アル中の父、子どもの私

幼少期の記憶
アルコール中毒の父
21時半~6時のどこかで帰ってくる恐怖
覚えている景色
長細い家
寝る準備を済ませてリビングの電気を消した
玄関側にあるキッチンの小さな照明
暗がりの一番端っこからみた長細の家
玄関一個隔てたガラスドア
何度目だろう、古い玄関ドアのぎいぎいいう音恐怖のはじまり
心臓がドンと打つ 布団に逃げた
寝たふりをした、ちいさいからだをもっとちいさくして
制御を忘れたしゃがれ声
優しい母の苛立つ声、つられて大きくなった怒鳴り声
ああ
また


どれくらい時間が経っただろう
父はもう潰れただろうか
音を立てないように引き戸をそっと
こんなになって味もわからないだろう酒を吞みながら
うつらうつらとテレビを見ている
母は今日も泣いていた
怖かった
悲しかった
怖かった、怖かった
母のもとへ行ってなぐさめたい
怖かったなぐさめてほしいなんて言えなかった
傷つく母がちょっと腹立たしかった
私を心配にさせる母が、傷つく母を見て傷つくのが嫌だった
たまにそう思ってしまった
そう思えばまた傷ついた

中学高校に上がっても変わらない
頻度は少し減ったけど
手のつけようもない獣のような父を前にすると
ちいさいままの無力な怯えた自分に戻ってしまう
ぎいぎい扉の音
始まりの合図
私を呼びつける声がする
ドッドッド
心拍数はこんなにも簡単に跳ね上がる
何度も私を大声で呼ぶ声、やめてと叫ぶ母の切なる声
ぎいぎい扉をあけ放ち階段を駆け上がった
鍵と靴を持って全速力で屋上へ
螺旋階段を目が回ることなど二の次で
今足を止めれば追いつかれる
追いかけてきてなどいないのに
振り切るように走った
半分泣きながら
寒い日、暑い日、何度も駆けた
いつだって屋上はまっくらだった
隠れていた
ここまでくるのではないか
一度もそんなことはなったのにその不安は拭えなかった
エレベーターを1階にして
外に逃げたかのようにカモフラージュをしよう
外側から鍵をかけてしまおう
疲れた
眠い
怖い
風が強い


今日もまたあの日の父を思い出して苦しむ
今日もまた今までの母を背負って苦しむ
私を内側から蝕む言葉は怯えた記憶から生み出され、私を呼ぶ怒鳴り声は言葉を自在に変え
その瞬間私が一番聞きたくない言葉へと豹変する
どれだけ私が苦しもうが変わってはくれないあの日々の父のように

今なお私は心の屋上で怯えながら生きている。

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