見出し画像

世界が知っていることを、わたしは知らなかった。

昨日の夕方、知り合いが環境活動家の方と開いたオンラインイベントに参加させてもらった。

初めて、本気で、「わたしはいま、もっとなにかをしなきゃいけない」と思った。

聞いたことのなかには、初めて知るものもあれば、知っていたものもあった。でもやっぱり、心のなかに素直に湧き出た実感は、「知らなかった」だった。

まだまだ理解も勉強も追いついていない。だから今日は、誰かに知識を広めるために発信することはできないし、まだそれをするのは怖いなと思う。

だけど、今の自分の気持ち、知ったことをかたちに残しておくことも、わたしにできる大切な行動な気がして書いている。

長くなるけど、もし読んでくれる人がいて、違うよって思うことがあったら教えてください。気になることがあったら、自分で調べてみてほしいです。


ブッシュミート

知らない言葉だった。

ブッシュミートとは、野生動物から得る食肉のこと。

野生動物を食べることに関してはいろいろな意見の人がいると思う。その是非を単純に言うことはわたしにはできないけれど、ウイルスと人間が接する可能性が非常に高くなるのは明らかだそう。

熱帯雨林の伐採が深刻な課題である、ということの背景に

「熱帯雨林の伐採に行く→何日もかけて森林の奥地に行くわけだから、食料はそこでの現地調達になる→ブッシュミートに頼ることになる」

こんな流れがあることを初めて知った。

「コロナだって、原因は環境破壊にある。」

初耳ではなかったけれど、日々コロナを怖いと思う気持ちは湧くのに、その背景にある地球の危機に、思いは及んでいなかった。

日本ではコロナについては日々感染者の数や医療体制についての報道が多いけれど、イギリスでの人気上位の番組は自然番組で、コロナのパンデミックの背景にある地球環境について頻繁に報道されているそう。

感染者の数でこそ多いEU諸国だが、コロナはどうして起ったのか、どうしたらいいのか、そこまでの理解が一般に浸透している度合いでいったら、EUのほうがはるかに進んでいる。

コロナの起源=中国

そんな話ではないのだと聞いた。


プラネタリー・バウンダリー(地球の・限界)

地球の問題のなかで今、何がどのレベルまで達しているのかを表したもの。

その図(リンクにあります)をみれば、

最もリスクが側面は「生物多様性の損失(生物圏の一体性)」と「窒素・リンによる汚染」、次いで「土地利用変化」と「気候変動」であることが分かる。(以下リンクから引用)

地球の問題といえば、浮かぶものはいくつもあったけれど、いまなにが一番危ういのか、何ならまだ、間に合う可能性があるのか、それを理解できたのも初めてだった。

ただ「地球が危ない。環境にやさしくしよう」と思うだけではない、行動のために、とても大切だと思った。

他にもたくさん、知らなかったことはあった。

レジ袋の廃止が、日本は世界のなかですごく遅かったこと。CO2の排出量はもっと少ないアフリカや太平洋の島々のほうが、早かったこと。

家族で何度か旅行にいった沖縄のサンゴ礁。減っているのは知っていたけれど、20年前の写真と見比べさせてもらったら、ほとんどなくなっていたこと。


知ったからできること

プラネタリ・バウンダリ―にある、窒素・リンによる汚染とは農業と、土地利用変化は畜産とのつながりが大きい。

それがわかったなら、わたしはどんな野菜やお肉を選ぶか、で行動することができる。

やっぱり、言い訳をせずに表現すれば、ほんとうに知らなかったんだと思う。

だってなんとなく、野菜は大量に農薬を使ったものより無農薬がいいとは思っていても、それは体に良いとかおいしいとか人間側の都合の知識で思っていただけだった。だから、まあいいか、と思える範囲のことだった。


初めにも書いたけれど、わたしはイベントに参加して、はじめて本気になれたのだと思う。

周りに環境のことを考えている友達もいたし、知識を得る場もあった。エアコンはだいたい27、28度だし水筒も持っていく。

でも足りてなかった。

ほんとうに理解して、心から「やばいな」と思えたら、怖くなったら、つい買ってしまうペットボトルの「つい」も、イベントが終わって食卓に向かったら当たり前のようにお皿に張り付いているラップも、気になる。

どうにかしたいとほんとうに思う。


わたしのやり方、表現や繋がりに果たせること。

正直ショックだった。

わたしがこれまで大切に思ってきたのは、心で生きること。自由に、生きたいように生きられることだった。

そのために、人が自由に自分の感性や思考を表現できること繋がりのなかで生きられることを大切にしたくて、仕事を考えてもそれ以外でも、わたしのやりたいことはだいたいそこに集約されていた。

一瞬、そんなことを言っている場合じゃないと思った。

心の問題とかじゃなくて、現実にもっと、生きるためにもっと、なんとかしなきゃいけないことがあると。

でもすぐにそうではないと気づいた。

きっとその2つは両輪になれる。

表現や繋がりは、地球を守るためにも使える。いや、使うと決めればいい。

昨日わたしが知れたみたいに、気づいている人、知っている人の声が届くこと。生活を変えるヒントを、もらったり与えたりし合うこと。

それは表現や繋がりが果たせることだと思うから。

わたしはこの夏、パパラギさんで買い物がしたい。一人ではなく友達と一緒に行きたい。

シャンプー、歯ブラシ、野菜、お肉。生活のなかでできることを変えたい。

我が家はお肉料理が多すぎるんじゃないかと前から気になっていたから、お肉を使わない料理をつくってみたい。

そしてそういうことをちゃんと、小さな範囲からでも表現する。

わたしはやっぱり、表現したいし繋がりたい。

フィールドは変わっても、その時その時のフィールドで、自分が信じるものをフルにつかって貢献する人でありたい。

この記事が参加している募集

#最近の学び

181,025件

読んでくださり、本当にありがとうございます🌷 スキやコメントでつながってくださったら、さらにとっても嬉しいです! サポートをいただいた場合は、心を動かす体験に代えて、文章を書きます。