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テーパリング?利上げ?中国恒大問題? 9月FOMC展望

noteでは引用やリンクを使って関連情報も含め立体的に読めますが、PDFでは赤字で重要なポイントをハイライトしていて読みやすいです。合わせてご覧ください。

FOMCとは何かについては、7月の展望の記事に解説しています。ちょっと専門的なテーマですが、日本を含む世界経済や金融市場に大きな影響を与えることもある政策判断です。

今回の予想のテーマは以下の点です。

「市場が思うよりFedはhawkish」との従来からの見方は不変
2022年中の利上げ開始を示唆するドットチャートとなるかが焦点
中国恒大問題は2007年のパリバショック後の展開を想起させる

予想のポイントを整理すると、以下のようになります。

・テーパリングについては年内実施をstatementに明記。11月決定か12月決定かは明記しない(でもそれは本質的な問題ではない)。買い入れ削減ペースも今回は明記しない(おそらく米国債毎月100億ドル、MBS毎月50億ドルずつ削減<その場合8か月でテーパリング完了>となると予想するが、11月か12月の開始決定時点で削減ペースも決定するのではないか)。
・ドットチャートは2022年中に利上げ開始を示唆するものになる可能性がある(確率60%)。その場合、市場はほとんど織り込んでおらずhawkishサプライズになる。
・月内にも予想されるパウエル議長再任の可否決定を前に、dovishな印象を与えたジャクソンホール講演から逸脱した判断はしたくないのが議長の本音だろう。ドットチャートが2022年中の利上げ開始を示唆することを回避するならば、この点への配慮だろう(もっとも、ドットチャートへの議長の指導力は限定的だ)。ただ、インフレの高止まりに対する政権(や民主党左派)のプレッシャーは高まっている。刈り込み平均など基調的なインフレの上昇圧力を示す指標も出始めている。徐々にではあるが、「インフレが一時的でないリスク」に言及するウエイトを高める方向にシフトしていくとみる。
・デルタ株蔓延による経済再開の遅れや雇用回復の遅れにも言及するだろうが、全体として実体経済の堅調さを強調。足許の株価の軟調や中国恒大問題などは「注視する」に留め、全体の判断には影響しないだろう。
・なお、中国恒大問題に象徴される(民間および政府の)過剰債務はいずれ金融システムを揺るがすショックになる可能性が高いが、リーマン時の経験に照らせば最初のケースから半年たってから本格的に資産価格の調整に入るということもある。目先乗り切れても決して楽観視はできないだろう。

ここから本文です。

市場はジャクソンホールでdovishなメッセージを受け取ったというが‥

Fedの政策運営に関する予想は、8月27日のジャクソンホールの事前予想および直後の振り返りで書いたことを変更する必要はないと考えている。テーパリングや利上げに関する予想はポイントに書いたとおりだが、詳細は8月のこの2つの記事を参照して頂きたい。
ジャクソンホールでのパウエル議長講演は、①利上げの条件はテーパリングの開始条件よりはるかに厳しく、テーパリングの開始は利上げの直接のシグナルにはならないことを明確にした(The timing and pace of the coming reduction in asset purchases will not be intended to carry a direct signal regarding the timing of interest rate liftoff, for which we have articulated a different and substantially more stringent test.)、②インフレが一時的であるとFedが考える理由について詳細に説明し「拙速な引締めは害をもたらしかねない(responding may do more harm than good)」と指摘した、という点を理由に、Fedが利上げを急いでいないとdovishなメッセージとして受け止められた。
一方、私は同講演の事前予想(8月27日)の中で、以下の点を指摘した。
・テーパリングについては、デルタ株蔓延で年内開始が曖昧になることはない。
・利上げについては、「テーパリングとは別の基準で判断される別問題」「議論する段階にない」といった従来のスタンスを堅持するだろう。
・雇用回復ペースが緩慢になる可能性はある。ただ、これは金融緩和で対応できる(ペースを速めることができる)問題でない。むしろ、売り手市場で人手不足が深刻な状況で、供給制約が長期化し、インフレが高止まりする方向に作用する。金融政策にとってはhawkishな材料とさえいえる。
・現時点で議論する必要はないが、インフレが高止まりすると、利上げの条件がテーパリング終了前に満たされるテールリスクにも留意する必要。
実際、市場がパウエル講演をdovishと捉えた理由①は、すでに7月FOMCの記者会見や議事録で繰り返し説明されている点であり(だから当方の事前予想でも「従来のスタンス」と書いた)、またテーパリングと利上げそれぞれのフォワードガイダンスが明確に書き分けられていることからもある意味自明である。これを材料視し、dovishなメッセージと受け取ったというのは、要は「市場はdovishなメッセージを受け取りたかった」ということだろう。この点は、事前予想でも「右往左往しているのは市場の方でFOMCは方針を決めたら淡々と歩みを進めるのが普通だ」と指摘していた。
理由②については、講演でインフレを一時的と考える理由について具体的にかつ詳細に説明していることは確かである。ただ、これも現在のFedの公式見解からすれば当然であり、「利上げを議論する段階にない」という点もすでに7月FOMC後の記者会見で発言している。むしろ、講演後の振り返りで指摘したように、私は拙速な利上げがオーバーキルになるリスクを指摘した後に、わざわざ「一時的要因によるインフレは必ず低下する(fade)と考えるべきではない」とインフレ期待の上方シフトによってコア・インフレが高止まりした過去の歴史に言及、インフレが一時的でないリスクを指摘するhawkishなメッセージに注目した。結局、dove、hawk両方の立場から自らの立場に都合のよいメッセージを受け取れる講演のバランスのよさ、巧みさを褒めるべきであろう。市場はdovishなメッセージを受け取りたかったということに尽きる。決着は実際のデータ次第である。

ジャクソンホール後のデータで判断を変えるべきものは見当たらない

9月3日の雇用統計は、非農業部門雇用者数(NFP)は市場予想比かなり弱かったが、小売業、公立学校職員など本来大幅増が期待できる業種がデルタ株蔓延で逆に減少したことが大きく、これらはいずれ必ず戻るものである。むしろ、人手不足は深刻化、賃金も上昇を続けている。デルタ株蔓延によるサービス業の雇用回復の遅れは金融政策で対応できる問題でなく、むしろ供給制約の長期化でインフレが高止まりすることで、むしろhawkishな材料になり得ることはすでに指摘しているとおりである。
インフレ率は、コア指数の前年比が4.0%と8月の4.3%から減速したが、基調的なインフレ率を見る刈り上げ指数はむしろ上昇率を高めている。減速したといっても4.0%というコア指数は2%目標からみて十分高い。高インフレの定着に対する政治的なプレッシャーは高まっており、ゆったり減速を待つほどの余裕はFedにはない。
実体経済は、雇用給付が打ち切られたとはいえ、それまでの大規模財政支出で家計の懐は潤っており、個人消費は強い指標が目立つ。その他の指標も判断を変えるほどの指標は見当たらない。9月FOMCでは実体経済の堅調さを強調するだろう。

恒大問題は今回には影響を与えないが、パリバショック後の展開が思い出される

中国恒大集団のデフォルト懸念で世界的に株価は軟調だが、この問題が材料視される前から株価は調整色を強めていた。10年物金利も1.3%台が定着し、議長講演のdovishな受け止めとは裏腹に低下余地が限られていることを印象付けている。実際の市場の動きは思ったほどにはdovishと受け止めていない証なのかもしれない。
なお、恒大集団問題の市場への影響は限定的という見方が多いようだが、民間部門の債務の積み上がりは中国に限らず世界的にリーマン超えの水準に達しており、公的債務(財政)のspaceもリーマン当時よりはるかに限られている。この点、2008年のリーマンショックをピークとするグローバル金融危機は、2007年8月のパリバショックから始まったものだが、米国株は2007年秋に当時の史上最高値をつけており、サブプライム問題の大きさを当初は過小評価していた。株価の本格調整は2008年入り後だった。今回も恒大問題だけで世界の金融システムに破壊的な影響が出ることはないかもしれないが、恒大問題は過剰債務問題の最初の象徴的なケースと捉えるべきだろう。来年になって金融システムの動揺、資産価格の本格調整が始まる可能性も否定できない。その場合、仮にテーパリングは開始していたとしても、途中で停止、買い入れ増額、利上げは当面棚上げといった結果になる可能性もある。皮肉なことに、こうした不幸なかたちで「永遠のゼロ」が続く可能性も排除できない。

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