あだち

はじめまして。 小説やエッセイ、詩を書いたり、時々絵も描いています。 みなさまの作品も…

あだち

はじめまして。 小説やエッセイ、詩を書いたり、時々絵も描いています。 みなさまの作品も拝見しております。 よろしくお願いします。

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【小説】日曜日の散歩

石畳の道をふらふらと歩く。両側には石造りの家が並び、家から家へロープが渡されていて、そこにカラフルな布や旗が吊るされ風に揺れている。家々の窓辺には赤や黄色の花が飾られ、エプロンをした若い女が洗濯物を干している。左側に赤いパラソルをいくつも広げた賑やかなカフェテラスが現れた。店員らしき背の高い男が軽やかな身のこなしでコーヒーとクロワッサンを客の座るテーブルに並べていく。客は足を組んで新聞を読んでいて、テーブルを後にする店員に一言礼を言ったようだ。あたりに漂う甘いバターの香りが空

    • 【小説】独り暮らし

      ゲームセンターでぬいぐるみを取った。 暇を持て余していたから近くのゲームセンターに行き、なんの気なしにやってみたクレーンゲームの景品だった。久しぶりにやってみると楽しくて、すっかり熱が入り、つい100円玉を何枚も入れてしまった。 片手に抱えたぬいぐるみはそれなりに大きくて、40cmくらいある。 代わりに軽くなってしまった財布を思ってちょっと寂しくなった。 もっと有効な使い方があったかもしれない、と思った。でも、具体案は何も思いつかない。もう考えるのはやめよう。 車の助

      • 【小説】いるならいるでなんかしろ

        毎朝のように床を裸足で歩く、ひた、ひた、ひた、という音に悩まされた僕は、はじめこそ怖かったけれど、今ではすっかり苛立っていた。 足音の主はいつも姿を見せず、ただ歩いている。本当に、すぐそこを歩いているとわかるくらいはっきりとした足音だ。 決まって明け方の5時半。 まだしんと静まり返っている寝室に、異質な音が響く。小さな音だけれどゼロではないなにかで、まるで指先に刺さった棘みたいに、それをどうにかしないと他のことへ進めないような、気に障る音だった。 宙に向かって文句を言

        • 【小説】出口

          市役所の窓口の人は、なんだか素っ気なかった。 僕はそのことにすっかりショックを受けて、泣きたいような気持ちで自動ドアから外へ出て、逃げ込むように廊下の途中にあったトイレに入った。 ひとりになれると思ったのに手を洗う水道のところに先客がいて、それで本当はトイレに用事なんかないのに来てしまったことを後ろめたく思って、 でも何もしないで出ていったら変な人だと思われるし、だからとりあえず、二つしかない個室の、空いていた方に入った。 すぐに出ていったらやっぱり変な人だと思われる

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        【小説】日曜日の散歩

          小説【冷たい陽光】

           真っ白なベッドの向こう側、窓際に置かれた小ぶりな黒いサイドボード。その上には金属で作られた腕時計の収納ケースが、天板のちょうど中央に置かれている。蓋の部分にはめ込まれたガラス越しに、中に収めた時計や指輪を見ることができる。  私は静かに窓際へ歩いてケースの中を覗き込んだ。黒いふかふかした内張の中で、金色に光る腕時計が見える。ふたをゆっくりと開け、腕時計が巻き付いているクッションごと取り上げて、正面、裏、横、それぞれからじっくりと眺めてみる。  クッションから時計を外し、自

          小説【冷たい陽光】

          【小説】誕生日プレゼント

           目の前に並ぶ何体ものくるみ割り人形たちを眺めていると、ふと奥に置かれた1体と目が合った。赤い服を着て、黒い帽子をかぶって、私の方をじっと見つめている。私は彼を見つめ返し、来ている服を見、黒いズボンを見、足元にある数字の描かれた白い札を見た。1万6千円。私は頭の中で昨日の夜に確認したばかりのクレジットカードの請求画面を思い浮かべ、その次に銀行の残高を思い浮かべた。そして目の前の数字をそこにうまく滑り込ませることができないかと少しのあいだ挑戦したが、思うようにはならなかった。私

          【小説】誕生日プレゼント

          大人

          子供のころは、いろいろなことを思い違いしていた。 東名高速道路はスケスケの透明なんだろうと信じていたし、 CDはクレープみたいに焼いて作るんだと信じていた。 「CDに焼く」という言葉を何度も聞いていたせいかもしれない。 僕が幼稚園から小学校へ上がるころ、宇多田ヒカルさんが華々しいデビューをした。 母親から、「宇多田ヒカルは自分で曲を作っているんだよ。」という話を聞いて、僕は彼女が自宅で1枚1枚せっせとCDを焼いているところを想像した。 だから、音楽というのはもともと液

          【小説】眠る支度はいつもあなたと

          疲れ果てた体でゆらゆらとベッドへ入り、すがりつくように毛布を抱いた。 次々に頭に浮かんでくる今日あった出来事から逃れようと、目をぐっと閉じて体を丸める。 私が傷つけた誰か、私を傷つけた誰か。そんな消し去りたい静止画がしつこく瞼の裏に投影される。 あの時、もっとああしていれば、、、、。 そんな風に思い浮かぶ良いアイデアが疎ましい。どうして思いつけるのに、いつも遅すぎるのだろう。どうしようもない一日であったということが唯一の現実なのに。 毛布は私の胸の中でおとなしくうず

          【小説】眠る支度はいつもあなたと

          【小説】家路

          冬の終わりを感じさせる日差しの中に時間駐車していた車の中は、もう暑くなっていた。 僕は着ていた薄手のコートを脱いで、襟と裾のあたりをもって静かに助手席へ置き、車のエンジンをかけた。 サンルーフと窓を開け、温められた車内の空気を外気と入れ替える。Dレンジに入れ、サイドブレーキをおろす。 電子式が一般的になりつつあるが、このレバーをおろす動作が好きだった。これをやると、車を運転する、という気持ちになる。 スマホと車がつながって音楽が流れだした。20年前に流行ったらしい曲。僕

          【小説】家路

          【小説】雨が降らなければ

          曇り空から雨粒が落ちる前に、目的地にたどり着ければと思っていたけれど、あいにく、途中から電車の窓に斜めの水滴が付き始めた。 僕ははす向かいのビジネスマンが小さなため息をつくのを聞いた。そちらを見ると、その人はスマホを見ていた。なんだ、雨に対してじゃないのか。でもあまりにもタイミングがよかったせいか、僕はその人に微かな親近感を感じた。僕らは同じ時に、ため息をつくようなものを目にしたんだ。 自分の指先が震えているのを感じる。今水の入ったボトルでも持ったら、中の水が揺れるだろう

          【小説】雨が降らなければ

          良いことと悪いこと

          色々なことが立て続けに起こって、この後もまだいくつかイベントがあるからちょうどその中間地点の夜が、今まさに更けていく。 良いこと、悪いこと、両方あったのは、仕方ないことかもしれない。どういうわけだか良いことばかり起こるなんてこともなく、その逆もない。 人には良いと悪いの中間地点があって、そこが基準になっていて、それより良い、悪い、で物事の良し悪しを判断するのか。 でもたまには良いことばかり続くようなことがあってもいいのに。そう願うなら、きっとその逆が起こることも受け入れ

          良いことと悪いこと

          泣くから始まった僕らの、泣く嫌い

          ショックなことがあったから、久しぶりに泣きたいような気持になったのだけど、やっぱり、男だからとか、もう28歳だしとか、いくつかのそうすべきではないと訴える要素たちが僕の泣くを思いとどまらせた。 だけど泣くというのは人がたどり着く最も原始的な反応なのかもしれない。泣きながら生まれてきて、本当に嬉しくても悲しくても結局する事といえば泣くことで。だからそうする以外何もできないようなときに泣くというのは、それはすごく自然なこと。 大人になると、悲しみが自然と怒りに変わってしまうし

          泣くから始まった僕らの、泣く嫌い

          友人たちは、見知らぬ人たちはどこへ行った

          顔を覆うマスクも、精神にかぶせられた、今はもうすっかり絡みついてしまった布もなしで、外へ出て深呼吸したりその気持ち良さを声に出したり全身に光を浴びたりすることが、もう思い出になり始めた。 以前は当たり前すぎて自分がそうしていたことも気づかないようなことも、今では懐かしい。 ほんとうにあったのだろうかと疑いたくなる。心に制限のない、友人たちとの賑やかな夜や、観光地の楽しげな賑わい、はじめましてと挨拶するときの静かな緊張、表情、握手。 いつまでも真冬が続いているように屋内で

          友人たちは、見知らぬ人たちはどこへ行った

          忘れられた周囲

          ふと、昔あった寂しい出来事を思い出して寂しくなったのだけど、この寂しさは当時自分が感じたものよりも強まっている気がする。もう二十年近く前の、子供の頃のちょっとした交友関係のことだけど、二十年近く経った今思い返した時の方が寂しさが強いのはなぜだろう。 当時は寂しさと一緒にその場の雰囲気や匂い、感触や周りの目なんかも同時に感じていたせいだろうか。今はそう言った周囲の要素がなく、寂しさ単独で現れ出てきたぶん、自分の意識も寂しさのみを捉え、結果寂しさが強まったように感じる、というこ

          忘れられた周囲

          自分を悩ます内なる自分

          昔から友人も少なく、家族とも最低限の会話だけを交わしてきた僕はひとりで過ごす時間がとても多かった。その結果自分の頭の中には自分だけの世界が出来上がった。こだわり、という単語だけでは全てを表せないけれど、まあそんな感じのものだと思う。 今になって思うと、そんな風にこだわりを持ったことが自分の孤独に拍車をかけているのだろうと思う。いや、こだわりそのものではなく、こだわりにこだわりすぎることが、問題なのかもしれない。 例えば、自分の好きな音楽を好きでないという人とは親しくなれな

          自分を悩ます内なる自分

          【小説】のけ者

          友人に誘われて訪れたアイスクリーム食べ放題の店は、想像していたよりも派手で奇抜だった。外壁こそ大人しく白いが、ドアは濃いピンク色で、列の先頭で中に踏み入った途端異世界へ来てしまったような気になった。青い床に白や青や茶色、ピンクがでたらめに上から下へ垂れ流された壁、それらに囲まれて赤いイスとテーブルが並んでいた。入り口近くのカウンターに店員が立っていて、その先にずらりとこれまた色とりどりのアイスクリームとそのトッピングが並べられていて、自由に皿にとれるようにスプーンが添えてある

          【小説】のけ者