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20240530 イラストエッセイ「私家版パンセ」0010 人間は社会的動物

 人は群れて生きる動物です。このことは、強調しすぎてしすぎることはないと思います。
 「俺は一人で生きていく」という風に考える時もありますけれど、それは技術的に不可能なんですね。
 まず、動物の中で人間だけが一人では出産できません。必ず手助けする人が必要。
 次に、言語を習得しなければ人間になれません。そして、言語を習得する段階で、すでに社会の価値観が入り込んできます。つまり、人間は母親の乳を吸って生きると同時に、社会の価値観を呼吸して成長します。
 虎には牙があり、熊には巨大な肉体と爪があるように、人間は集団をつくることで生存してきました。
 他者の存在がなければ、道もないし、食べ物もないし、道具も、家もありません。
 ぼくは田舎に暮らしているのですが、海まで歩いて5分ほどなんですね。それで、夏など毎日海辺に行くのですが、休みの日以外はほとんど人がいません。というか、ぼく一人ということが多いんです。笑
 プライベートビーチなんて贅沢だと思われるでしょうね。ところがさにあらず、結構寂しいものなのです。
 ゴールデンウィークなど、どうしてこんな混んでいるのに出かけて行きたがるんだろうって思いますが、実は混んでいるから行きたいんですよね。もちろん無意識でしょうけれど。
 ぼくたち人間は、社会という巨大な船に乗っていて、そこから降りることはできません。孤独を好む人は、その巨大な船のデッキの片隅で一人を楽しんでいる、という感じでしょうか。
 戦争中、人々は軍部に騙されていたのだと現代の人は考えることがあります。ぼくはそうは思いません。大きな船が戦争に向かって進んでいたんです。みんな戦争をする気満々だったんです。個人がそれに抗うことは、基本的にできません。コロナの時にそのことがよく分かりました。政府が強制したのではないんです。社会全体がコロナ警察みたいになってしまったんですね。

 それゆえ、集団の論理と個人の論理の葛藤という問題は、人間の世界から決してなくならない問題なのです。
 集団がなければ個人は生きられません。だから、集団の都合で個人の自由が制限されることはどうしても必要です。時には、集団が個人を殺す、ということも起こります。ところが、集団をつくったのは個人が生きるためだったはずです。個人を殺す集団は、ある意味矛盾と言えます。
 同調圧力のようなものは、決してなくなりはしないと思います。多くの人は、社会と自己を同一視し、無批判に社会の価値観を受け入れて生きています。一方でそれを息苦しく思う人も少なくありません。
 個人の生は、基本的にこのような矛盾と葛藤の中にあるのだと思います。人間関係の困難から決して逃れることができないのもそのためなんですね。






私家版パンセとは

 ぼくは5年間のサラリーマン生活と、30年間の教師生活を送りました。
 その30年間、子供たちが元気になれるような言葉はないかなと考え続けて来ました。
 そんな風にして考えた小さな思考の断片をご紹介します。
 これらの言葉がほんの少しでも誰かの力になれたら幸いです。

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