小説【冷たい陽光】
真っ白なベッドの向こう側、窓際に置かれた小ぶりな黒いサイドボード。その上には金属で作られた腕時計の収納ケースが、天板のちょうど中央に置かれている。蓋の部分にはめ込まれたガラス越しに、中に収めた時計や指輪を見ることができる。
私は静かに窓際へ歩いてケースの中を覗き込んだ。黒いふかふかした内張の中で、金色に光る腕時計が見える。ふたをゆっくりと開け、腕時計が巻き付いているクッションごと取り上げて、正面、裏、横、それぞれからじっくりと眺めてみる。
クッションから時計を外し、自分の手首にのせる。小さな文字盤の背がひんやりと肌に沁みる。この控えめな美しい時計は、つい最近まで持ち主の腕元で輝いていた。
私はベッドの隅に腰かけ、文字盤の上下から伸びるクロコダイルの革ベルトを手首に巻き付けた。そして腕を伸ばして、少し目から遠ざけてみる。
もう時計は死んでいた。
こうして腕に巻かれても、以前のように輝いていない。これはもう空っぽだ。ただ長針と短針を回転させる機構をもっているだけの抜け殻だ。部屋に差し込む陽の光を当ててみる。金属の反射で、一瞬時計が息を吹き返したように見えるが、ちがう。光を喜んでいない。こんなに黒ずんだ鈍い光ではなかった。
私は時計を腕から外し、ベッドに横たわる男の顔の方へ目をやった。しかしそこにあるのは白いガーゼで、顔ではなかった。私の腰のすぐそばで白い綿の掛け布団を持ち上げているつま先に、布団の上から触れた。木でできた何かが布団の内側にあるようだ。感触からそんな想像をした。きっとあのガーゼをめくったら、木でつくられた何かが現れる。
手に持っていた時計を、その男の右腕に巻き付ける。先ほどまでの木の想像が、今見えている青白い腕と重なって視界が揺らいだ。
ほっそりとした手首にきゅっと巻き付いた時計を見て、ハッとした。この時計は、この腕のためにあるのだ、と直感した。色褪せたゴールドの輝きが、この体温のない、細い腕と調和している。時計はやっと落ち着ける場所に帰ったというように静かに光っている。私が割って入る隙のない絆が、この腕と時計との間にあるようだ。
私はベッドから立ち上がって細く開いていた窓を閉め、厚い灰色のカーテンも閉めた。世界の音が止み、私は沈黙の水の中へ入った。そして靴下を脱いで、ベッドに、男の横に小さくなって寝転んだ。白いガーゼの端が、私の額に触れている。私は男の腕を、手首に巻き付けた時計の上から軽く握った。そうしていると、手のひらに時計の秒針の振動を感じた。一秒ずつ、私たちの肌の間で時を刻んでいく。まるで脈打っているみたいだ、と思った。しかしそんなはずがなかった。その時計には、秒針などなかった。
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