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鳥たちのさがしもの 12

少年はサンクチュアリを探していた。ギターのチューニングを合わせていると、窓辺で猫が鼻を鳴らす。覚えたてのコードは不協和音。手始めにホワイトクリスマスをつま弾いてみた。粉雪が舞う。Holy Night。

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-斑鳩のさがしもの・冬-

 斑鳩は兄から今年の夏に貰ったギターに夢中になっていた。
 少なくとも斑鳩の知る限り、同じ小学校に本格的なギターを持っている生徒は他に居ない。ちょっとした自慢だった。
「サンクチュアリと言えば『ホワイトクリスマス』だよな。音を写真で撮れればいいのに」
 窓辺で蹲るフィンチに向かって声に出して呟くと、フィンチはそれに応えるように鼻を鳴らした。
 夏から続いているこの遊びは、まだ続いていた。今回、孔雀から回ってきたキーワードは”サンクチュアリ”と”Holy Night”。クリスマスが近いからなと笑っていた。キリスト教でもないくせに気取っていやがる。
 斑鳩の家にももうクリスマスツリーは飾ってあったが、それを撮っただけではみんなを納得させることはできないだろう。何か工夫をしなければと考えてはいるのだが、何も思い浮かばなかった。
 気分転換にと思って弾き始めた『ホワイトクリスマス』も最後まで弾くことができず、同じところをぐるぐると回っている。終わりを見失っているとノックもせずに部屋の扉が開いた。
「相変わらず下手くそだな」
「うるさい。まだ始めたばかりなんだから仕方ないだろ」
 部屋に入ってきた兄が斑鳩の手からギターを奪い取り、いとも簡単に『ホワイトクリスマス』の旋律を奏でる。
 七歳年上の兄はできがいい。年が離れすぎているため、幸い周りから比べられるようなことは無かったが、斑鳩はずっとこの兄に対して劣等感を感じていた。しかし兄に反発することもできず、結局は兄の真似をしてばかりいる自分を自覚してもいた。
 兄はこの春無事に第一志望の国立大学に合格し、アルバイトを始めた。新しいギターを買ったのでお古が斑鳩に回ってきたというわけだ。斑鳩はどうやったってその国立大に入れる気はしなかった。父親の会社がいよいよまずそうなことは毎晩のように繰り返される両親の会話から分かっている。お金のかかる私立大学ではなく、最難関の国立大に入った兄を両親は斑鳩の前であっても大げさな程に褒めたが、文句を言う気にもならなかった。
「何しに来たんだよ。わざわざギター弾きに来たわけじゃないだろ?」
「おう。そうそう。冬休みさ、友達とスノボに行くんだが、一緒に来るか?」
「あのさ、うちが今どういう状況だか分かってる?」
「だからだよ。こう毎日深刻な雰囲気で話をされちゃ気が滅入る。俺は自分でも結構稼いでるんだ。親の扶養は外れない程度にだけどな。お前の分も出してやるから行こう」
 そう。厄介なことに、兄はなんだかんだいって優しいのだ。斑鳩には敵うところがなかった。鎌倉から都内の大学へ通うのは大変だと思うのだが、ひとり暮らしをせずに実家から通っているのも、家計のことだけでなく、この家に斑鳩ひとり残すのが忍びないと思ってのことだろう。
 決まりな、と言って返事も待たずに出て行こうとする兄を呼び止める。
「何だ? 行きたくないのか?」
「違うよ。ねえ、サンクチュアリって何だと思う?」
「何だよいきなり……ああ、例のゲームか。そうだな……カメラ貸せよ」
 兄はにやりと笑いながらそう言った。
「カメラ? なんで?」
「サンクチュアリは、人それぞれだ。お前にとってのサンクチュアリは、ここだろ? ギター構えてみな」
「……そのサンクチュアリにずかずか入ってきたくせに」
 憎まれ口をたたいたが、内心感心していた。兄は斑鳩の不満げな様子を笑って流した。
 言われた通り先程のようにギターを構える。ここは、俺のサンクチュアリだ。そう思ったら、神妙な気持ちになった。
 『ホワイトクリスマス』の最初のコードを押さえる。
 今までで一番いい音が出た。

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少年は旋律を探していた。粗い砂まじりのコンクリートの石段を跳び下りる。ひと気のない砂浜。朝の光にさんざめく波を潮騒が追いかける。猫が蟹をもてあそぶ。見あげた西の空には、まだ白い月のかけらが残っていた。

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 ”旋律”なんてどこにでも転がっている。しかし人気のない朝の砂浜に”月のかけら”を見つけて斑鳩は満足した。そして、静寂の中に一定のリズムで聞こえる波の音に耳を澄ました。ああ、ここでは波が旋律だ。
 これならみんな納得するに違いない。
 斑鳩は念のため携えてきたギターを脇に置き、海に向かって旋律を写し取るように丁寧にシャッターを切る。
 もう、何枚の写真をこうして撮っただろう。夏が終わってからの斑鳩たちは、まるで自分たちの記憶を感情ごと保存するかのようにこの遊びを続けていた。
 あと三カ月。残された時間をこれ以上思い出さないように、慌ててカニと遊んでいたらしいフィンチを迎えに行った。

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少年はロックを探していた。一晩中雪が降り続いた翌朝。つらなる銀嶺は神々しい光を浴びて目覚める。凛とした空。樹氷を揺らす風。ボードを抱えて林間の道をのぼる。猫が肩に飛び乗った。新雪を蹴散らして初滑りだ。

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「スノボに行くなら、”雪山”で”ロック”を探して来いよ」
 冬休み前、斑鳩は雲雀からのキーワードを受け取った。
「ロック??」
「そ。お前にぴったりだろ?」
 意外と気遣いのうまい雲雀は、孔雀のように無茶苦茶なお題を出してくることは無かった。きちんと相手に合ったキーワードを出してくる。夏に”トンネル”と”裏山”というキーワードを貰った時も、山の多い鎌倉にはトンネルなんか沢山あると思ってのことだったのだと思う。意地になって面白そうなトンネルを探したのは斑鳩の意思だった。まさかそのおかげであんな秘密基地が見つかるなんて思いもしなかった。それまでも仲が良かった五人は、秘密基地のおかげでさらに結びつきが深くなった。
 イーグルが居るからということもあるが、あれからほぼ毎日五人は秘密基地に通っている。
 そして同じ夏、五人に別れが迫っていることを知ったのだ。夏から集め続けている五人の『物語の欠片』は、この先きっと五人の大切なものになるに違いない。
「さて、フィンチ。ロックを探しに行こうか」
 雪山にはフィンチも連れてきた。どうせ兄の友人たちと話が合うわけがないと思っていたからだ。移動は兄の友人の車なので問題ない。案の定、到着した昨日の夜は散々だった。別に仲間外れにされたわけでもなく、むしろ兄の友人たちは斑鳩に気を遣って色々と話しかけてきたのだが、年の離れた優秀な彼らに話を合わせるのがストレスだったのだ。兄はひとりで十分だ。
 それで今朝斑鳩は、真っ直ぐにリフトに向かう兄たちと別れ、フィンチを連れて一人林間の雪道を歩いている。昨夜は一晩雪が降り続いたが、今は文句のない快晴で、さらさらとした新雪に太陽が反射して眩しい。樹氷の間を爽やかな風が通り抜けた。
 RED HOT CHILI PEPPERSの『SNOW』が自然と口をついて出た。
「Step from the road to the sea to the sky and I do believe that we rely on
when I lay it on, come get to play it on all my life to sacrifice...」

海や空へ向かう道へ踏み出して 頼れるものをただ信じる “それ” を用意しておくから遊びに来なよ 俺の人生なんて全部捧げてやる。
 ※著者訳

 斑鳩が唯一全部歌える洋楽だ。英語の歌詞の意味も兄に教えてもらって憶えた。これをギターで弾けるようになるのが直近の目標だった。
 歌を口ずさみながら林を抜けると、突然視界が開けた。少し離れたところにリフトのレールが見える。それほど高くまで登ってきたわけではないが、眼下に滑り終えて再びリフトに向かう人たちの姿が随分小さく見えた。
 空が広い。
「なんだ。これがそのままロックじゃん」
 アンソニーはきっとこんな風景を見て『SNOW』を創ったに違いない。雲ひとつない青い空と雪原。限りなく白い雪原は、自分の人生を真っ新に戻してくれるように感じたのだ。その気になれば、何度だって一から始めることができる。
 もうすぐ三学期が始まる。それが終われば卒業だ。自分にも新しい世界が待っているのだろうか。
 たとえ離れ離れになったとしても、仲間の存在があれば新しい生活を始められる気がする。
 斑鳩はカメラを取り出して青い空と真っ白な雪を写真に収めた。

『新しい世界』-イカル(斑鳩)

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この物語はdekoさんの『少年のさがしもの』に着想を得ています。


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