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『嗣永伝 NO.5』 嗣永の自己紹介というか、活字に苦手意識を持っている人間が、自身で小説を書くようになった経緯を語っていく。


こうして『蝶々と灰色のやらかい悪魔』を書き上げたぼくは、もちろん最初に完成原稿を届けるのは、モデルになってくれたデリヘル嬢の彼女である。

早速、彼女の出勤状況を確認し、お店へ予約の連絡を入れる。

そのときにはすでに、そういう電話をするのも、それなりに慣れてきていたので、最初のころのような緊張感はない。ただ、そのときとは違い、今回は高揚感というか、「早く彼女に作品を届けたい」という思いが先走り、そういう意味での緊張感はあった。

ちなみに最初のころは、取材拒否になる可能性もあったので、安ホテルを選んで会いに行っていたのだが、何度か顔を合わせるうちに、さすがに安ホテルに彼女を呼ぶのは失礼な気がしてきて、最後らへんは多少お金がかかっても。それなりにキレイなホテルに呼ぶようにしていた。

いつものように、ホテルの部屋で彼女を待っていると、ホテルに入ってから30分ほど経ったころに、彼女が到着する。

そのころには取材や執筆の経過報告などは、LINEで済ませていたので、向こうもなぜ自分が呼ばれたのか判らないと言った顔をしていた。

もちろんサプライズで呼んでいるので、執筆の状況は彼女も知らない。

「完成しました!! 小説!!」

第一声でそう彼女に告げ、完成した原稿用紙の束を彼女に見せる。

「おーーーーーー!!!!」

いつもは感情をあまり表に出さない、能面みたいな彼女の顔がほころぶ。

「すごい!!!!!」

もちろん、客として来ているのだから、それくらい愛想は振りまくだろうが、彼女もまさか本当に原稿が完成するとは、思っていなかったようで、というか、「小説の主人公のモデルになってほしい」と言われたときから、半信半疑だったのだから無理もないが、原稿が完成したことに、本気で驚いているようだった。

さすがにその場で読ませるわけにもいかず(時間的にも、彼女の労力的にも無理があったので)、「帰ってからゆっくり読んで……」と、その場ではとりあえず、原稿用紙の束だけを渡すことにした。

「あ、読まなくてもいいけど、捨てないでね……」

と、冗談で言うと、

「いやいや、捨てないって(笑)」と、はにかみ、「ちゃんと大事にとっとくよ〜(#^.^#)」と、どっちともとれない笑顔が返ってくる。

そのあとしばらく話をして、あっという間に時間が経つ。

「あの、ということで、お別れです……」

そうぼくから切り出す。

さすがに一年半の付き合いがあるだけに、彼女も少し寂しそうな顔を浮かべていたが、もともとプライベートで付き合いはなかったし、店で呼ぶといっても取材や執筆の進捗状況を伝えるだけだったので、これ以上、会いに来る理由も口実もない……。

もちろん、お互いのLINEは知っていると言えば知っているが、友だちのように頻繁にやりとりをしているわけでもなく、簡潔に必要事項をやりとりしていただけなので、LINEを送り合う目的もない。著者とモデルというだけの関係だ。

「うん……、わかった」

「とりあえず、文藝賞にこの作品を応募する予定だから、もし、受かってたら、そのときは、また報告するね……」

そうぼくが別れ際に彼女に告げる。

「受かったときだけ?」

と、彼女が聞き返してくる。

「んーーー、どうかな?」

小説家になると大見得を切っていた以上、落ちてたときのことを考えて、なんとなく保険をかけて言ったのだが、まあ、ここまで協力してもらって、最後の結果報告もしないで、別れるのもどうかと思い、

「じゃあ、とりあえず、どっちにしても報告するよ……」

と、言い直した。

ホテルの下に降りると、すでに迎えの車が来ていたので、最後に彼女に手を振って別れた。彼女が見送るというが、いつも見送って貰っていたので、最後くらいはぼくが彼女を見送りたかった。

送迎車の後部座席に乗り込む彼女小さめの手提げのバックからは、さっきぼくの渡した『蝶々』の原稿が、少しだけはみ出して見えた。



次回へ続く……



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