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ショートショート。のようなもの#19『疑似実家』

「お餅、いくつ食べるのー?」
と、私は娘にやさしく声をかけました。
 すると、娘はネタ番組を見ながら「今年は、一つでいい。」と答えました。

 ダイエットでもしてるのかな?…大きくなったなぁと、しみじみと娘の成長を実感しました。
 まぁ娘と言っても、関係性はあくまでも“顧客”と“従業員”という距離感なのですが─。

 ここは、いろんな都合で実家がない人がお金を払って、実家の雰囲気を味わうことができる施設“疑似実家”。
私は、この施設で疑母役として18年間働き続けています。独り暮らしの私にとってここは、温もりを感じることができる場所であり、職場であって職場でないような感覚で、演じ続けてきました。
 もちろん、私以外にも父親役、おばあちゃん役、弟役などのキャストが揃っておりまして、追加料金を支払えばオプションをつけることも可能なのです。
 こたつの上にみかんが設置してあり、お父さん役の仕事関係役の人から送られてきたていの年賀状も、乱雑に配置されている。
 これも、郵便配達員役の方が届けてくれるのです。
 このお正月シーズンは、一年で一番忙しい時期。

 そして、今、私がお雑煮のお餅の数を尋ねたこの“杉下”様という女性。
 彼女は常連様でして、珍しく中学生のときから毎年冬休みに入るとふらっと遊びにきて下さるのです。どこか寂しそうな表情を浮かべながら…。
  だから毎年、私は、“杉下”様と大晦日を一緒に過ごし、一つ屋根の下で新年を迎えます。
 大抵の場合、未成年の方は“実実家”で過ごされる方が多いとは思うのですが…。

─毎年、オプションをおつけにならないので、疑娘と二人っきりで炬燵に入りながら、ぼんやりとお雑煮をすすっておりました。
 それを食べ終える頃、疑娘は突然ぽつりと私に漏らすように告げました。

「…私、結婚するの。」

 私は、驚きの余り、思わずお餅を喉に詰めそうになりました。
 詳しく訪ねると、来月の大安の日に会社の先輩と結婚式を挙げるとの、とても目出度い報告だったのです。
 そして、立て続けに疑娘は、この私になんとお母さん役で出席してほしいとの注文をして来たのです。私は、思わず涙ぐみました。もちろん、二つ返事で引き受けたかった。
 しかし、残念ながら、この施設の規則で、施設外で会うことは禁止されています。
 なので、断腸の思いで断りを言葉を告げなければ…と思いましたが、私は心の中で壮絶な葛藤がございました。
 どうしても私は、疑娘の一生に一度のウエディングドレス姿を見たかったのです。
 だから私は、ついに意を決して18年間お世話になった施設長へ、退職届をお出ししました。 

 突然の願いにも関わらず、施設長はその退職届を静かに受け取ると、全てを悟ったかのように、やさしく私に声をかけてくれました。

「長い間、よく辛抱したね。 “杉下”さん…。」


                ~Fin~


  





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