろう。
 そんな組織犯罪問題を、果敢に取り上げ、社会の闇に早くから挑戦していた先駆者は、溝口敦だろう。著者の鈴木智彦も溝口から影響を受けたと公言している。『血と抗争 - 山口組ドキュメント』(1968年)、『サラ金商人 - 武富士・プロミス・レイク・アコムの“帝王”たち』(1983年)、『食肉の帝王 - 巨富をつかんだ男 浅田満』(2003年)。紹介したのは溝口の仕事本の一部に過ぎない。
 食肉の偽装により多額の補助金を搾取したハンナン事件を描いた『食肉の帝王 - 巨富をつかんだ男 浅田満』の情報量の多さには脱帽する。
 また、『細木数子 魔女の履歴書』(2006年)の細木数子の虚飾にまみれた経歴をよく調べきったものだと驚きを覚えた。簡単には書ききれないほど偉大な仕事を多数残している
 ただ、溝口敦は現在も活動してはいるが、73歳という高齢であるし、現役バリバリというわけではない。
 だから、現役の作家としてNo.1なのは鈴木智彦ではないか、と僕は思う。
 年齢も54歳であるし、あと10年は潜入取材を頑張ってほしい。まだまだ行ける。
 彼の潜入の本気度を伺えるのが『潜入ルポ ヤクザの修羅場』 だろう。
 歌舞伎町のヤクザマンションや日本唯一のスラム街あいりん地区を抱える西成区のマンションを借りた。
 そんなマンションから始まる裏の物語は、気楽に読める話となっている。潜入ルポというよりはエッセイに近いので、最初の一冊に読んでもいいかもしれません。KindleUnlimitedにもあります。

 鈴木の一番有名な一冊を挙げろと言われれば、
『ヤクザと原発 : 福島第一潜入記』(2014年)に出版だろう。
 別の機会に書評を書くつもりなので、細かくはふれないが、これも本作に負けず劣らず、組織犯罪の闇を描いた非常に面白い作品です。




 4.評価


 以下、ひょんなことから知り合った某地域のシラスウナギ買取業者と僕との会話の一部始終である。
 


 「で、色んな人からシラスウナギを買ってますけど、この方々は誰なんですか?」と僕は聞いた。
 「購入したの間違いない事実です」
 「購入したことを疑ってるんじゃありません。この方々は誰ですかって聞いてるんです」
 「すいません」買取業者は頭を下げる。
 「もし、答えられないっていうのなら僕の方から連絡取ってあげますよ」僕はカバンからスマートフォンを取り出す。
 「やめてください!そんなことしたらシラスウナギを売ってくれなくなります。勘弁してください!」

 



 業者が買取る際に相手の身分を確認はしない。
 そんなことをしていたら誰もシラスウナギを売ってくれなくなるのだ。
 シラスウナギを持ち込まれたら、深く尋ねず、現金を支払う。それがこの業界の習わしである。
 決済方法は基本的に現金のみ。
 売りに来る相手が色々な事情を持っており、現金決済しか対応できないからだ。
 どれだけ高額でも現金で払わなければならない。
 



 さて、そんなにシラスウナギ業界を含め、ここまで深く密猟とヤクザの関係を網羅的に描いた本はほとんどない。
 
 この本がこのクオリティで存在する。ただそれだけとてつもない価値があるのだ。


 この本そのものを肯定する。僕はそのスタンスなんだけど、ただそれだと芸がないので、一点取り上げたいと思います。


『もし密漁がなくなれば、カニも筋子もウナギもアワビもナマコも、たちまち値段が上がるだろう。品物が集まらないということだってある。 そもそも日本の漁業は不正の上に成り立ってきた。』
Kindle版3241頁



 密猟の恩恵を受けているのは、ヤクザや市場だけではない。我々消費者だってそうなのだ。鈴木は我々消費者も共犯関係だと述べる。海産物を安く食べられるのは密猟のおかげなのだから。
 この多方面に戦っていく姿勢は純粋にかっこよいなあ、と思いました。
 最後の最後までキレッキレの鈴木智彦です。


 5.批判



  これは仕方ないのだけど、実名が少なかったので、非常にもどかしい気持ちになりました。
 鈴木は全ての情報を掴んでいるんだろうけど、色々な事情で出せないんだろうなあ、と思ったわけです。
 全て実名で書けば、それこそ鈴木自身が東京湾に沈むことになりますし。ギリギリのラインなんでしょう。

 また、築地市場の取材についても一点。
 密猟の証言だけではなく、密猟品を直接抑えるとか、細かいルートを解明するとこまで取材して欲しかったなあ。もちろんそれをするには4ヶ月だけの潜入じゃ足りなくて大変というのはわかりますが。ちょっと築地の章は尻切れトンボ感がありました。
 


 まあ、以上の批判は枝葉些末の問題であり、この本の価値を傷つけるものではないので、単なる西尾維新的な戯言です。


 僕が要約にまとめたのはほんの一部の内容に過ぎない。著者の渾身の報告書は是非読んで確認していただけたらと思います。

 ちなみにウナギの章は、KindleUnlimitedに加入していれば、無料で読むことができるので、『ウナギ密漁 業界に根を張る「闇の世界」とは Wedgeセレクション』で検索してみてください。


 『読む価値ありです!!!』


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