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違うと思っていることは思い違いかもしれない話

夫はニコニコしながらリビングへやって来ると、水戸黄門の印籠よろしくスマホをこちらへ見せつけた。私は近づいて画面を覗く。

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100%だ、すごい!
例の地理クイズゲーム(※1)、アメリカの州版でとうとう満点をとったようだ。このゲームで満点を取ることは、アメリカの州の名前と位置を完璧に覚えたことを意味する。

「noteの記事で使いたいからその画像送って」と言うと、光の速さで画像を届けてくれた。夫のニコニコはまだ止まらない。

「苦手な州が6個くらいあってどうしても満点がとれなかったから、まずは苦手な州を徹底的に覚えて、白地図を見ただけで全部の州を言えるようにしたんだ」

満点の秘訣を、こちらから尋ねる間もなくペラペラと教えてくれる夫。相当嬉しかったようだ。やはり弱点を中心に復習することは、何かをものにするためには欠かせない。それは分かっているのだけれども。

苦手な箇所を覚えられるようになる方法を私は詳しく知りたい。というのも、先日noteにて私なりの暗記のコツを書いた(※2)が、果たしてそれは他の人にとって活用しやすいものかどうか少し気になっているのだ。

手始めに、夫の言う『苦手な州を徹底的に覚えた』具体的な方法を尋ねてみよう。その上で私のコツとの違いを比べれば、なにか手がかりが掴めるかもしれない。

「苦手な州は、どういう風に暗記したの?」
「そのまま覚えるだけだよ」

そのまま、覚える、とは。まだ具体的な方法が見えてこないが、少なくとも私の暗記方法とはかなり違う気がする。

「そのまま覚える、ってどういうこと? 例えば私なら、くだらないことをつぶやいて語呂のようにして暗記するのだけれど。

例えば、ケンタッキー州を覚えたいときは、地図をみながらこう唱えるの。『ケンタッキー州はフライドチキンのような形をしている』」

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画像引用元:白地図専門店(※3)

「え?フライドチキン? むむ、そうだなあ、力技で覚えるよ」
「力技!?」

確かにフライドチキンだね、いやいやなぜフライドチキン? などという期待したツッコミはひとつも返ってこなかった。渾身のネタを詰め込んだ暗記方法を例示してみたのだが。まあそれは良い。今は彼の言う『力技』の中身を解明することに注力しよう。

「力技って、具体的にどうするの?」
「え? 力技は力技だよ。えいっと覚えるんだよ」

素振りのポーズをしながら飄々と答える夫。空気で出来た透明のバットを振った後にちらっと見せた笑顔は、まるでやんちゃな子供のようで可愛かった。

天才は脳のつくりから違う、とはこのことか…

でもあきらめないぞ、私。


「私の場合はね、さっき言ったようにくだらないことをつぶやいて語呂をつくることで、私にとって未知の存在を、既知のものに紐づける作業をしているの。

そうすることで、未知が少しずつ既知になっていく。夫さんの場合は、どうやって未知を既知にしているの?」

粘ってもう一度質問してみる。良い答えが返ってくると嬉しいのだが。

「ああ、…そうだなあ、絶対知っている州を基点として、その右は〇〇州、上は△△州、っていう感じで覚えた」
「おお!」

これこれ!これが知りたかったのだ。粘った甲斐があった。

「例えば僕は、どうしてもミズーリ州を覚えることができなかったんだ。

でも、ミズーリ州の右隣にあるイリノイ州は知っていた。イリノイ州にはシカゴがあるのだけれど、シカゴは高校の時によく調べたことがあって印象に残っていたんだよね。

だから、シカゴのあるイリノイ州の左下に隣接しているのがミズーリ州っていう感じで覚えたね。」


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ここで、地図を見てみましょう。

noteを中断して調べる必要はありません。こちらで解説図をご用意しました。

右(水色で塗ってある場所)がイリノイ州。
左(オレンジ色で塗ってある場所)がミズーリ州。

確かにイリノイ州はミズーリ州の左下に隣接していますね。

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ミズーリ州…!

私も地理クイズゲームをやり込んだとき、鬼門だったミズーリ州!

好きなものが似ていると人は親近感が湧くというけれど、苦手なものが似ているときにはもっと親近感が湧く気がする。

ミズーリ州がなかなか覚えられないもどかしさ、分かるよ夫くん。なんせ『ミ』から始まる州は4つもあるからね。

いち早くこの思いを分かち合いたい。「あ〜分かる分かる」といいながら会話に花を咲かせたたい。その一心で私はペラペラと喋り始める。

「奇遇だね! 私もミズーリ州がなかなか覚えられなかったの。でもね、地図をよく見てみると、なんと! ミズーリ州は『みず』が名前の中に入っているのに、水に接していないことに気づいたの! 『ミ』から始まる他の州は湖や海と接しているのに!」


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これまた解説図をご用意しました。一緒に確認しましょう。
白地図専門店さんの地図をお借りして、湖と海を水色に塗りました。

ミネソタ州とミシガン州は湖に、ミシシッピ州は海に接している一方、ミズーリ州は陸地つづきになっています。
隣接する州はなんと8つ。この数はテネシー州と並んで合衆国内でトップです。これ豆知識。

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ミズーリ州は『みず』が名前の中に入っているのに、水に接していない

アメリカの州を覚えたくてもなかなか覚えられなかったあなたも、この記事でミズーリ州は覚えて帰れること間違いなし。

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「へえ」

さっきまで素振りの練習をしていた夫、今度は投球の練習をし始めた。手を後ろに振って構える。スリークォーター(※4)の腕の角度で、空気で出来た透明のボールを投げる。また構えのポーズ。投げるポーズ。美しい投球スタイルを目指しながら、次の話題が始まるのを待っているようだ。ミズーリ州にまつわる会話の花咲かず。

あれ?
もしかして、これはスベったのか…

小恥ずかしくなってきた。

「・・・夫さんコーヒー飲む?」
「あ、飲む〜」

スベったときにはコーヒー入れる準備をしながらタイムだ。時間がこのどぎまぎを解決してくれるだろう。そそくさと台所へ向かう私。

あのトリビアの泉(※5)だったら『1へぇ』しかもらえていない恥ずかしい状況だ。『へぇ』が押されなさすぎてバックヤードからADさんの笑い声の効果音が聞こえてきて、タモリさんはニコニコ微笑みだす場面だ。でも、それはそれでおいしいかもしれない。

濾紙をセットして、粉状のコーヒー豆を入れて気を取り直しつつ、夫が教えてくれた『力技』の中身について考えてみる。

コーヒーの香りがふと立ちのぼり、私の頭の中で何かが閃いた。

私の覚え方と夫の覚え方はやり方が異なるだけで、根本的には同じことをしている…!?

私は『くだらないつぶやき』をすることで、知らないこと(未知)を知っていること(既知)に紐づける。

夫は知らないもの(未知)の中から、知っていること(既知)に関係する情報を見つけて紐づける。

紐づける媒体こそ違うものの、未知を既知に紐づけるという作業は同じではないか。


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毎度おなじみ解説図のコーナーがやってまいりました。『未知を既知に紐づけるという作業は同じ』ということについて見てみましょう。

左が私の覚え方、右が夫の覚え方です。この図を見ると、確かにどちらも何かを媒体にして紐付けをしています。

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ちなみに、それぞれの覚え方にはメリットとデメリットがあります。

夫の覚え方は整頓されていますが、既知に関する情報の印象が薄い場合が多いです。するとその情報自体を忘れてしまい、未知と既知との紐付けが途切れてしまう可能性が高くなります。

私の覚え方は散らかっていますが、媒体となる『くだらないつぶやき』は印象が強いものがほとんどなので、未知と既知との紐付けもその分強くなり忘れにくくなります。

どちらが効果的な覚え方かというのは人それぞれだと思われますが、もし暗記に悩んでいる人がいれば、私と夫の方法をそれぞれ試してみていただきたい。もしご自身に合った暗記方法がどちらかに当てはまり、悩みが解決できたときには、それは私にとっても嬉しいことなので、是非ご報告を。

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TOEICや行政書士など、本人が学びたいと決めたものは短期間で必ず習得する夫。きっと私とは脳のつくりから違うのだと決めつけていた。でもよく観察してみれば、基本は同じ学び方をしていたのだ。

コーヒーの淹れ終わりを待たずして、この発見を夫に伝えに行こうとしたが、ベトナム産100%アラビカ豆の香りがまあ待てと言う。

二連続で1へえを記録するのもなんだし、コーヒーが出来上がるまで、頭の中をもう少しだけ整理しよう。

違うと思っていた私の考えは、思い違いだった。

おそらく世の中にはこういう一見違うようでいて、よく調べると同じ事象や考え方というものが他にもあるのだろう。それなのに、これまでそういう存在に気づかないまま、どれも『違うもの』として扱ってしまっていたかもしれない。よく考えもせずに。

もちろんその逆も存在するはず。同じだと思っていたことが、よく観察すると違う事象や考え方ということもあるだろう。どちらにしても忘れてはならないのは、一度結論づけたものをそのままにせず、定期的な観察を続けること。その上で、新たな発見があれば、更新をかけること。

夫が楽しそうに遊んでいた地理クイズゲームから、まさかこういう閃きが生まれるとは。

湯気がたつコーヒーカップ2客と最近お気に入りのメロンパンラスクをリビングに運ぶと、夫はなにやらパソコンで作業をしているところだった。

「コーヒーありがとう。ね、ちょっと手伝って! 僕がちゃんと覚えてるか確認したいんだ」

ニコニコ顔の夫。パソコンのモニターには中国の白地図。なるほど、次は中国の地区を暗記しようとしているのか。やはり彼は一味違う…おっといけない。よく観察せよ、私。それと今回の発見は、彼の手伝いを終えてからゆっくり話すことにしよう。



※1
例の地理クイズゲーム=Seterra

世界中の国、州と首都について学べる無料地理クイズゲーム。夫はこのゲームを使ってアメリカの州を全て暗記した。そもそもなぜアメリカの州を覚えたのかを聞くと、「今のアメリカについて書かれた岩波新書をこれから読むから」という答えが返ってきた。

ちなみに、Settrraトップページの説明文日本語訳がなんとも可愛らしい感じであった。▼

Seterraはやり甲斐のある教育的地理ゲームです。国、首都、海、国旗とアフリカ、ヨーロッパ、南米、北米、アジアとオーストラリアの都市について、白地図の練習問題を使って学習します!Seterraは1997年ごろから36カ国語に翻訳され、全世界中の人々に愛されています。

引用元:Seterra

可愛い。そして懐が広い。是非もっともっと多くの人に愛されてほしい。


※2
私なりの暗記のコツ=『くだらないつぶやき』で記憶の紐付け

以下の記事には『くだらないつぶやき』法が生まれた経緯が書かれている。ケンタッキー州の他にもいくつかくだらない暗記ネタを載せているので、お時間があればこちらもぜひ。


 

※3
白地図専門店

この記事で掲載した3つの地図の画像は、全て白地図専門店さんからお借りしました。高クオリティの地図をほぼ無料で使える。こちらも懐が広い。

仕事にも、学習にも、遊びにも。
いろいろ使える無料の白地図です。

ちなみに、夫のパソコンに映っていた中国の白地図も、白地図専門店から拝借したようだ。Settrraでは中国の地理クイズは取り扱っていないため、夫は中国の白地図を使って各地区に番号をふり、なんとクイズを自作していた。

中国の地区を覚えようとしている理由も念のため聞くと、「今の中国について書かれた岩波新書をこれから読むから」という期待通りの答えが返ってきた。

※4
スリークォーター

野球の投手の投法の一つ。直訳すると4分の3であるように、オーバースローとサイドスローの中間であり、ややサイド気味に肩口からボールを投げる投法である。

引用元:Wikipedia

なお、夫は野球選手ではない。常時パソコンと睨めっこしている会社員である。趣味が野球というわけでもない。大学時代はフットサルサークルだった。

※5
トリビアの泉

視聴者から寄せられたムダ知識をゲストが鑑賞し、「へぇ」と思ったらへぇボタンを押す番組。

懐かしい! と思われた方は私と世代が似ている可能性が少し高まります(というムダ知識)。

『トリビアの泉 〜素晴らしきムダ知識〜』(トリビアのいずみ 〜すばらしきムダちしき〜)は、フジテレビ系列で2002年10月8日から2006年9月27日までレギュラー放送された後、2012年1月1日まで不定期特番として放送されていた、雑学バラエティ番組である。

引用元:Wikipedia

毎回の放送でもっとも多く『へぇ』をもらった投稿には、メロンパンが入れられる金の脳オブジェが贈られる。

金の脳いいな、ほしいなと思いながらも、素晴らしきムダ知識をひとつも見つけられず、ただの一視聴者となっていたあの頃。

もしもタイムスリップができたなら、当時の私にこっそりと「ミズーリ州は『みず』が名前の中に入っているのに、水に接していない」と耳打ちしてあげたい。

金の脳どころか、番組で取り上げられるかどうかも定かではないが。ちなみに、万が一金の脳オブジェを獲得したとしたら、メロンパンではなく、メロンパンラスクを入れる可能性が高いです(というこれまたムダ知識)。




ここまでお読みいただきありがとうございました。 いただいた御恩は忘れません。