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鳥たちのさがしもの 14

少年は展望を探していた。氏神様へと続く参道。まだ設営されていない屋台が並ぶ。明日は大晦日。煤払いの焚火がはぜる音がする。ポケットの隅で忘れていた5円玉を賽銭箱に投げ入れる。柏手を打つと、猫が見あげた。

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-雲雀のさがしもの・冬-

 明日は大晦日だ。今日は両親ともに午前中で仕事を終え、会社の大掃除をして早めに帰宅することになっていた。
 雲雀はその前にイーグルに会いに一人で秘密基地へ行った。そしてそのままなんとなくイーグルを連れて奥社側から鷲宮神社にお参りに来たのだ。
 すぐに大晦日と新年が控えているので神社にも参道にも人は疎らだった。まだ設営途中の屋台が並んでいて、余計に寂れた感じを出していた。
 雲雀はポケットから五円玉を一枚取り出して賽銭箱に投げ入れる。柏手を打つと、イーグルが不思議そうに見上げた。
「イーグルを呼んだわけじゃないよ。こうやって神様に向かって手を叩くと、悪いものが逃げていくんだって」
 願い事を終え、一礼してからイーグルに説明する。説明しながら、悪いものって何だろう、と思った。
 願い事は簡単だった。小学校の残りの時間を楽しく過ごせますように。そして、いつか五人でまた会えますように。五円玉で二つの願いは贅沢かなと思ったのだが、子供だから許してほしい。
「”彼方”と”展望”って似てるよな」
 イーグルと一緒に居ると、ついつい話しかけてしまうようになっていた。雲雀は夏に”彼方”というキーワードを貰い、秘密基地側から彼方を見つめる狗鷲の岩の横顔を写真に収めた。それと対になるような写真が欲しい。狗鷲の岩が見つめる海と反対側の海、それだけでは物足りない。
 鳩を追いかけに行ってしまったイーグルを眺めながら、なんとか家で飼ってやれないかと再び考えた。実は外で飼っていたのだと話したら、両親は驚くだろうか。それとも、怒るだろうか。
 そうだ、イーグルだ。雲雀は思いついてイーグルを呼んだ。戻ってきたイーグルを抱き上げ、七里ヶ浜側の海が見える場所まで行く。狗鷲と対って言ったらイーグルだ。雲雀が写真を撮るために離れるとついて来てしまうイーグルを何とかじっとさせて、雲雀は海と鳥居とイーグルを写真に収めた。
 夏に見た海とは明らかに違う。それは反対側の海だからというだけではなかった。この夏、雲雀たちは知ってしまったのだ。自分たちの時間はこのまま一緒に過ぎていくわけではないことを。時間は進み、景色は変わっていくことを。それでも、希望は持っていたかった。
 今眺めている海は、ただの”彼方”ではない。未来を見据えた”展望”だ。イーグルは、その象徴のように思えた。

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少年は余白を探していた。冬枯れの林。葉を落としたスケルトンの樹々。枝が無尽に重なり緻密な細密画を空に描く。猫が積もった枯れ葉にダイブする。初雪が線描の隙間を縫って、パラシュートのごとく風に舞い降りる。

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 その日、鎌倉に例年に比べて遅めの初雪が降った。
 雲雀はいつも通りランドセルを家に置くと、そのまま家を出て秘密基地へ向かった。燕の受験が無事終わったので、五人は再び毎日のように放課後に集まるようになっていた。その前に、”余白”を見つけてしまいたかった。
 一番に秘密基地へ到着すると、雲雀は冬枯れの林を見渡した。雪は積もってはいない。落ちた枯葉がしっとりと湿っていた。上には葉を落とした枝が縦横無尽に重なり、緻密な細密画のようだ。雲雀は絵を描くことも鑑賞することも好きだった。細密画の余白、なかなかいい。そう思って空にカメラを向けシャッターを切り、ふと、枯葉にダイブして遊んでいたイーグルが一生懸命穴を掘っていることに気がついた。
「イーグル、どうした? 何か見つけたのか?」
 その時丁度、他の四人が連れ立ってトンネルを抜けてきた。
「どうした?」
 斑鳩が雲雀の肩越しにイーグルを見ながら尋ねた。他の三人も近づいてくる。
「さあ。イーグルが突然穴を掘り始めたんだ」
「ねえ、あれ」
 やがて紫色の布の端が現れ、燕が声を上げた。雲雀はイーグルの隣に膝をつき、穴を掘るのを止めさせた。不満そうなイーグルの頭を片手で撫でながら、もう片方の手で丁寧に土をどける。目で合図を送ると斑鳩が同じようにしゃがみ込んでその紫色の包みを土から取り出した。
  それは、バスケットボールほどの大きさの包みだった。柔らかそうな布で、中に何かごつごつした物が包まれているのが分かる。
「とりあえず開けてみよう」
 斑鳩が誰にともなく言い、土の中で湿ってしまっていた布を解いた。中からは、不思議な石が五つ現れた。なんとなく白い骨でも出てくるのではないかと構えていた雲雀はほっと胸をなでおろした。
「なんだ、これ? 変な石」
 首を傾げた斑鳩の隣にしゃがんだ燕が遠慮がちに石に手を伸ばした。
「オパール、ルビー、サファイア、エメラルド、これは……トパーズかな? 宝石の原石だね」
「なんでそんなものが……って、おい、それ、『物語の欠片』に出てくる化身の石じゃないか?」
「聖なる貴石じゃなくて化身を象徴する石の方ね」
「そうそうそう」
「それは……多分、鷲宮神社の物だな」
 興奮する斑鳩と反対に、夜鷹が落ち着いた声で言ったので、皆が夜鷹の顔を見た。
「何で分かる?」
 鷲宮神社の社殿にある五色の布は、茶、赤、青、緑、黄の五色だ。普通の神社は陰陽五行に則って黄、緑、赤、白、黒の五色であるべきだと思うんだがあそこはきっと何か特殊なんだ。ずっと不思議に思っていた」
「へえ、よく気がついたね」
「お前何でそんなこと知ってるんだよ」
 燕が感心したような、斑鳩は呆れたような声を出す。そして孔雀が、当然の疑問を口にした。
「なんでこんな所にこんな物が埋まってるんだ?」
「さあ、それは俺にも分からない。推測できるのは、誰かが持ち出していったんここに隠し、そのままになっていることくらいだな。何かの理由があって取りに来られなかった。もしくは盗む気はなくて、ただ鷲宮神社に関連する誰かを困らせたくてここに埋めた」
「布、風化してないね」
「燕、それ、何か関係あるのか?」
 聞き役の孔雀は燕と夜鷹の顔を交互に見た。
「あるよ。だって、綿や絹だったら土に埋めたら一年もたたないうちに分解されちゃうんだ」
「え? そんな最近ってことなのか? だって俺たちここで誰の姿も見てないぞ?」
「僕たちがここを見つけてしまったから取りに来られなくなったとか。雲雀なんて、イーグルに会いに来るためにほとんど毎日ここに来てたでしょう?」
「化繊なら分解されない」
 夜鷹の言葉に燕は頷く。
「夜鷹の言うとおりだね。化繊が一般的になったのは僕たちが生まれる前だから……まあ、いつここに埋められたかはあんまり関係ないか。それより、これどうしよう」
「こっそり鷲宮神社に返そう」
 斑鳩が意気揚々と言った。
「なんでこっそりなの?」
「だって、どこで見つけたか訊かれたらここがばれるじゃん」
「確かに……でも……」
 燕は困ったように他の仲間を見たが、皆回答を持ち合わせていなかった。
「こっそりって、どうやるんだよ」
 最初に口を開いたのは孔雀だった。斑鳩は多少言葉に詰まりながらも意見は曲げない。
「作戦はこれから練るんだよ。だって、考えてもみろよ。ここがばれたら、タイムカプセルはどうなるんだ? ここは、俺たちの最後の砦だ」
「それは……そうだな」
「そうだね。僕も、この場所が無くなってしまうのは嫌だな」
「……こっそり返すなら、奥社の社殿の中だな」
 夜鷹の言葉に斑鳩の顔が輝く。
 「そう来なくちゃ。確かに本殿の方はずっと人が居るっぽいし、みんなの目のつくところに返したらまた悪いことを企むやつがいるかもしれないし。でも、奥社の社殿に返して、神社の人、誰か気がつくかな」
「奥社の社殿は十年ごとに新しくなる。少なくともそのタイミングでは気がつくだろう」
「夜鷹、お前何でも知ってるのな。誰も騒いでないってことはまだ気がついてないってことだよな。元々は、どこにあったんだろう」
「さあ。騒いでいることを俺たちが知らないだけかもしれない」
「どのくらい重要なものなのかも分からないしな。いや、重要に違いない。だって、化身の石だぞ?」
「斑鳩、すっかりその気だね」
 燕がくすくす笑う。雲雀は口を挟むタイミングを逸してしまった。しかし、無くなったものを返すのだ。悪いことをしている認識はなかった。ただ、奥社の社殿に触れているところを人に見られたら、下手すると濡れ衣を着せられることになる。作戦は慎重に練る必要があった。
 再び雪がちらつき始めたが、五人は、冬の寒さも忘れて作戦会議に夢中になった。

『都会の空』-雲雀
 

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この物語はdekoさんの『少年のさがしもの』に着想を得ています。


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