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鳥たちのさがしもの 13

少年は動機を探していた。体育館での終業式。誰も聞いていない校長の挨拶。生徒指導のリフレイン。筋書きの変わらないドラマには退屈の勲章を。密談がひそやかに多発し飛び火する。猫がギャラリーから監視していた。

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-燕のさがしもの•冬-

 二学期が終わる。小学校最後の終業式だ。次は卒業式。燕にとっては、冬休みに入る嬉しさよりも、楽しかった二年間が間もなく終わってしまうことの寂しさの方が大きかった。校長先生の話など全く頭に入らない。
 冬休みは、夏休みと違ってあまり仲間たちと会えない予定だった。燕は中学校受験に向けて最後の追い込みの時期だし、そもそも年末年始は家族で過ごすことが多い。孔雀と斑鳩は家族とどこかに出かけるのだと言っていた。
 放課後、燕はひとり、体育館に戻ってきた。後片付けがあるからか、扉が開いたままだ。誰も居ないがらんとした空間を眺める。
 卒業式も、ここで行われるのだ。
 何とも言えない寂しさで胸がきゅうと締め付けられた。中学生になりたくない。燕は初めてきちんと言葉にしてそう思った。
 何故、大人にならなければならないのだろう。何故、人は成長しなければならないのだろう。何のために?
「燕? ここに居たのか」
 突然声を掛けられて、零れそうだった涙が引っ込んだ。振り返ると、僅かに息を切らした雲雀が立っていた。
「忘れものか?」
「ううん。違うよ。冬休みだっていうのに孔雀が、”動機”と”体育館”なんてお題を出すから今のうちに下見に来たんだ」
 燕が慌てて笑顔を作って答えると、雲雀も笑った。
「孔雀は無茶苦茶だよな。そこが面白いんだけど。……まだ帰らない?」
「探しに来てくれたの? 他のみんなは?」
「その孔雀がまた何か面白いこと考えついたらしいんだけど、五人揃わないと話さないって言うから探しに来たんだ」
「面白いこと? 何だろう」
「さあ」
「ねえ、雲雀」
「何?」
「卒業文集に書くこと決まった?」
 さすがに何で大人にならなければならないのかとは訊けずに、代わりにそう尋ねた。意外なことに、雲雀はその質問に声を出して笑った。
「……悪い。馬鹿にしてるんじゃなくて、当たり前だけど燕も悩むんだなって思って。俺も少し前、自分だけ何も持ってない気がして夜鷹に相談した」
「夜鷹に?」
「そんなこと、みんなの前じゃ話しずらいだろ。それに、いつもあまり自分のことを語らない夜鷹の話を聞いてみたかったんだ」
「雲雀は、みんなのことちゃんと見てるよね」
「夜鷹にも似たようなこと言われたけど自分じゃ分からない。そう、それで、夜鷹も同じだって。特別な何かを目指しているわけじゃない。ただ、今目の前に在ることを一生懸命やるだけだって。別に、将来なんて必ず考えなければならないことでもないんだって」
「ああ……」
 そうか。自分は先のことを考えて、あと数カ月ある楽しい時間も無駄にするところだった。
「ありがとう、雲雀。本当にその通りだ」
「夜鷹の受け売りだよ」
「探しに来てくれた。タイミングが最高だった」
「なら良かった。じゃあ、行こう。みんな待ってる」
「あ、待って。僕、体育館の写真だけ撮っちゃう」
 本当は校内に居る間は電源を入れてはいけない決まりだったが、急いでスマートフォンの電源を入れ、一枚だけ、がらんとした体育館をカメラに収めた。
 生徒が去った後の体育館。ここには子供たちの戸惑いだけが残っている。大人になってもならなくても、時間は進むのだ。それなら、目の前の大切なものをしっかり見よう。それが、先に進む”動機”だ。

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少年はシナリオを探していた。小さなプラネタリウムのある坂の上の天文館。頭上に投影される星の地図。宇宙の旅を終えると、外は黄昏はじめていた。蒼き昴を見つけられるだろうか。隣の空地で猫が集会を開いていた。

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 少し遠くの駅で最後の模試を受けた後、プラネタリウムに寄った。外に出ると既に外は黄昏れ始めていた。急いで帰らなければ。
 この冬、昴が見られるだろうか。燕の頭の中に、今見たばかりのプラネタリウムのプログラムが浮かぶ。昴の語源は日本語の”統ばる”で、いくつかの星の総称なのだという。別名六連星むつらぼしと言うらしい。直観的に、自分たち五人と猫のイーグルの星だと思った。
 卒業したらバラバラになって、その後会うことはありませんでした。そんな筋書きは嫌だ。自分の人生のシナリオは、自分たちで書くのだ。
 終業式の日、孔雀が面白いことを思いついたと言って話してくれたのは、タイムカプセルの構想だった。
 タイムカプセルを秘密基地に埋め、夜鷹がアメリカから帰国したタイミングでみんなで再び集まってタイムカプセルを開封する。
 タイムカプセル自体は新しい話でもないが、秘密基地に埋めるということ、開封タイミングが意外と早いこと、何より確実にまた会う約束をできることが、その案を燕たちにとって画期的なものにしていた。タイムカプセルに入れるものはひとりひとつだけ。お互い当日まで秘密で、何故それを選んだか説明することになっていた。『物語の欠片』と同じコンセプトなのが自分たち五人らしいと思った。
 『物語の欠片』。燕たちは”探し物”を収めた写真を、最近流行っているアニメのタイトルを貰ってそう呼ぶようになっていた。
 小説が原作のアニメで、五人の”化身”が出てくる。メインの登場人物が五人というところも自分たちにぴったりだった。燕はアニメは見たことはないが、原作を全て読んでいた。五人の化身はそれぞれ大地・火・水・風・きんを象徴しているのだが、それが自分たちの苗字の色に対応するのでまるで自分たちのことを言われているように感じた。
 はしばみは茶色で大地、蘇芳すおうは赤で火、藍炭あいずみは青で水、千草ちぐさは緑で風、山吹やまぶきは黄色で金。
 初めてこのことに気がついた時、斑鳩は興奮して「すげえ」を連発していたが、きっと他の四人も少なからず気持ちがたかぶったと思う。あの夜鷹でさえも、「面白い偶然の一致だな」と声に出して言った。
 タイムカプセルに入れる物を、燕はもう決めていた。これまでに撮った沢山の探し物の写真の中から一人につき十枚ずつ燕が気に入ったものを選び、それに言葉を添えて一冊の本にしたものを作るのだ。五十枚の写真に小さな物語を添えた自分たちの『物語の欠片』。

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少年は兆しを探していた。薄曇りの朝。雲の絶え間から銀波へと一条の光が降りて来る。海に臨む天満宮。梅紋の絵馬が、一陣の風にカタカタと連符のリズムを刻む。猫が鈴を鳴らす。手水舎に梅の花びらが浮かんでいた。

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 薄曇りの朝、燕は両親と一緒に荏柄えがら天神社に来ていた。両親にとっては本気の、燕にとっては形ばかりの合格祈願。母親に言われるがままに梅紋の絵馬に志望校への合格祈願の文字を入れる。満足そうな顔の両親を見ながら燕は、本当に願いたいことは別にある、と思った。
 一陣の風が、奉納したばかりの絵馬をカタカタと鳴らす。それがまるで笑い声のように聞こえ、心を見透かされているように感じた。両親は、菅原道真の最期を知っているのだろうか? 死んだ後に神に祭り上げられても仕方がない。燕は雲雀に借りて読んだ歴史の本で知った菅原道真の生涯に同情していたが、世に言われるように友人でもあった藤原時平に裏切られたわけではなく、あくまでも道真の出世を妬む者たちの陰謀だったと知ることができたので、読んで良かったと思った。自分が友人に裏切られることを想像するだけでぞっとする。
 雲の絶え間から一条の光が降りてきて海を照らした。本来ならば瑞兆ずいちょうと呼んでもよさそうな光景だったのに、燕には、それがあまり良くないことの兆しに思えて、シャッターを切るのを一瞬躊躇った。
 神社で飼っている猫の首輪についている鈴の音に背中を押されるようにして、結局燕はシャッターを切った。
 大丈夫、これはいいことが起こる”兆し”だ。

『秋の気配』-燕
 

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この物語はdekoさんの『少年のさがしもの』に着想を得ています。


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