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自分から進んで「悪い人」になりたい人なんているのだろうか??


 ※今回は「生意気記事」です笑
 

 

 世の中には、「なんでこんなことするの???」って人がいます。

 ものを盗んでみたり、人を傷つけてみたり、SNSで誹謗中傷を繰り返したり。

 そんな人たちを見るたび、私はこう思うんです。

「この人たちは子供の頃、こうなりたかったのかなあ」

 って。

 そんなわけないですよね・・・。

 多分明るい未来を夢みて、生きていたはずです。「人を傷つけたい」なんて生まれた瞬間から思う人はそうそういないはずです。

 じゃあ、なんでそうなってしまうんでしょう?

 それはきっと、我々大人が、子どもが犯罪者にならなくても生きていけるような世の中を作れなかったからだと思うんです。

 まさに、大人の責任と言う他ないと思っています。大人というのは親や先生、政治家など直接教育に関わる人だけではありません。この世界に住む、全ての大人です。

 確かに、政治家が社会に与える影響は一般人の私なんかよりずっと大きいでしょうし、親や先生が特定の子供に与える影響は、そうじゃない人たちよりかなり大きいでしょう。

 でも、「行動していない。」。それ自体に罪があるのではないかと思います。

 そういう意味では私も罪人です。何も行動していません。

 そして、実際に行動を起こしたところで、1人の力では何もできないのもわかっています。だから、せめて犯罪者がニュースで報道されるたびに、

 「このような人が社会に生まれてしまった責任は自分にもある」

 という認識を持ち、どうしたらそんな人も幸せになれる社会を作れるのかを考えるようにしています。

 そんなことをしても何かが変わるわけではありません。でも、犯罪者に責任を全部を押し付けるだけでは、今後もこういった犯罪は無くならないんだろうなあって思うんです。

 だから、大人全員が

「この犯罪の0.01%は自分の責任かもしれない」

っていう認識を持つこと自体が大事なのかもしれないって思うんです。そうしたら、社会は良い方向に向かうんじゃないかと。


 ここまで述べてきてなんなんですが、私のこの考えはすごく傲慢です。言うなれば、

「あなた罪犯しちゃったの??可哀想に・・・。私もちょっと罪を背負ってあげるね??」

っていうことだからです。勝手に相手を可哀想な人と決めつけ、それを正常な人間である自分が救ってあげるという独善の振りかざしに他なりません。

 ですが、今後教育に携わるものとして、

 「どうしてそんな犯罪が起こってしまったのか?」

 「本当にその犯罪者だけの責任なのだろうか?」

 「社会のシステムや、教育のあり方にも責任があるのではないだろうか?」

 「同じような犯罪が起こらないために、自分が子供たちにできることはないのか」

 このように考えるのは無意味ではないと思うんです。

 私は自分が傲慢な考えを持つものであるということを受け入れた上で、子どもたちに関わっていきたいと思います。

 
 

 さっきも述べたように、私1人が行動したところで犯罪がなくなるわけありません。

 ですが、自分が関わるこども達にであれば、少しくらい影響を与えられるかもしれません。

 だから、私は自分の能力の範囲内で、やれることを精一杯やりたいと思います!

 そういう意味での「親愛なる隣人」ならぬ、「親愛なる教師」ですからね。


 ここまで読んでくれて、ありがとうございました!

 


 


 

  


 

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