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鳥たちのさがしもの 8

少年は彼方を探していた。海からせり上がる山の頂。海風が葉擦れを奏で、木漏れ日が若葉を乱反射させ踊る。霞たなびく島影を見下ろしながら、コンビニのおにぎりを齧る。木の根道を走る蜥蜴に猫が目を光らせていた

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-雲雀のさがしもの・夏-

 雲雀ひばりは、ひとりで秘密基地に来ていた。正確に言うと、秘密基地から更に少し上った海の見える場所だ。先端まで行くと真下は海。心地良い海風が木の葉を揺らして、木漏れ日も揺れていた。
 それを眺めながら張り出した木の根に座り、来る途中に買ってきたコンビニのおにぎりをひと口齧った。雲雀は夏休みでも両親は仕事だ。稀に前日の夕飯の残りを食べたりもするが、大抵の場合は昼食代を渡され、自分でスーパーやコンビニに行って食料を調達している。家でひとりで食べるそれは酷く味気なかったが、こうやって外で食べるのは悪くない。家に居るよりも風が心地良く、よっぽど涼しかった。
 かたわらにうずくまる猫におにぎりの鮭を少し分けてやる。蜥蜴を狙っていた猫はあっさりとそちらを諦め、雲雀の手から鮭を食べた。この猫は最初から人に懐いていた。きっと誰かが棄てたのだ。
 数日前、雲雀は両親と喧嘩をした。たまたま通りかかった浜辺で、階段の下で鳴いている猫を見つけた。首輪はつけておらず、野良猫のようだったがまだ綺麗だったので、棄てられたばかりなのかもしれないと思った。
 生まれたばかりの子猫というには少し大きめのその猫は、雲雀が手を差し出すとそこに顔をこすりつけた。
 日曜日で両親が家に居たので、雲雀はその猫を連れて家に帰り、飼いたいと言ったのだが反対された。夏休みはいいけど学校が始まったらどうするの、というのが母親の言い分だった。しばらく食い下がったが自分では世話はしないだろうと決めつけるように言い放った父親の顔にかちんと来て、「そんなに信用がないならもういい。」と捨て台詞を残して再び家を出たのだった。
 外から仲間に連絡し、誰か飼えないか訊いてみたが、すでにフィンチという猫を飼っている斑鳩含め、四人全員から申し訳なさそうな返事が来た。しかし最後に燕が、飼い主が見つかるまで秘密基地で飼うというのはどうかと提案してきて、どうせ野良になるならばと、雲雀は試しにその足で猫を連れたまま秘密基地へ行った。
 その時既に秘密基地には色々な物が持ち込まれていた。雲雀は、それらを組み合わせてどうにか寝床になりそうなものを作ると最後にビニール傘を開いて固定し、屋根にした。この間のような嵐が来ない限りは雨風が防げるだろう。
「ごめんな。今はこれくらいしかしてやれないんだ。もうちょっと何か考えるよ。明日から、できるだけ毎日来るから」
 そしてそれ以来、今のところは毎日ここへ来ている。最初の日は置いて行かれると分かると不安そうに鳴いていた猫も、翌日からは大人しく寝床に入るようになった。
 昨日は五人でここに集まった。さすがに斑鳩は扱いに慣れていて、家から使わなくなった猫用のクッションやフィンチのための餌をこっそりと持ち出して来てくれた。そして話し合いの結果、猫の名前はイーグルに決まった。狗鷲の岩にちなんでつけた安易な名前だが、なかなかいいと雲雀は思った。
 雲雀は今、”彼方”と”海風”を探していた。ここは今のところ雲雀が知っている限り一番遠くまで海が見渡せる場所だった。
「でも、ここで撮った写真は夏休みの宿題には使えないな。秘密基地がばれちゃうもんな」
 イーグルに話しかけてみたが、鮭を食べ終わったイーグルは再び林の中に目を光らせている。本当に獲物を狙う鷲みたいだ。
 その姿を見て、雲雀は海に向かってカメラを構えた。しかし、フォーカスしたのは海の彼方ではなく、遥か海の彼方を見据える、狗鷲の岩の横顔だった。あの狗鷲は、きっと自分が見ているよりもずっと遠くを見ているに違いない。

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少年は鼓動を探していた。海神を祀る神社の参道に露店が並ぶ。砂利を踏む浴衣のさんざめき。天を揺らす咆哮をあげ、海から大輪の花火があがる。夜空に咲いては散る幾輪の輝き。火薬の匂いと熱気。猫が肩に跳び乗る。

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「おい、雲雀、どこ行くんだよ。もうすぐ花火、上がるぞ」
 少しその場を離れようと思って身体を動かした雲雀に気がついて、隣に居た孔雀が声をかけてきた。
「ちょっと海神社まで行ってくる。俺の場所、確保しといて」
 それを聞くと孔雀は納得したように頷いた。迷子になるなよ、という声に送られて人ごみの中を海神社に向かって進む。
 ここ、小動こゆるぎ神社の祭神は建速須佐之男命たけはやすさのおのみこと建御名方神たけみなかたのかみ日本武尊やまとたけるのみことという錚々たる神々だったが、その他に海神を祭る海神社がある。鎌倉で唯一、海沿いを走る国道134号線よりも海側に立っている珍しい神社だ。
 孔雀の出した”鼓動”、”海神”というキーワードの”海神”はここしかあり得ない。そして”鼓動”は…。
 ドーンという大きな音と共に、大輪の花火が上がった。周りで歓声が上がる。
 雲雀は、次の花火を待ち、海神社、海、花火が入るようにシャッターを切った。サンダルのベルトが引っ張られるのを感じて下を向くとイーグルが花火の音に怯えたかのように震えていた。カメラをしまってその身体を抱き上げる。
「何だ、ついてきちゃったのか。燕の膝に居ればよかったのに。さあ、戻ろう」
 イーグルの、まだ小さな身体を肩に乗せ、雲雀は人の波を掻き分けて皆の所へ戻った。
「ああ、良かった。雲雀が居なくなったらイーグルが追いかけて行っちゃったんだ。会えたんだね」
 燕が言うと、斑鳩が、だから大丈夫だって言っただろう? と笑った。雲雀の場所を確保するために少しずつ間を空けて並んでいた四人が間を詰めたので、石垣の、空いた場所に腰かける。花火は大小織り交ぜながら絶え間なく上がっていた。
「いいの撮れたか?」
 孔雀の問いに雲雀は頷く。見せる前にネタバレするのは不本意だったが、このタイミングしか無かった。
「まあね。見てのお楽しみ」
「花火が”鼓動”とは考えたな」
「見せる前に言うなよ」
「楽しみにしてる」
「孔雀はもう全部集めたのか?」
「今、半分。でも、ひとつは撮り直すかも。なんかだんだん凝ってきちゃってさ」
「ミニバスの練習もあるんだろ?」
「それは余裕」
 そう言いながら孔雀が人知れず努力しているのを雲雀は知っている。ふと思い立って朝の散歩に出かけると、時々ジョギングしている孔雀を見かけることがあった。そういう姿を見られることを好んでいないようなので、見かけても声はかけないようにしていた。
 自分はいったい何がしたいんだろう。
 四人と出会ってから、ごくたまにだが、雲雀は考えるようになった。孔雀はバスケ、燕は読書含めて知識欲が半端ない。夜鷹に訊いたことはないが見るからに何か自分の軸になるようなものを持っているように見える。一番いい加減に見えた斑鳩も、この夏兄にギターを貰ってからは狂ったようにギターを弾いているという。そもそもそれまでも、音楽に関する知識は仲間内で、いや、クラスでも一番だった。
 雲雀は成績も悪くなければ運動も苦手ではない。言ってみれば器用なのだと思う。しかし、これといった趣味や情熱をかける何かを持っているわけではなかった。
 だからこの夏休みも、仲間と会うとき以外は毎日何をするわけでもなく散歩したり、秘密基地に通ったりして過ごしている。
 もし学校も無くて、いきなり毎日自分の好きなように暮らしていいと言われたら、自分はいったいどうやって時間を使うのだろうか。
 賑やかな空気の中に居て、雲雀は突然心細さを感じた。膝の上で抱いているイーグルの体温が有難い。
 生き物……。
 そう。生き物は好きかもしれないと雲雀は思う。特に鳥は、昔から大好きだった。だからといって何をすればいいのか分からない。ただ単に鳥を、とりわけ空を飛ぶ鳥を眺めるのが好きだというだけだ。
 それでもその少しの手掛かりを、雲雀は大切に胸にしまった。

『瞳の中の宙』-イヌワシ

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この物語はdekoさんの『少年のさがしもの』に着想を得ています。


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