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雨の日の『国境の南、太陽の西』

 5月のフランスは雨続きで、まるで日本のように梅雨がやってきたのかと思うほどです。

 雨の日になると思い出す小説があります。村上春樹著「国境の南、太陽の西」です。極めて個人的にですが、それは他のどの小説よりも雨が似合うと感じるのです。
 とはいうものの、この本はもう10年以上一度も開いたことはありませんでした。あまりに思い出が多すぎるのです。今回、古傷にふれるような気持ちで、思いきって久しぶりに手にとりました。
 当時からとても好きな物語で、何度も何度も読んでいた頃もあり、手元にある文庫本はカバーもなく、くたびれています。 

あらすじや登場人物についてはこちらなどで確認してください。 

 主人公のハジメと小学校の同級生の島本さんはお互いに一人っ子同士で、当時レコードを一緒に聴く仲の良い友人でした。幼心に惹かれ合う気持ちを持っていた二人。時を経てハジメは結婚し、妻の父の出資でジャズバーを経営し、裕福で安定した生活を送っていました。
 ある日、島本さんがハジメのジャズバー「ロビンズ・ネスト」を訪れます。何年も心の中にいた島本さんが突如目の前に現れたのです。信じがたい現実の中に佇むハジメ、その日はしとしと雨の降る夜でした
 ハジメの心の中で再び島本さんの存在が大きくなっていきます。彼女がまた店を訪れはしないかと待ちわびる日々を送るようになります。距離を縮めたかと思うと、姿を消してしまう謎めいた島本さん。失われた過去と、現在の狭間でハジメの人生も少しずつ、今までと違う方向へと舵を取って行きます。

ー そして九時半に島本さんがそこにやってきた。不思議なことに、彼女はいつも静かな雨の降る夜にやってくるのだ。

 想い焦がれる女性の存在が、「雨」を背景により一層魅了的に描かれているように感じます。その後もハジメの感情を表現するかのように「雨」というモチーフが美しく、切なくもちいられ、ラストは圧巻です。

 この小説を彩る、もう一つの要素は、音楽です。思い出を音楽で共有してきた二人。時を経てジャズバーを営むハジメ。再会をしてから聞いた音楽。もはや春樹ファンの方であればご存知でしょうが、ナット・キング・コールの「South of Border 国境の南」。この曲には思い入れがあるのか、『羊をめぐる冒険』にも登場します。


 そして、何度も二人で聴いたり、島本さんが口ずさんだ「Pridtend プリテンド」。歌詞も素敵です。

落ち込んだときは ハッピーなふりをしてごらんよ
そんなに難しいことじゃないさ
そうすればいつまでも続く幸せをみつけることができるんだよ
その気になりさえすればね


 ハジメの営むジャズバー「Robin's Nest ロビンズ・ネスト」はこちらの曲。カウント・ベイシーの演奏を選んでみました。


 そのロビンズ・ネストで何度も演奏される「The Star-Crossed Lovers スタークロスド・ラヴァーズ」。訳すと「薄幸の恋人たち(わるい星の下の恋人たち)」、まるで二人のことを描いた映画の音楽のよう。雨がそぼ降る中聴くのもおすすめです。


 まだまだこの小説にはたくさんのジャズのスタンダードやクラッシックの曲が登場します。

 「悪しき運命の星の下」のハジメと島本さんはどうなってゆくのでしょう。
既に読んだことがある方も、音楽を聴きながら再読してみてください。より一層お話の奥行きを感じられるでしょう。

 雨時間のお供になれば幸いです。




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