マガジンのカバー画像

鳥たちのさがしもの

28
dekoさんの『少年のさがしもの』に着想を得た物語。鳥の名前を持つ五人の少年が出てきます。
運営しているクリエイター

2021年9月の記事一覧

鳥たちのさがしもの 10

********** -夜鷹のさがしもの・夏-  船の汽笛が聞こえて、夜鷹は海の方を振り返った。石畳の坂道は既に夕方の光を受けてオレンジ色に輝いている。そこに、古い洋館が影を落としていた。この洋館は間もなく取り壊されるのだと母親が嘆いていた。どうせすぐに夜鷹たちは渡米するのに、おかしな話だ。  湘南港を出たばかりの船が小さく見えた。先程の汽笛はあの船だろうか。あの船は、どこへ向かうのだろうか。  アメリカは遠いね、と燕は言った。確かに遠いと夜鷹も思う。しかし重要なのは物理

鳥たちのさがしもの 9

********** -孔雀のさがしもの・夏-  さすがに息が切れている。孔雀は、縁石に腰かけてクールダウンしながら、今上がってきた方の景色を眺めた。  今日はまだ暗いうちから家を出て、いつもよりも長い距離を走った。丁度、海と山の境目辺りが白く霞み始めている。その真上に、明けの明星が輝いていた。何か貰えると思ったのか野良猫が寄ってきて少し手前で座り込み、孔雀の顔を見つめたので、孔雀は何も持っていないというように両の掌を広げて見せた。 「おはよう。ごめんな。何も持ってないん

鳥たちのさがしもの 8

 ********** -雲雀のさがしもの・夏-  雲雀は、ひとりで秘密基地に来ていた。正確に言うと、秘密基地から更に少し上った海の見える場所だ。先端まで行くと真下は海。心地良い海風が木の葉を揺らして、木漏れ日も揺れていた。  それを眺めながら張り出した木の根に座り、来る途中に買ってきたコンビニのおにぎりをひと口齧った。雲雀は夏休みでも両親は仕事だ。稀に前日の夕飯の残りを食べたりもするが、大抵の場合は昼食代を渡され、自分でスーパーやコンビニに行って食料を調達している。家で

鳥たちのさがしもの 7

********** -燕のさがしもの・夏-  夜から嵐になるという予報だったので、仲間たちとは早めに分かれて家に帰った。しかし燕の中にはまだ先程までの興奮が燻っている。  昨日、斑鳩から連絡がきた。いつもの通り急な誘いで「すげえもの見つけた。明日十時、駅に集合」だという。少し呆れながら承諾の返信をした。そして今日、斑鳩の言う”すげえもの”を見に行ってきたのだ。  それは確かにすごかった。鷲宮神社には何度も行ったことがある。いわゆるこの辺りの氏神様だ。しかし、その奥にあん

鳥たちのさがしもの 6

 ********** -斑鳩のさがしもの・夏-  夏休みの課題の絵をつまらないと言ったのは確かに斑鳩だった。しかしそれを楽しいゲームに変えてくれたのは孔雀だ。斑鳩はそれを少しだけ悔しく思う。つまらないからこうしようぜ、と自分が提案できれば良かったのに。  夏休み中に、他の四人からそれぞれひとつずつお題を受け取った。斑鳩が探さなければならない組み合わせは”トンネル・裏山”、”日常・商店街”、”進路・港”、”ベクトル・建設現場”の四組だ。 「ベクトルって何だよ」  とりあえ

鳥たちのさがしもの 5

**********  燕以外の四人は互いに顔を見合わせた。それは、子供でも立ったままでは通れない小さな小さなトンネルだった。 「多分、昔は水路だったんじゃないかな」  燕が微かに首を傾げながら言うと、斑鳩が戸惑ったように口を開いた。 「いや、そういうことじゃないだろ。何なんだよ、これは」 「この向こうが、僕が行きたかった場所だ」 「この向こうに、何があるんだ?」 「秘密基地」 「秘密基地ぃ?!」 「いいからついて来て」  燕は自ら先頭に立って四つ這いになり、小さなトンネル

鳥たちのさがしもの 4

 **********  五人で品川駅で待ち合わせ、JR横須賀線に乗り込んだ。時間的には戸塚まで東海道線を使った方が早いが、これなら乗り換えなしの一本で行ける。通勤のピークを外したので五人で並んで座ることができた。そもそも下り電車なので乗客はそう多くは無かった。おそらく同じく鎌倉を目指しているだろう、学生らしき年齢の客が目立つ。  電車内はくだらない話に終始した。鎌倉に到着するまでの凡そ一時間はいつも通り斑鳩の独壇場だった。いつも通り孔雀が相槌を打ち、いつも通り燕がにこにこ

鳥たちのさがしもの 3

 鎌倉行きの話が出ると、案の定斑鳩は興奮したように「いいじゃん」を連発した。そればかりか、率先して予定を立て始める。 「おい、斑鳩。鎌倉に行きたいって最初に言ったのは燕だぞ。先ずは燕の行きたい場所を優先しろよ」  雲雀が見かねて口を挟むと、斑鳩は、悪かったと素直に謝って燕を見た。 「えっと、雲雀ありがとう。僕が絶対に行きたい場所はひとつだけで、それ以外はみんなの好きにしてくれていいよ。でも、もしかしたら日帰りじゃなくて一泊くらいを考えた方がいいかもしれない」 「一泊?」  燕

鳥たちのさがしもの 2

**********  JR田町駅を越えてひたすら真っすぐ歩くとたどり着くその場所は、レインボーブリッジと貨物倉庫街を同時に見ることのできる、なかなかいい場所だった。雲雀は、そういえば昼に燕に見せてもらった写真の中にも倉庫街が写っていたなと思い出す。しかし、写真の倉庫街の脇には遊園地らしいものが写っていた。明らかにこの場所ではない。 「つきあってくれたお礼に飲み物おごるよ」  燕が近くにあった自動販売機を指差して言った。夏休み前のこの時期の昼間だ。まだ太陽は高く、長い距離を

鳥たちのさがしもの 1

ー僕たちは皆さがしものをしていたー **********  目の前にはビルの群れ。校舎の最上階のテラスだというのに、空は限りなく狭かった。それでも雲雀は学校の中でこの場所が一番好きだ。  雲雀の通う高校は東京都港区にある。幼稚園から大学までの一貫校だが、雲雀は高校から入った。高校からの編入組は一年生の間は二つのクラスに集められる。だからクラスメイトは皆編入組で、気が楽だった。  中高の間はいわゆる男女別学というやつで、男子と女子の校舎が分かれている。そこそこのお金持ちが集