見出し画像

BRICSのBを知る:電子決済システムPixとは

Pixはブラジルで利用可能な新しい電子決済システムで、ブラジル中央銀行により2020年に導入されました。

Pixのロゴ

Pixは、銀行口座間でリアルタイムで資金を送受信できるシステムです。これだけ聞くと銀行振込の仕組みと変わらないように聞こえますが、日常の様々な場面で使える、非常に利便性の高い決済手段となっています。

日本でも、複数のメディアによりその特徴が紹介されています。

この記事では、Pixを実際に日常生活や業務で使っている身として、なるべく分かりやすく、具体例を交えながらその利便性を記します。これを読んでおけば、使ったことのない人でもPixが丸わかりです。


何がそんなに便利なのか?

以下はPixに関する主なポイントです:

  1. 即時送金: Pixは24時間365日利用可能で、送金が即座に行われます。実行する時間帯によっては翌営業日まで待つ必要のあった従来の銀行振込よりも迅速です。

  2. 登録: ブラジル国内の金融機関に口座を持っている人がPixを利用できます。登録は比較的簡単で、金融機関のモバイルアプリを通じて行います。

  3. QRコード: Pixでは、QRコードを使用して支払いや送金を行うことができます。QRコードを読み取るだけで、支払い情報が表示され、送金が可能です。

  4. 安全性: Pixはブラジル中央銀行によって監督されており、高いセキュリティ基準が適用されています。安心して取引を行えます。

  5. コスト: 金融機関が別途定める場合を除いて、多くの場合はPixによる決済手数料はかかりません。Pixは金融機関ではなく、中央銀行の主導で導入されています。現金に代わる決済手段として普及させるべく、その条件に限りなく近づけた、いわば「バリアフリー化」が進められており、手数料がかからないのはその一環とも言えます。

従来の支払い方法と比較して効率的で便利なオプションであるPixは、ブラジル国内ではあっという間に普及しました。

日本では、PaypayやSuicaといった民間事業者の決済システム上にチャージした残高を用いたデジタル決済が普及していますが、Pixはそのような変換を経ることなく、口座残高で直接決済できる点が特徴です。

消費者の日常的な決済行為の範囲では、もはやデジタル通貨化が実現していると言っても差し支えないくらいに、アナログ通貨を代替できるものとなっています。

ある調査では、ブラジル国内の決済手段で最も利用率が高いのはデビットカード(38%)、クレジットカード(22%)、Pixを含む銀行振込(14%)、現金(10%)となっており、すでに現金の使用率を超えているといいます。

相手の銀行口座情報がなくても送金可

その同じ調査では、98%の人がPixのChave(「鍵」「キー」の意)を持っていると答えたとのこと。

これは、銀行口座に紐付けられた携帯電話番号やメールアドレスを指します。受取手のキーが分かれば、そこにお金を送れるということです。つまり、今やブラジル国内のほとんどの人が、Pixでお金を受け取ることができる状態にあるわけです。

例えば、A,B,Cの3つの金融機関に口座があるのなら、次のようにキーを振っておくことができます。

A銀行の口座:携帯電話番号 11-9XXXX-XXXX
B銀行の口座:メールアドレス  xxxxx@xxxxx.xxx.br
C銀行の口座:納税者番号  XXX.XXX.XXX-XX、及び ランダム文字列コード

この場合、支払いを受け取る際に、仲の良い友人からであれば携帯電話番号をキーとして伝えてあげてA銀行の口座で受け取るもよし、あまりよく知らない人からならば、メアドを渡してB銀行で、あるいは受取を希望する口座のある金融機関のアプリで生成可能なランダム文字列コードを渡してC銀行の口座で受け取るのもいいでしょう。いずれの場合も、支払う側は、自身の口座のある金融機関のアプリの送金先欄にその知らされたキーをコピペすればよく、あとは必要な金額を送るだけです。

具体的な使い方の例をいくつか挙げてみましょう:

  1. 友達や家族への送金: Pixを使って友達や家族にお金を送ることができます。メッセージアプリで「僕のキーはこれだからね」と支払い側に教えればく、長く煩わしい口座情報は必要ありません。これを基に、支払う側は自身の口座のある金融機関のアプリから送金できます。

  2. 店舗やレストランでの支払い: レストランや店舗での支払いもPixで行えます。支払い金額と店舗のPix情報を含むQRコードが決済端末の画面に表示され、スマートフォンのアプリで読み取ることで、即時に支払いが完了します。

  3. 請求書の支払い: 請求書が送られてきた場合、書面上のQRコードをスマートフォンのアプリで読み取り、Pixを使って請求書の支払いが簡単にできます。予約払いも可能です。

  4. オンラインショッピング: オンラインショッピングサイトやアプリでもPixを利用して支払いが可能です。支払い方法としてPixを選択し購入を確定後、QRコードや表示されたランダム文字列コードをスマートフォンのアプリに入力し、期限内に支払うと取引成立となります。

  5. 公共料金の支払い: 電気代や水道代などの公共料金もPixを使って支払えます。公共料金の請求書に記載されたPix情報を利用して支払いを行います。納税も可能です。

ブラジル式のクリエイティブな使用法

ブラジル人は早速、様々な形でPixを活用しています。いくつかご紹介しましょう。これらのいくつかは、私も実際に体験したことがあります。

  1. 返金が簡単: 金融機関のアプリには、Pixの機能をフル活用できるように、Pixだけの独立したメニューがあります。Pix明細内には送金・着金記録が並びますが、着金分には「返金」オプションが表示されます。もしも間違えてお金が送られてきた場合、その明細項目から、全額や一部を支払い元に送り返すことができます。私は実際に、700レアルを送るはずが、タイプミスで7,700レアルを送ってしまい、7千レアルを返してもらったことがあります。その時は、相手にPix明細内の7,700レアルの着金を見つけてもらい、余計に送った分だけを返金してもらいました。手数料は送金、返金ともにかかっていません。

  2. 投げ銭も物売りもQRコード: 路上や広場での音楽の演奏、大道芸人など、投げ銭を受け取るために地面に置いていた帽子は過去のものとなり、今はQRコードが掲げてあります。物売りもPix決済に対応していて、コロナ禍では路上でマスクを売っている人がそう呼び掛けていました。Youtubeのライブ配信でも、投げ銭の受取りにQRコードを出しているのを見かけます。

  3. Pix一括払いによる値引き交渉: 政策金利が年率11%を超える(2023.10現在)ブラジルでは、クレジットカードの分割払いにオンされる金利もバカになりません。そのため、現金一括払いなら1割程度を値引きした価格設定をするのが一般的です。Pixは現金と同じで即着金となるため、販売店側にメリットが大きいため、購入側は時には値引き交渉にも使えます。

  4. 割り勘の集金がラク: ブラジルのレストランでは、店員が1人1人のクレジットカード払いを受付けていくことが一般的ですが、例えば自前のバーベキュー(シュラスコ)パーティーの時の割り勘などでは、個人間の送金が即時かつ簡単にできるPixが大活躍します。誰から受け取ったかがPix明細で一覧できるので、会計係は大助かりです。

  5. 落とした財布の持ち主を見つける: Pixには、送金の際にオプションでコメントを付けることができます。もし、落ちていた財布に身分証明書が入っていれば、大抵の人が納税者番号をPixのキーに設定しているため、そこに少額を振込みつつ、コメント欄で財布を拾った旨のメッセージを送ることができます。財布の落とし主が、もしアプリで着金に気付いてメッセージを読んでくれれば、拾い主と連絡が取れるかもしれません。実際にこれで財布が持ち主に戻ったというケースがあったようです。98%の人がPixのキーを持っているという普及率を逆手にとった、素晴らしい活用法でした。

  6. 愛のメッセージを贈る: 前項の応用ですが、お金と一緒に、コメント欄に愛のメッセージを相手に送った人もいるとか。ちょっと生々しいですが、Pixのクリエイティブな使い方であるには違いありません。

ますます便利になりそうな、Pixの予告機能

最後に、ブラジル中央銀行が発表している今後のPixの機能実装について紹介します。

  1. 分割払い機能: Pix Créditoと呼ばれる機能で、分割払いをクレジットカードではなくPix上で実現しようとするもの。ブラジルにおけるクレジットカードというビジネスモデルが、これから絶滅に瀕するのではないかと話題になっています。

  2. 国際送金: アルゼンチンなどいくつかの国では、すでに非公式ながら合法なPixの活用法として、ブラジル国外でのPix払いが可能です。これはインターネットを介して仮想的にブラジル国内で決済を完了し、現地通貨への変換部分を事業化したスタートアップが登場したことによります。ブラジル中央銀行はPixの国際化を公式に目指しており、Pixのシステムがブラジルだけでなく他国で運用されれば、両システム間の通貨変換機能が実装される可能性があります。

  3. 交通機関、料金所、駐車場での決済: ブラジルのいち消費者として生活している中で、Pixの導入が最も遅れているのがこの分野だと感じていますが、ブラジル中央銀行はそこもしっかりターゲットにしています。Pixの即時決済機能はこれらの分野とも相性がいいものの、公的・民間の各事業者の決済システムとの連携に一定の仕様統一を図る必要があるために、出遅れ感があるということですね。

このように、ますます機能が拡充していきそうなPix。そのおかげで、デジタル通貨とアナログ通貨の境界線がどんどん曖昧になってきています。

ブラジル人は実にクリエイティブなのですが、中央官庁でも一番お堅いはずのブラジル中央銀行が、このような強力なイニシアチブを発揮してデジタル化を推進している点は、印象的で、またどこか心強くもあります。

しかも2億人もの人口を抱えるブラジルでPixは一気に普及し、そしてシステム上の大きな問題もなく運用されているのです。

ブラジル、意外と進んでいるんですよ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?