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鳥たちのさがしもの 5

少年はトンネルを探していた。裏山の崖に作った秘密基地。ガラクタを持ち寄った。切れかけの懐中電灯。壊れたリモコン。空き缶。自転車のチェーン。入口のカモフラージュに集めた枝と枯れ葉は猫が蹴散らしていった。

**********

 燕以外の四人は互いに顔を見合わせた。それは、子供でも立ったままでは通れない小さな小さなトンネルだった。
「多分、昔は水路だったんじゃないかな」
 燕が微かに首を傾げながら言うと、斑鳩が戸惑ったように口を開いた。
「いや、そういうことじゃないだろ。何なんだよ、これは」
「この向こうが、僕が行きたかった場所だ」
「この向こうに、何があるんだ?」
「秘密基地」
「秘密基地ぃ?!」
「いいからついて来て」
 燕は自ら先頭に立って四つ這いになり、小さなトンネルの中に入って行った。他の四人は再び顔を見合わせたが、雲雀は意を決して燕に続いた。夜鷹が後に続き、仕方がないという風に斑鳩と孔雀もついてきた。
 トンネルはそれほど長くなかった。五人全員が並ぶ間もなく出口の光が見える。雲雀はほっとして燕に続いてトンネルの向こう側に出た。
 そこには、何も無い空間が広がっていた。確かにそこだけぽっかりと穴が開いたように木が生えていないが、その他に何もない。学校のテラスより少し狭いくらいの空間があるだけだ。
 しかし、トンネルを振り返って雲雀は気がついた。このトンネルも、燕の見せてくれた写真の中に在った。
「雲雀は……それに夜鷹も、気がついたよね」
「何だよ、雲雀と夜鷹も何か知っているのか?」
 斑鳩が不満そうな口調で言う。いい加減に説明してくれという雰囲気だったが、それは雲雀も同じ気持ちだった。だから、ついに雲雀は疑問を口にした。
「あの写真は、何なんだ?」
「写真?」
 雲雀と斑鳩の言葉に燕はスマートフォンを取り出し、斑鳩に渡した。それを孔雀が横から覗き込む。二人は不思議そうに眺めていたがやがて気がついたらしく燕の顔を見た。
「この写真のトンネルが、これか? ……いや、そうだとしても訳が分からない。この写真は燕が撮ったのか? ここはいったい何なんだ?」
「みんな、本当にここに来ても何も思い出さないの?」
 その哀しそうな口調に、それまで不満を前面に出していた斑鳩は怯んだ様子を見せた。
「な、何だよ。ここが何だっていうんだ。始めて来る場所だぞ」
「初めてじゃない」
「お前はな」
「違うよ。ここは、僕たちの秘密基地だ」
「訳……わかんねえよ」
「僕たちは、昔一度出会っているんだ。僕たちは同じ小学校だった」
 斑鳩は絶句した。
 雲雀たちも似たようなものだった。あまりのことに言葉が出てこない。しかし、何とか絞り出したらしい斑鳩の言葉に、雲雀は更に驚くことになる。
「……確かに俺には小学校の時の記憶がない」
「え?」
「俺の親父は大手建設会社の重役なんだ。俺が小学校の時、リーマンショックの影響が長引いて倒産しかけた。入学したころからずっと雲行きが怪しかったんだが、五年だか六年だかの時にいよいよ危なくなって……。それで家がごたごたしていたから俺は構ってもらえなかったらしい。それがストレスだったんじゃないかって言われてる」
「実は俺も……」
「何だ、お前もかよ」
 雲雀と孔雀の声が重なり、二人は顔を見合わせた。孔雀が、お先にどうぞという風な仕草をする。
「……俺も、小学校の時の記憶が曖昧なんだ。全く無いわけじゃない。でも、ぼんやりしてる。明らかに記憶が少ない。親に訊いたら二人とも気まずそうな顔をして家が大変な時だったからって言うから、両親が不仲だったんだろうなと勝手に考えてそれ以来その話はしていない。記憶の話も、深く考えないことにした」
「俺は、小学校六年生の時に事故に遭って一部の記憶を失ったって聞かされている」
 当然のように三人は夜鷹の顔を見たが、夜鷹は驚いている様子もなくいつもの落ち着いた表情で三人の視線を受け止めた。
「夜鷹は?」
 斑鳩が代表して尋ねたが、夜鷹は口を開かない。その沈黙は、俺も同じだ、とも、違うとも取れた。相変わらず何を考えているのか全く分からない。しかし、燕が話しかけると夜鷹の表情が僅かに動いた。
「もしかして、夜鷹は記憶が戻っているんじゃない?」
「……何故、そう思う?」
「脳科学者の藍炭尊あいずみたけるって、夜鷹のお父さんだろう? 苗字が珍しいからすぐに分かった。僕はドワイト・ライラック教授との共著を読んだんだ。フラッシュバックと記憶喪失に関する興味深い研究だった。あれに出てくる被験者Cって、夜鷹なんじゃないかな。ひとりだけ年齢が僕と同じくらいだった」
「そうか。あれを読んだのか。……だがあれには明確に効果があったとは書かれていなかったはずだ」
「うん。希望の持てる反応はあったけど記憶が戻るには至らなかったため引き続き検証が必要だと書いてあった。でも、それから少し時間が経ってる。記憶が戻ったから、帰国したんじゃないの?」
「違う。研究につきあうのに嫌気がさしたからだ。だから日本の大学に進学したいと言って戻ってきた。……記憶が戻ったのは、お前たちに会ってからだ」
「やっぱり! 夜鷹は思い出したんだね」
 燕の顔がパッと明るくなった。燕はそのまま夜鷹に話しかけようとしたのだが、斑鳩が我慢できないという風に間に割って入った。
「燕。分かるように説明してくれ。あの写真は何なのか、秘密基地とは何なのか。何を思い出してほしいのか」
「ごめん。そうだよね。……信じてもらえないかもしれないけど、最後まで聞いてくれる?」
「聞くよ。……座ろうか」
 おあつらえ向きに、座るのにちょうど良さそうな倒木が二本ある。斑鳩がそれを指差しながら言うと、燕がくすりと笑った。
「そう。あそこはベンチだったんだ」
 斑鳩は無言で首を横に振った。その肩を孔雀がポンと叩く。
 突然、それまで耳に入らなかった蝉の声が聞こえた。それは、子供の頃の夏休みの、わくわくした感じを思い出させた。記憶が曖昧なのに不思議だ。高校生になった今、今年聞いた蝉の声は、どちらかというと夏の茹だるような暑さを象徴するものだった。
 弁当の入った鞄を横に置いて倒木のベンチに腰掛ける。時刻は既に昼頃だった。空腹は感じなかったが、昼はここで食べることになるのだろうかとぼんやり思った。

 全員が座ったのを確認すると、燕は小さく息を整えてから話し始めた。
「僕たちは、小学校五年と六年の時、同じクラスだったんだ。小学校は、二年ごとのクラス替えだったんだよ。何でか分からないけどすぐに仲良くなって、ずっと五人でつるんでた。この写真は、僕たち五人が撮ったんだ」
 自分が撮った写真が含まれていると聞かされても、雲雀には全く身に覚えがなかった。
「夏休みの宿題で、夏休みの思い出の絵っていうのがあってさ、それを、斑鳩が『つまんねえ』って」
 燕は僅かに微笑を浮かべて斑鳩の顔を見たが、斑鳩は曖昧な表情をしていた。雲雀と同様、そう言われても何も憶えていないのだろう。
「そしたら孔雀が提案したんだよ。『それならお互いお題を出し合うっていうのはどうだ?』って。例えば、”地図”、”海の見える駅”……みたいにね。ゲームみたいでわくわくした」
 あの、海辺の駅の写真はそうやってできたのだ。三人の女子高生は、駅の案内板の地図を指差しながら談笑していた。雲雀はふと浮かんだ疑問を口にした。
「何で写真なんだ? 元々は夏休みの宿題の絵だったんだろ?」
「絵より、探し物の方に夢中になっちゃったんだよね。お題をいちいち絵にしていては時間がもったいない。だから、とりあえずそのお題を写真に収める。宿題は、その中からどれかを絵にすればいいだろう?」
「なるほど」
「宝探しみたいで、僕たちはその遊びに本当に夢中になった。その探し物自体が僕らの夏休みの一番の思い出だった。最初は”地図”とか”フェンス”とか具体的なものだったんだけど、ある時夜鷹が”調和”っていうお題を出したんだ。最初は何それって笑っていた僕らはすぐにその面白さに気がついた。さすが夜鷹だよね。他の四人に写真を見せて、確かにそのお題の通りだと納得させなければならないんだ。お題を出す方も写真を撮る方も、みんな色々と工夫をしてさ。結局僕たちは夏休みが終わっても、小学校を卒業するまでその遊びを続けた」
「写真については分かったよ。確かに今やっても面白そうな遊びだけど、それとこの場所と何が関係ある? 俺たちに、何があったんだ?」
 斑鳩が尋ねると燕の表情が翳る。
「……僕も知りたい」
「はあ?」
「あの日、ここで何があったのか。どうしてみんなが僕のことを忘れてしまったのか」
「あの日?」
「小学校を卒業したら、僕らはバラバラになることが決まっていた。夜鷹はアメリカへ行ってしまうし、孔雀は都内に引越が決まっていた。僕は私立の学校に進学。雲雀と斑鳩は学区が違った。……結局雲雀と斑鳩もその後引っ越しちゃったけど。だから、僕たちはあの日、小学校最後の冒険をするはずだった」
「冒険?」
「そう。ここに集合して、あることをするはずだったんだ。でも、僕はその日、熱を出して行けなかった。そして、四人は予定通りにここに集まって……戻ってきたら僕のことを忘れていた。当時ちょっとした騒ぎにはなったんだけど、みんな無事だったし、全部の記憶が消えたわけでもなかったし、春休みのうちにみんな引っ越しちゃって、あっという間に騒ぎは消えた。僕の両親も何も無かったように振舞うからそれに合わせていたけど、忘れられるわけがなかった。……ねえ夜鷹。あの日、ここで何があったの?」
 皆の視線を受け止めても相変わらず動じない夜鷹は、ひとこと、低い声で呟くように言った。
「知らない方がいいと思う」

『星月夜』-孔雀

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この物語はdekoさんの『少年のさがしもの』に着想を得ています。


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