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【小説】日曜日の散歩

石畳の道をふらふらと歩く。両側には石造りの家が並び、家から家へロープが渡されていて、そこにカラフルな布や旗が吊るされ風に揺れている。家々の窓辺には赤や黄色の花が飾られ、エプロンをした若い女が洗濯物を干している。左側に赤いパラソルをいくつも広げた賑やかなカフェテラスが現れた。店員らしき背の高い男が軽やかな身のこなしでコーヒーとクロワッサンを客の座るテーブルに並べていく。客は足を組んで新聞を読んでいて、テーブルを後にする店員に一言礼を言ったようだ。あたりに漂う甘いバターの香りが空っぽの胃にしみる。右側にはアクセサリーを並べた露店があって、髪の長い男が通行人に声をかけている。おねえさんこれどう?これ似合いそうだよ。見てごらん、珍しい石だろう。ぱかっぱかっという音が背後から聞こえてきて、人々が自然と道の真ん中を開ける。小ぶりな馬が小さな馬車を引っ張ってのんびりと歩いてくる。馬車ではピンクと白のドレスを着た小さな女の子がふたり、お互いの髪を触り合いながらきゃっきゃとはしゃいでいる。その馬車が通り過ぎるとその向こうにアコーディオンを奏でる小太りな男がいた。足元に裏返して置いたシルクハットの中にはきらきらと硬貨が散らばっている。男は誰にともなく微笑みを辺りに撒いていた。男の隣には花壇があって、小さな花が曲に合わせて首を左右に傾ける。食料品店から茶色い紙袋を抱えて速足で出てきた婦人は綺麗に結った髪とは対照的な少し汚れの付いた花柄のワンピースを着ていた。歩くたびに豊かな胸がゆさゆさと揺れ、通りかかった体格のいい男がちらりとその胸に視線を送った。しばらくすると左手に教会が現れた。町の中でもひと際歴史を背負っていて、今日もそのドアはこちらへと開け放たれている。ドアの向こうから歌が聞こえる。祈るような、そして踊るような煌びやかな歌声がドアから町へ風に乗って運ばれて、道行く人の多くは立ち止まってしばらく目を閉じたり、小さな声で歌いはじめたりして、音楽の繭の中へ誘い込まれていく。あとからやってきた若い娘たちは、ちょっと寄っていかない?と相談し合ってから、連れ立って教会へ入っていった。

次第に町の光は透明に近い白からオレンジ色へと変化して、その光に合わせて人々も店を片付けはじめたり、帰り道をたどり始めた。小さな少年が、帰りたくないと駄々をこねる。母親は少年の目の前に屈み、何かを言い聞かせる。少年は拗ねたような顔をしたままで小さくうなずいた。真昼には人であふれていた通りも、一人また一人と家路につき、通りは静けさの方が目立つようになった。僕も、そろそろ帰ろう。

レンガ造りの三階建て、のぼる度にぎしぎしと音を立てる木製の階段を上がっていくと、ちょうど隣室の住人も部屋に入るところだった。彼女は感じのいい微笑を僕に向け、声を出さずに口だけでおやすみと言った。僕は小さな声で、おやすみと返した。そして階段と同じような音を立てるドアを開いて部屋に入った。書き物机の上にある、開きかけたつぼみのような電気スタンドは亡くした恋人からもらったものだ。かさのガラスにはいくつもの色が入って、それらが光で部屋に拡散する。僕は机の上にある便箋を一枚とって、ペンを持った。時々こうして手紙を書く。締めくくることもできず、決して投函されることのない手紙の意味は、僕にもさっぱりわからない。

特段難しい内容の手紙でもないのに、最後をどんな言葉で締めくくればいいのかわからず、ぼうっと壁を見つめていた。さようなら、ありがとう、またね、お元気で、愛してる、、、。そのどれも届かない言葉たちであるなら、いったいどんな言葉でこれを締めくくれるだろう。

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