【短編小説】 あの日、図書室で。
また図書室で会えるかな。
僕が幼稚園の時に、お父さんがどこかへいなくなってしまいました。
それでお母さんがお仕事をするようになりました。
お母さんのお仕事はお客さんに商品を案内する係です。
お母さんはお仕事を凄く頑張って、僕の面倒も一生懸命見てくれます。
お母さんがお仕事を頑張ったので、他の人にもお仕事を教えて上げることになりました。
それでお母さんと一緒に、遠くへ引っ越しをすることになりました。
本当は幼稚園からの仲良しと遊べなくなってしまうのでイヤです。
でも、僕だけでおうちにいられないので、お母さんと一緒に引っ越すことになりました。
新しい学校で新しいお友達を作るのは大変です。
僕は上手に話そうとするとドキドキしてしまうので、お話をすることが得意ではありません。
それで、お友達が出来るまで学校の図書室で本を読むことが楽しみです。
本の中では仲良しのお友達がすぐに出来ます。
クラスの中にはちょっとだけ意地悪をしてきたり、頑張って話し掛けても、返事をしてくれない子もいます。
着ている服とか、給食で苦手なものが入っていてなかなか食べられない時にからかわれたりします。
おうちに帰って学校であったことを話すと、お母さんは悲しそうな顔をします。
「ごめんね」と言われることもあります。
お母さんも頑張って仕事をしてくれているので「ごめんね」と言われると僕は困ります。
学校であったことをお話しないと、お母さんはすごく心配するので、図書室で読んだ本の話をすることにしました。
いつものように、図書室で本を読んでいたら話し掛けられました。
「いつもひとりで本を読んでいるのね。」
先生よりも年下くらいの見たことの無い女の人です。
「うん。」
急に話し掛けられたので、びっくりしました。
学校の外だったら知らない人と話してはダメとお母さんに言われているけど、学校の中なので知らんぷりはしません。
「どういう本が好きなの?」
「からだの絵本を読んでいます。」
「からだの絵本?」
女の人が隣に座ったので、一緒に読みました。
血液が体の中を通って、いろいろな働きをすることが書いてあります。
一緒に絵を指差しながら、楽しく読んでいました。
ドアがガラっと開いて、図書室の先生が入って来ました。
「またね。」と言って、女の人がドアからスっと出て行ってしまいました。
夜にお母さんに女の人の話をしました。
「学校の先生じゃなかったの?」
「わからない。図書室の先生は何も言わなかったよ。」
「そう。。。」
お母さんは、少しヘンな顔をして僕の話を聞いていました。
次の日も図書室へ行きました。
他のからだの絵本を読んでいると、いつの間にか女の人が座っていました。
「きょうは違う絵本ね。」
「うん。ホネの本だよ。」
女の人は僕があまり上手に話せなくても、ゆっくり普通に聞いてくれます。
でも、図書室に誰か入って来ると、女の人は「またね。」と言ってすぐに出て行ってしまいます。
お母さんが心配するから、頑張って図書室の先生に聞いてみることにしました。
「先生の他に、図書室の先生はいますか?」
「いいえ、先生だけですよ。どうして?」
「ううん。。」
次の日は図書室には他の人がいたからなのか、女の人はきませんでした。
何の人だろうと思ったから、職員室や他の教室を見に行ったけど、女の人はいません。
ある日、教室でクラスの女の子たちが怖い話をしていました。
僕は怖い話は苦手なので、借りいていた本を読んで聞かないようにしていたけど、どうしても聞こえてきてしまいます。
「うちの学校って昔はお墓だったんだって!」
「何それ、ウソでしょう?」
「ホントだよ! 3丁目のお寺が学校にしたんだって。」
「校舎の裏の花壇を掘ったら、ホネが出て来たんだって!」
「キャーー!」
女の子たちが大騒ぎで、ずっとおしゃべりをしています。
僕はからだの絵本のホネを思い出して、学校中からホネが出て来る気がして、怖くなりました。
図書室へはしばらく行けませんでした。
誰もいなかったら怖いからです。
でも、女の人とお話もしたかったので、頑張って図書室へ行ってみました。
からだの絵本は怖いので、動物の絵本を読むことにしました。
いろいろな動物の赤ちゃんが出て来る絵本で、怖くありません。
かわいい猫の赤ちゃんを見ていたら、女の人が隣から覗き込んで来ました。
「かわいい絵ね。赤ちゃんはみんなかわいい。」
女の人がにこにこしながら、猫の赤ちゃんの絵を指で撫でています。
この人は学校の怖い話のことを知っているかもしれない。
そう思って聞いてみることにしました。
「おねえさんは、学校の怖い話のことを知ってる?」
「怖い話?」
「そう、学校がむかしお墓だったって、本当?」
「お墓・・・」
おねえさんは困ったような、悲しそうな顔をしました。
「本当なの?」
「ううん、お墓じゃない。学校だったのよ、前も。」
「やっぱり、ウソだったんだ!」
「うん、お墓では無いの。でもね。。」
ガラっとドアの開く音がして、図書室の先生が入って来ました。
「・・またね。」
女の人はすぐに図書室を出て行ってしまいました。
夜ごはんを食べている時に、教室で聞いた怖い話と、おねえさんに聞いた話をお母さんに話しました。
「前も学校だったって言ったの? そのおねえさん。」
「そうだよ、だからお墓じゃないよね。本当かと思っちゃったよ!」
「おねえさん、どういう感じの人?」
「三つ編みをして、白いシャツみたいのと、黒っぽいヘンなダブダブみたいなズボンを着ているの。いつも同じの。」
「いくつくらい?」
「うーん、中学生くらいかもしれない。何で小学校にいるんだろうね。」
「前も学校って、本当に言ったのね、そのおねえさん。」
「そうだよ。」
「今度、名前を聞いて来て、お母さんに教えてね。」
「わかった!」
お母さんがイヤな顔をしないで話を聞いてくれたので、嬉しくて元気に答えました。
「それとね、また遠くへお仕事に行くことになったの。またお引越し。ごめんね。」
「そうなんだ。。」
「おねえさんにちゃんと聞いて来てね。」
「うん。」
授業が終わると、すぐに図書室へ行きました。
きょうは飛行機の本を読むことにしました。
しばらくしたら、隣におねえさんが座っていました。
おねえさんは黙って飛行機の写真を見ています。
「おねえさんは飛行機は好き?」
おねえさんは答えてくれません。
「おねえさんのお名前は何て言うの? 僕はタナカケンっていうの。」
「わたしはヒナタサチって言うのよ。」
「ケンちゃんは飛行機好きなの?」
「うん! サチさんは?」
「わたしは・・、飛行機は嫌いなの。」
「なんで?」
「怖いの。。」
「高く飛ぶから?」
「ううん、飛行機が怖いの。。」
「えー? カッコイイのになぁ」
「・・・」
「今度ね、僕、引っ越しするんだ。」
「そうなの?」
「サチさんに初めて教えたの。まだクラスの子にも言ってないんだ。」
「どうして、最初に教えてくれたの?」
「サチさんが仲良くしてくれたからだよ!」
「・・そうなんだ、優しいね、ケンちゃんは。」
「サチさんも優しいよ。」
「ありがとう。」
サチさんはニッコリ笑って答えてくれました。
その日の夜ごはんの時に、お母さんにおねえさんの名前は「ヒナタサチ」さんということを教えてあげました。
「ヒナタさんね、わかった。」
次の日に、お母さんが来週の土曜日に引っ越しをすること、「ヒナタサチ」さんのことがわかったと教えてくれました。
「今の学校の前は中学校で、焼けてしまったんだって。その中学校に『ヒナタサチ』さんって女の子が通っていて、お母さんがお仕事で会ったおばあさんの同級生だったらしいの。」
「サチさんはおばあさんじゃないよ!」
「そうなんだけど。。」
おかあさんは困った感じです。
「サチさん、本が大好きで、ケンちゃんくらいの弟さんもいたみたいだけど、小さい頃に死んじゃったらしくてね。」
「・・・」
僕はサチさんのことをおばあさんと言うお母さんに怒っていました。
「おねえさんとまた会っても仲良くしてあげてね。」
「サチさんは、おばあさんじゃないっ!」
「そうだね。。」
それから、お母さんも僕も黙ってごはんを食べました。
それから毎日、図書室でサチさんと一緒に本を読みました。
「僕、あした引っ越すの。」
「そうなんだ。。。せっかく仲良くなれたけど残念ね。」
「サチさんはおばあさんじゃないよね?」
サチさんは凄く驚いた顔をしました。
「お母さんが、サチさんの同級生がおばあさんだって、ヘンなことを言うんだよ。」
「・・・」
「違うのに、ヒドイよね!」
「わたしね、おばあさんにはなれないの。だけど、ケンちゃんのお母さんはウソを言ってないの。」
「なんで? おばあさんじゃないよ。」
「うん。。でも、そうなの。」
「・・・」
「ケンちゃん、元気でね。たくさん本を読んで立派な大人になってね。優しい子だから、次の学校できっとお友達がたくさん出来ると思う。」
「そうかな?」
「大丈夫、きっと出来るわ。」
「サチさんも元気でね、今まで仲良くしてくれてありがとう!」
「ケンちゃんも仲良くしてくれて、ありがとうね。」
次の日の土曜日。
「ちょっと学校へ寄ってから、行こうね。」
お母さんがお花を持っていて、一緒に学校へ行きました。
僕とお母さんは職員室に挨拶へ行きました。
そのままお母さんが行こうと言うので、図書室へ行きました。
カバンからお母さんが小さな花瓶を取り出して、お水を入れて、そこへお花も入れて窓辺に置きました。
「ケンちゃんがお世話になりました。ありがとうございました。」
お母さんがお花に手を合わせて言いました。
よくわからないけど、僕も一緒に手を合わせて「ありがとう。」と言いました。
フワっと柔らかい手が僕の頭を撫でたので、振り向いたらサチさんが立っていました。
お母さんが「さあ、行こうか。」と言ったけど、サチさんにはあいさつをしませんでした。
校舎を出る時にサチさんがいたのに、何で何も言わなかったの?と聞いたけど、お母さんは黙っていました。
校門で振り返ると、図書室からサチさんがこっちを見ています。
おーい!と手を振りました。
またねー、元気でね!と、手を振りました。
「サチさんのいる学校の図書室」に大きく、元気に手を振りました。
サチさんはお母さんが持って行ったお花を持って、嬉しそうに手を振ってくれました。
サチさんが言ってくれたから、次の学校ではきっとお友達がいっぱい出来ると思います。
本もいっぱい読むし、頑張ります。