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頭の切り替えが必要?世界的低インフレ時代の終わり:11月FOMC展望

11月3日米国東部時間午後2時(日本時間4日午前4時)、米国の金融政策を決めるFOMC(連邦公開市場委員会)が決定内容を公表します。世界の経済や金融市場に大きな影響を与えるその決定内容を予想します。

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今回の着目ポイントは以下の3点です。
・テーパリング開始は織り込み済
・「インフレは一時的」という看板をどこまで下すか
・「最大雇用」と「インフレ抑制」の優先順位に変化がみられるか

(外部環境)
 私は、7月の「FOMC展望」から「インフレが一時的(transitory)でない」可能性について言及してきました
 市場は7月FOMC後も8月末のジャクソンホール後も「インフレは一時的」と信じ込みたがってdovishな解釈を続けてきましたが、9月FOMCのドットチャートで(この「展望」で予想したように)2022年中の利上げ開始を示唆したことで、市場は一転、イールドカーブの「上方シフト(金利上昇)」+「フラットニング(短い方の利上げの織り込み)」が進みました。

9月の「FOMC展望」は2022年中の利上げ開始を示唆するドットチャートを予想した人は市場でも少数派でしたので、会心の出来(笑)でした。

11月FOMCの外部環境を整理します。
・賃金、インフレ指標(CPI/PCE)、インフレ期待いずれも上昇が収まる気配はない。Beige Book(地区連銀報告)は「多くの企業が価格転嫁・引上げに強気になり、価格引上げに対する消費者の抵抗感が薄れている」ことを報告している。
・支持率の低下傾向が続くバイデン政権はインフレに対する警戒感を強めている。支持層の不満が高まれば左派の影響力がますます強まるからだ。パウエルは再任を勝ち取るためにも(FRBへの信認を保つうえでも)、インフレに対するhawkishなスタンスを強めざるを得ない。一方で、金利の急上昇を招かないためにはhawkishに偏ったメッセージにならないようにdovishなメッセージをうまく混ぜ込む必要がある

(予想されるメッセージ)
 こうした外部環境の中で打ち出されるメッセージは以下のようなものだろう。
テーパリング開始はこの会合で決定。米国債毎月100億ドル、MBS毎月50億ドルずつ削減で8か月で完了(=今会合で決定し12月開始で来年7月末完了)。インフレや景気動向に応じてペース調整が行われる可能性に言及し、市場が求めるdovishなトーンにも配慮するだろう。
・テーパリングは、前回(9月)同様、「ペースこそ落ちるものの、市場に資金供給は続けるので緩和は続いている」と位置付け、hawkishな解釈に偏ることを牽制しようとするだろう。
・また、テーパリングと利上げの関係についても、引続き「両者は別物。利上げの条件はテーパリングの条件より厳しく、最大雇用が見通せるまでは利上げしない」とするだろう。
・一方で、インフレに対する警戒感を強めるとのメッセージを打ち出すために、「インフレは一時的」という看板が後退することは間違いない。もし完全に取り下げられたらhawkish surprise。ドットチャートを出さない11月会合ではそこまで冒険する必要はないが、「インフレは一時的」としつつも、①人々の期待インフレの上振れ傾向への警戒感、②2%を大きく(moderatelyでない)上回る高インフレが長期間持続する可能性への言及があるとみる。これは政治に対する答えでもある。

(利上げ条件)
 高インフレが持続するリスクに対する警戒感、特に企業の価格設定が強気化し、それに対する消費者の抵抗感が薄れることでインフレ期待が引き上がるリスクへの警戒感が打ち出されれば、当然利上げへの警戒感は高まる。そこでの注目点は2点。

①利上げ条件に関する声明文の変更はあるか
⇒今回テーパリング開始に伴って当該部分のstatementは変更されるだろうが、利上げ開始の条件に関するstatementを変更するかが焦点になる。具体的には、声明文の以下の部分の見直しがあるか。
it will be appropriate to maintain this target range until labor market conditions have reached levels consistent with the Committee’s assessments of maximum employment and inflation has risen to 2 percent and is on track to moderately exceed 2 percent for some time.
 結論からいえば、少なくとも今会合では見直しはないだろう
 まず、物価面の条件「inflation has risen to 2 percent and is on track to moderately exceed 2 percent for some time」は確かに実勢には合わないが、これは「柔軟な平均インフレ目標」を書き下したものであり、現在の高インフレが持続したなら単にこの条件は満たしたとすればよいもの。
 一方、前半の最大雇用の条件、「labor market conditions have reached levels consistent with the Committee’s assessments of maximum employment」はバイデン政権の政策目標と合致し、しかも左派の意向にも沿うもの。市場のdovishなメッセージを求める期待にもこれは変えられない。
 従って、利上げの条件に関する声明文の変更は考えにくい。もしあれば大きなhawkish surpriseだが、どちらかといえばhawkに属する私でも驚くほどの蓋然性である。

(「最大雇用」と「インフレ抑制」の優先順位)
②では、声明文の変更がなければ利上げへのハードルは変わらないとみてよいか
⇒パウエル議長の記者会見では、「最大雇用にはまだ遠くても2%を大きく超えるインフレが継続する場合に利上げするのか」という問いは必ず出るだろう。これは政策判断における「最大雇用」の優先度に変化があるかという問いでもある。
 コロナ前に長く続いた世界的な低インフレの時代では、インフレ圧力がなかなか高まらなかったので雇用の回復を優先することで早すぎる引締め(premature tightening)という判断の誤りを防ごうとした。つまり「インフレ抑制」より「最大雇用の実現」の方が優先順位が高い
 ただ、今はフェーズが違う。4%のインフレが続き、「一時的」といっていたのになかなか落ちない。今後は多少落ちるだろうが、3%程度で高止まる可能性は十分ある。来年夏、テーパリング完了時点で2%水準まで沈静化している可能性の方が小さいのではないだろうか。「最大雇用」を優先するというメッセージを変えるのは容易でないが、かといって2%を大きく上回るインフレを放置することはできない。

これについては、クオールズ副議長が10月20日に行った講演が参考になる。

現在は雇用もインフレ率も以前に比べて不確実性が高いとしながら、「最大雇用」から「インフレが本当に下降を始めるか」に焦点が移り始めており、期待インフレがさらに上振れ、インフレが「2%をやや上回る」より高い水準に留まるならば、利上げが必要になるとした。

So my focus is beginning to turn more fully from the rapidly improving labor market to whether inflation begins its descent toward levels that are more consistent with our price-stability mandate, as most forecasters and most of my colleagues on the FOMC expect over the next year. I would also be quite wary of further increases in inflation expectations in this environment. If inflation does remain more than moderately above 2 percent, be assured that the FOMC has the framework and the tools to address it.

今会合については、「インフレに対する警戒感を強めながらも、必要以上にhawkishには見られたくない(taper tantrumを起こしたくない)」ようにするのがパウエル議長にとって正しい戦略である。ならば、当面警戒感を強めつつも様子見を続け、時間を稼ぐ戦略をとるだろうが、上記クオールズ副議長の発言と同様の発言をパウエル議長が記者会見で行えば、「最大雇用」と「インフレ抑制」の優先順位に変化がみられるとして、hawkishなメッセージとして受け止められるだろうし、それは正しい受け止めである。

因みに、議長は地区連銀総裁の講演にはNY連銀総裁の講演を除き関与しないといわれるが、副議長や理事といった執行部の講演には目を通し、必要に応じてコメントするとされる。クオールズ副議長の講演はパウエル議長の見解と少なくとも矛盾しないとみられる。

(予想される市場の反応)
株式市場は、過去の経験則からテーパリングが始まっても株価は下落せず、むしろ上昇しているとして、今回のFOMCを悪材料出尽くしのきっかけと捉え、株価上昇の材料としようとしているようにみえる。最近の最高値圏への株価上昇はその先取りの動きかもしれない。実際、今後の金融政策はoutcome-basedにならざるを得ないから(つまり、インフレ動向次第であるから)、そうした解釈が間違いとはいえない。

ただ、市場が考えるよりhawkishな方向にFRBがシフトしつつあるのは間違いない。今後、雇用者数の急拡大や賃金やインフレのさらなる上昇がみられれば、「インフレは一時的」の看板が下りる日もそう遠くないように思う。

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