『社長失格』しくじり起業家の独白

人の成功談を聞くことは有意義だが、失敗談からも学べることも大いにある。

今回紹介する書籍は『社長失格』。1998年、ITバブルを背景に倒産したハイパーネット社について、その創業者である板倉雄一郎氏が語ったしくじり体験記だ。

『社長失格』板倉雄一郎 著

ニュービジネス大賞を受賞までした著者が、そのわずか2年後に倒産を経験する。本書では、起業→絶頂→崩壊の一連の流れを畳みかけるように綴られている。

読者の視点としては、倒産するという結末が最初からわかっているだけにスリルが大きい。

「いつまで好調なのだろうか?」「いつ終わってしまうのだろうか?」そんなことを考えながら読んでいたら、あっという間に結末を迎える。勢いで読み切ることができるビジネスエンターテインメントだ。

感想

成功した企業する企業にも法則があるように、衰退する企業にも法則がある。

起業が衰退を辿る場合、その過程にはいくつかの段階があると言われている。もちろんパターンに当てはまらない企業も多くあるだろうが、板倉氏のハイパーネット社はこれでもかというくらいに当てはまっていた。

衰退の5段階
1. 傲慢になる
2. 成長のための成長を追い求める
3. ネガティブな情報を否定する
4. 起死回生の一手を求める
5. あきらめる

Jim Colinsの著書『How the Mighty Fall』
(邦題:『ビジョナリー・カンパニー3 衰退の五段階』)より

この五段階を知ったうえで本書を読むことで、ケーススタディとして理解が深まると思った。

もっとも、過去の出来事を俯瞰するのと、狂乱の渦中で判断を下すのでは明らかに状況が異なる。

急成長する企業のリーダーの心理とはどのようなものなのか、後世からの振り返りと事が起こった最中ではどれくらいの温度差があるのか、そうしたことも本書から学ぶことができるだろう。

余談

ここからは余談。それでも、本当に僕が語りたいのはここからだ。

本書は確かに小説として面白い。しかし、本書の主人公(=板倉氏)には全くもって共感することができなかった。

ここまで共感を覚えなかった本も逆に珍しい。

著者が社長であったことは理由にならないだろう。同じく社長が主人公の『ザ・会社改造』などには、少なからず納得したり感情移入する部分があったからだ。

その理由を考えているうちに、僕は気づいた。本書にはオペレーションに関する記載がほとんどないのである。

著者の板倉氏は優れたビジネスモデルを考案することに長けていた。本書で中心的に描かれるハイパーシステムは、今でいうGoogle広告を先行したようなビジネス。それを2000年より前に考案していたのだというから驚きだ。

アイデアを思いつくだけでなく、会社の設立、ビジネスの立ち上げも実現させた。頭でっかちではなく、それを具現化することまでできる。天才起業家とはこのような人物なのかと驚きながら読んでいた。

だが、その次がない。

優れたビジネスモデルを考案した次に行わなければならないこと、それは優れたビジネスプロセスを運用(オペレーション)することだ。

しかし、本書ではオペレーションの描写がほとんどない。

最初に思いついたビジネスモデルが軌道に乗ると、その後は飽きて別のビジネスモデルを作り出す。少なくとも著者の頭の中には、既存ビジネスの基盤を運用・強化していくという方針はなかっただろう。

著者も自身の弱点を痛感していたようで、「ぼくは日々のオペレーションが苦手だった」と独白している。

そしてそれが、短期間での倒産に至った真の原因でもあるように思う。

対して僕はどうか。僕はプロセス設計やオペレーションは得意だが、新規ビジネスモデル立案には縁がない。著者とは真逆のベクトルで極端なのだ。

もし、僕が著者の会社で働いていたらと想像した。おそらくお互いの理解は全く深まらず、平行線の議論を繰り返すのではないか。そんな妄想までした。

僕は「ウチの社長は現場のことを全く知らない」「新規ビジネスの無茶振りばかりしてくる」そんな愚痴ばかり零していそう。

逆に著者は僕のことを「あいつは堅実過ぎる」「積み上げ思考のヤツからは良いアイデアは生まれない」と評価したかもしれない。

企画と運用の能力を、両方とも高いレベルで持てるのが理想だろう。だが、それができる人物はごく僅かだ。そうでなければ分業と連携によってカバーすることになる。

連携に必要なのは相互理解だ。しかし互いに異なる立場の経験がなく、思考がわからなければ相互理解には至れない。僕が本書を読んで共感を覚えなかったのも、僕自身の経験から著者の心境を再現できないというところが大きい。

というわけで本書は読了後も僕の本棚に残ることに決まった。今後も自分と得意領域が全く異なる人物との相互理解に苦しんだときに、再び読んでみようと思うのであった。

併せて読みたい

『How the Mighty Fall』 Jim Colins 著
(邦題:『ビジョナリー・カンパニー3 衰退の五段階』)

企業衰退の理由を体系的に学ぶことができます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?