『アメリカン・ミュージカルとその時代』ミュージカル映画の奇妙な奥深さとおすすめ文献紹介
1.ミュージカル映画のとっつきやすさと奥深さ
ミュージカル映画が好きだ。好きであることに間違いはないのだが、しかし、ミュージカル映画に詳しいかと聞かれると答えに詰まる。そもそもミュージカル映画を見ている本数は決して多いとは言えないし、ミュージカルスターやジャズ、バレエ、オペレッタの教養が特別あるわけではない。
しかし私と同様の状況の人は多いはずである。殊に日本ではそうに違いない。というのもミュージカル映画について書かれた書籍は非常に少なく、ネットのミュージカル映画記事の多くは豊かであるとは言い難いからだ。
それどころか、日本語字幕で見れるミュージカル映画は非常に数が限られてしまうし、まして動画配信サービスに頼ろうものなら(しかし現に今の映画ファンの多くは私も含め動画配信サービスに頼りきりだ)世にある名作ミュージカル映画の1割もアクセスすることができなくなってしまう。
たとえば裏庭ミュージカルや水泳ミュージカルといった作品を見たことがある人がどれほどいるだろうか? さまざまな場面で紹介される有名なミュージカル映画の作品群ではあるが、実際に見たことがある人はほとんどいないだろう。なぜならそれらを見ようと思ったとき、家にいながら見る方法はまずないからだ。輸入盤を購入するか新宿歌舞伎町のDVDレンタル館に行かなくてはいけない。それだけ奥が深いジャンルであるのだ。
それだけミュージカル映画というジャンルそのものを愛するということはハードルが高い。しかし一方でミュージカル映画はテーマ性が少なかったり事前知識をあまり必要としないという点では非常に初心者向けであるという一面を持っている。はっきり言ってしまえばとっつきやすいジャンルなのだ。(この食い違いこそが奇妙さの所以である)
それがゆえにうっかりミュージカル映画を好きになってしまい(あるいはミュージカル映画についての記事を書いてしまい)、目前に広がる闇と沼を前に立ち尽くし、それでもなんとか詳しくなってやろうと勉強している人がいたりもする。これは私の話でもあるし、そういう人はたくさんほかにもいると思う。
2.『アメリカン・ミュージカルとその時代』
そんな私たちにとって光のような書籍が近日出版された。
この書籍はおそらく日本人によって日本語で書かれた唯一初めてのミュージカル映画を対象とした研究書だろう。(違ったらごめんなさい。教えてください。)はっきりいって近年どころか昔からミュージカル映画が人気な日本でミュージカル映画の研究本が今ようやく初めて発売されるというのは奇妙な話ではないか。ともかくもしミュージカル映画について勉強したい人がいればこの本を買うことは必須である。なにせこれしかないのだから。
そしてこの本には当然ではあるが参考文献も載っている。このことはとっても重要なことで、なにせそのおかげで、私たちミュージカル映画初心者も簡単に文献をさかのぼれるようになり、ミュージカル映画研究の潮流をたどることができるようになったのだから。もしこの本があったら卒論はミュージカル映画で書いていたかもしれない。
3.物語とミュージカルナンバーの統合
この書籍を通じて知った最も重要な概念が統合である。では統合とはどういうことか。ミュージカルには二つの時間が流れている。一つは物語の時間(ブック・タイム)。もう一つはミュージカルナンバーの時間(リリック・タイム)だ。この二つがどんどん統合されていくのがミュージカル史の流れであるというのだ。
また、この書籍においては統合をこのように説明している。(どうも統合とは何かということ自体がそう簡単に説明できるものではないようであるが)
歌詞やメロディが登場人物のその場の心情や性格をうまく表しており、音楽、ダンス、歌詞と物語が一体となっているという印象を与えるという意味 (p35)
一般的に1955年に映画化もされた1943年初演の『オクラホマ!』がナンバーと物語が完全に統合された最初の作品であるとされ、映画『ウエストサイド物語』がヒットした1961年にはそういったミュージカルが主流になっていたとされる。また、ネット記事などでは、それ以前の統合されていないミュージカルをバックステージ・ミュージカルとし、それ以後の統合されたミュージカルを統合ミュージカルと区別しているものもある。(下記サイト参考)
この概念は昔のミュージカル映画と今のミュージカル映画の差を説明するのに非常に便利だ。たとえば、昔のミュージカル映画が見にくいと感じる人に何故? と聞かれたとき「昔のミュージカル映画は統合がうまくされていないから」と説明できるし、『レ・ミゼラブル』や『シェルブールの雨傘』が好きな人に対しては「統合が徹底されている映画が好きなんだね」と趣向を理解することもできるということである。
4.統合の六段階
この統合に関する研究で特に私が興味をそそられたのが、ミュラーという人が提案した統合の六段階というミュージカルシーンの分類法である。というのも私は以前noteで似たような観点でざっくりとミュージカルシーンを分類したことがあるからだ。(下記記事参考)
ではミュラーの行った研究ではどういった分類がなされたのかさっそく見ていきたいと思う。
(1)プロットとは全く関係のないナンバー
このタイプのシーンは、ボードビルがミュージカルに組み込まれたシーンのようなものでもあると説明されている。
わたしが思うに、おそらくこのようなシーンを指しているのではないかと推測される。
(2)精神やテーマに寄与しているナンバー
この部分においては説明が非常に少なく実際にはどのようなものを具体的に指していたのかはわからないが、映画の雰囲気を表現しているようなナンバーのことを指していると考えられる。
おそらくこのようなシーンを指しているのではないだろうか。。。(これも推測ではあるが)
(3)存在はプロットに関連しているが、内容はそうでないナンバー
ここで想定されているのは、ショービジネスを舞台としている作品などで、登場人物がショーを実演するシーンのようなものだという。ナンバー自体の削除も取り換えも可能であることが特徴らしい。
おそらくこのようなシーンを指しているのだと思われる。
(4)プロットを豊かにするが、それを前進させないナンバー
登場人物の性格や感情や状況を説明するためのミュージカルシーン。このシーンは、まるごと取り除いてもプロット自体を成立させることはできるが魅力が大きく減るのが特徴とされている。
おそらくこれらのシーンもここに入るだろうと考えられる。
(5)プロットを前進させるが、その内容ではないナンバー
ミュージカルシーンがストーリーを進めてはいるものの内容はその進行に無関係であるというシーンのこと。オーディションのシーンなどを指しているという。おそらくシーン自体の削除は不可能であるが、ナンバーの入れ替えは可能であるシーンのことを指しているのだろう。
これについてはあまり思いつかなかったが、おそらくこういったシーンを指しているのではないかと思う。
(6)内容によってプロットを進めるナンバー
ミュラーいわく最も統合されているとされるのがこのタイプのシーンだ。このタイプでは、ナンバーが奏でられる間に登場人物や状況に変化が起きるのが特徴となる。そのためナンバーを目立ったギャップを残さずに映画から切り取れるかどうかが統合性があるかどうかのテストになると説明されている。
このような現代の人気ミュージカルシーンの多くはここに入るんじゃないかと思われる。
5.私の分類との比較
では以前noteの記事で私が行った分類法はどうであったか。
(1)ドラマパートのミュージカル化
これはミュラーの分類では完全に6番目のものに当たるものであろう。
(2)感情のミュージカル化
これはそのまま4番目に当たる。
(3)ストーリー上ほとんど意味のないミュージカルシーン
これは1番目に当たるものだ。ここまでは対応するものがミュラーの分類にも存在していて分類としてはなかなかいけているように思える。
(4)夢や妄想のミュージカル化
このシーンが問題である。実はこのシーン、あの記事を書いた時点では知らなかったがしっかりとした専門用語があった。「夢のバレエ」と呼ぶらしい(知っていた人ごめんなさい)。特徴としては短編映画のようで独立したストーリーを持ち、そのストーリーがセリフではなくバレエ的なマイムで表現されるというのがあるのだが、ミュラーの分類ではこのタイプのシーンは4番目に分類される。
夢のバレエは『オクラホマ!』の舞台版が最初期のものとして有名で、その後映画の世界でも、
『雨に唄えば』など多くの作品で盛んに取り入れられたという非常に流行した種類のシーンであった。ちなみにこの手のシーンではフロイトの研究が積極的に援用されているなどフロイトとの関連性が強いということも先ほど紹介した書籍では言及されている。
(5)テーマを表現しているミュージカルシーン
これについては2番目に当たるだろう。
しかし、このように改めて見てみると、いかに自分の分類に問題があったかを思い知らされた。というのもこういった分類はMECE。すなわちモレとダブリがないことが重要だ。私の分類では夢のバレエの分類で本質的にダブっていたし、オーディションのシーンなど多くのモレが存在していた。素直に反省する必要がある。
とにもかくにも、やはりこういった文章を書くにはちゃんと先行研究を調べることが大事であることがわかった(いや知ってはいたけど、)。それもこれもミュージカル映画というジャンルの持つ奇妙な奥深さに原因があるではあるものの、あの記事を書いた時点でミュラーの論文を読むことができていたらこのようなことはなかっただろう。ということで今後私のような人が生まれないように、最後にミュージカル映画に関する日本語で読める参考文献を列挙していきたい。その奇妙な奥深さゆえにあまり数は多くないが参考にしていただければ幸いだ。
6.ミュージカル映画に関する文献
レビューにもある通り非常に翻訳が読みづらいのは事実。でもミュージカルの手法や原理について日本語で書かれた貴重な書籍であるので、一読の価値はあるといいたい。
冒頭でも紹介した新刊。序章でアメリカン・ミュージカル全体の論考があり、それに加えて『気儘時代』『雨に唄えば』『掠奪された七人の花嫁』『マイフェアレディ』『ウエストサイド物語』『オクラホマ!』『南太平洋』の7つのそれぞれの映画について社会学的な論考が掲載されている。日本人によって書かれたものなので比較的読みやすく最もおすすめだ。
映画評論家である双葉十三郎氏が500本のミュージカル映画を紹介するという本。特徴は五十音順であるということと、映画の出来について☆で採点されているということ。見る映画を選ぶ前に参考程度に辞書代わりに読むのにおすすめ。でも映画の制作秘話とかが知りたい人にはおすすめはできない。また、非常に多くの作品が紹介されているものの、中には厳密にミュージカル映画と呼べるものか怪しいものも多く入っているためその点は注意が必要。(ペーパームーンやピアノレッスンなども含まれている)
こちらはアメリカ人によって書かれたミュージカル映画紹介本。紹介される作品がハリウッド製作に限られている点と製作年度順に並んでいる点は注意。しかし、制作秘話のような話はかなり豊富で読み応えあり。スタッフやミュージカルナンバーも一覧で見れるのでかなり便利。ただ若干紹介されている映画数は少ないかもしれない。
こちらは舞台の方のミュージカルの紹介本。一方で『トップハット』など一部のミュージカル映画についても何本か番外編にて紹介がある。ミュージカルナンバーが各作品で一つレコメンドされているのが特徴。
ミュージカル映画に関する言及はほとんどなく、舞台の方のブロードウェイミュージカルの歴史について基本的に述べられたものとなっている。ミュージカルに関する知識がある程度ないとなかなか昔上映されていたミュージカルを文章でイメージすることができず読みずらいというのは難点。しかしかなり内容は濃い。
古典的ハリウッド・ミュージカルにおけるミュージカル・ナンバー開始の演出 : 『雨に唄えば』(1952)を代表例として
インターネットでアクセスできる日本語のミュージカル映画に関する数少ない紀要論文。ミュージカルシーンの始まり方にフォーカスを置いた面白い論文。
ミュラーの論文はこちら。英語ではあるものの比較的読みやすい。趣旨としてはフレッド・アステアのミュージカルシーンの統合性への貢献度は意外に大きいのでは?というもの。
未読ですごめんなさい。
未読です。入手できるかも不明。ほかにおすすめがあればぜひ教えてほしい。
またこれらのような書籍や論文以外にもドキュメンタリー映画を見るということでミュージカル映画について知るという方法もある。
こちらの記事でも紹介した『ザッツエンターテイメント』シリーズは非常に有用なドキュメンタリーになっていて、裏庭ミュージカルや水泳ミュージカルなど日本ではなかなかお目にかかれないミュージカル映画の映像を見ることができる。
7.まとめ
このようにミュージカル映画というジャンルは、見かけのとっつきやすさとは裏腹に奇妙な奥深さを持っている。それゆえミュージカル映画ヲタクとしてミュージカル映画について語るという行為自体がアニメヲタクになってアニメについて語る行為とかと比べると何倍も難しいことになっているのだ。そもそも
この記事にも、
これはミュージカルです。人が歌って、踊る。なんの理屈があるんでしょう。
とある通り、人が歌って踊ることに本来理屈なんてない。だからミュージカル映画について語ってもししょうがないのである。あの淀川長治さんですらミュージカル映画について
どんな文献でも、だめなのね。見なくちゃ、だめなのね。見るいうことは、とても大事なことなのよね。いくら言葉で説明しても、この感動は伝わらないのよね。
とおっしゃっていた。そう。結局は見るしかないのだ。自分の思う最高の、恍惚をもたらすミュージカルシーンを見つけて。ただ見るしかないのだ。
よし、さあみんなで見ようじゃないか。最高のショーを。
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