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自分は小さい人間だと思っている人へ

バンドをやっている友人に「作詞してくれないか?」と頼まれた。
本をよく読み、端から音楽を聞く私を面白く思ってくれたらしい。

バンドのメンバーは全員猫好き、そう言うのも入れてくれよ。
イベントの名前は『星まつり』なので星に関連する曲が良い。

猫、星
それを聞いて思い出した話がある。


猫のこと

イッコさん。
あれは強い、野良猫だった。

物心がついた頃から我が家に住みつき、年齢は不詳だったが、白地に黒ぶちの人生二周目みたいな大猫だった。
最初は1匹だったらしいが、いつの間にやら夕方の晩飯時には、たくさんの猫たちが集まるようになった。

猫たちは祖父が現れると餌をねだって猫撫で声をいっせいに出すが、イッコさんは一声もださなかった。
ナイフのように尖った孤高の猫だった。

祖父。
ロマンチックな話し方をする人で、手品がとても上手かった。

新聞紙で折ったコップに牛乳を注いで消してしまう手品は今でもトリックが分からない。
思うままに生き、よく本を読み、算盤が得意で「先生」と近所の人に慕われていた。


祖父は庭に集まる小さな全ての生き物を可愛がっていて、家族で一番、チビで泣き虫の私もその一味に入っていた。

ここでは祖父が神で、ボスはイッコさん。

祖父の趣味は旅で、年に数回は国外に行ってしまう。
私が年長さんになったとき、不在時の猫たちの餌やりを命じられた。
いつも祖母が頼まれていたが、ついにその時がきたのだ。

納屋の入り口の端が餌やり場となっていて、猫たち用の大きな煮物椀がある。
猫まんまを入れてやると、まずはイッコさんが頭をいれ、続いて横から猫たちが頭をいれて「にゃむにゃむ」言いながら食べる。

そのはずだった。
祖父がいれば従順な猫たちは、急に1人の私を軽いものみたいにあつかった。

なかでも、何をどうしてもイッコさんは私を近づけず、餌を入れるお茶碗すら預けてくれない。

腹が減りだした猫たちは、ついに私に猫撫で声をだした。
それでもイッコさんは茶碗の前でシャーっと威嚇する。

「ごはん」
と言っても聞く耳持たず、祖母にたくされた片手鍋の猫まんまがどんどん重くなる。

でも上海に行った祖父は当分戻らない、腹をすかせるわけにはいかない。

多分、祖父からすれば年長さんになった私は、もう立派な一味のボスだったんだろう。だから上手くやれると思ってくれた。
でも私はチビだから、そんな風になれない。
今も腰の辺りに前足をかけ、鍋に顔を入れようとする猫たちすら怖くなっている。

祖母に泣きついて、私は猫たちの餌やりを1日で引退した。


帰国した祖父は、私を動物園に連れて行った。
初めて見たゾウは、それはもう大きくて大きくて、チビの私は柵にすら近づけず鼻をすすって「いやだ!」と大きな声を出した。

祖父は私に教えてくれた。

「イッコさんから見たアタシ達も、きっとこうなんでしょうね」

なんてことだ。
私は家族で一番チビだったから、この時まで自分の方が大きいと言う概念が無かった。

そうか、私の方が大きいんだ。
一緒に小さいんじゃなくて、大きいんだ。


「ごはん」
私は再び、猫まんまを持って1人で餌場にいどんだ。

相変わらずイッコさんは大きくて、尻尾の先までブチがビシッとしていて、シャーっと言うたびに耳をピッと後ろにして、私の言葉を聞く耳も持たない。

負けじと私は片手を顔の横でかまえ、爪を立てて「にゃぁああ!」と鳴いてやった。
イッコさんは2回に分けてビッ、ビッと飛び退き、茶碗を許した。

その日から私は一味のボスになった。

私が歩くと猫たちは一心不乱についてきて、猫まんまを入れてやると、イッコさんも猫たちと「にゃむにゃむ」言いながら茶碗に頭をいれて食べた。

勝った。

⭐︎

星のこと

イッコさんが来なくなった。

梅雨の終わりの長雨が続いた頃だった。
祖父は私に「猫はね、飼い主に死ぬ姿を見せないんですよ」と教えてくれた。
そして続いて「死んだらみんな星になります。空に増えますから、よく観察してなさいね」と言った。

夏休みに入っても、イッコさんは来なかった。
どれが最後かわからないが、記憶の中でしかもう生きていないんだ、と思いを飲み込んだ。

夏の夜空を観察する自由研究の宿題がでたので、私は「イッコさんの星」を探すことをテーマにした。

ふむふむ。
唯一わかるカシオペヤの三つ星の並びには増えていないようだ。
さてはて?
困ったことにどの星がイッコさんなのか、見分ける手立てがない。

正座表をどれだけ動かし、ひっくり返して空を見ても、夜空に背伸びをして近づいてみても、シャーッと威嚇すらしてくれないのだ。

祖父はのんびりとなりで梅酒の甘い梅をねぶっている。

「なみさん、星座というものはね、好きなふうに組み合わせて良いんですよ。
ほら、あれとあれを組み合わせますでしょう?イッコさんに見えますね」

イッコさんは人生二周目の大猫だ。
だから一つ星でなく、広い夜空の大きな星座になったのだ。

「イッコさんは夏に星になりましたから、夏の星座でまちがいないんですよ」

自由研究はどうやら、夏休み中にあった月食で皆んなは作ったようで、私の研究テーマが自由すぎて先生がきょとん?とした。


大人になってスイも甘いも、猫も杓子も知った私は1人静かに筆をとる。
お香なんかを焚いて、作詞に励むことにした。

「ご無沙汰してます、イッコさん」から先が進まず、しかたなくそれを相談したら森進一みたいと笑われた。

もう2度と頼まないで。

身の丈ってのは難しいもんだなぁ。

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