3-11 届かなかった手紙。
これはいけない。これはあかんやつ。これは大失態。
僕は立花君にこれまでの感謝と自分が思う自分勝手な人生論の手紙を書いた。それがなぜか他の人に渡ってしまった。しかも女子に!!!これは危険な展開。下手したらラブレターとも取れないこともない。それに僕の言う他の人っていうのは、本当に”他の人”なんだ。不登校児の知り合いは少ない。いわゆるクラスメイト。名前は知っている。話したことはない。多分。
これはいけない。どうする。
どうするよ!?
どうするよ!?ぼく!?
その日、雪こそちらつかないがとても寒い日。僕は呑気に一人で学校向かっていた。一人でっていうのは少し出勤時間を遅らせて重役出勤としてみたからだ。もはや止める者はいない。
不登校児とはいえ”行きたい”時がきたら勝手に”行く”ものだ。そんな寒い中、歩いたせいか体も暖まりルンルンで学校に着いた。
そして教室に入ると異変に気付く。あれ?まばらにしか人がいない。ええと、、、いた!
立花君を見つけて聞いた。
「今日って学校休み?」
『違うよ。自由登校の日』
「え?え?何それ?」
『試験で学校に来れない人が多いから自由登校なんだって』
「そうなん?休めば良かった」
『だね。ってか昨日帰りの会で先生言ってたよ』
「まじか」「全然聞いてなかったw」
『いや、もう自分いなかったじゃんw』
「まじか」「ふざけた野郎だなw」
ふーん。そうかそうか。自由か。自由、自由、自由。なんて甘美で素敵な言葉なんだろう。自由と言う言葉に酔いしれながら僕は静かな第二音楽室で(第二音楽室と呼ばれているメインじゃない方の場所)有孔ボードを見上げていた。
黒い足、濃い血のような赤いピアノの椅子に座りながらボーっと自由という束縛を楽しんでいる。
・・・。
・・・。
・・・。
あ!そうだ。立花君に感謝の気持ちを込めて手紙を書こう。今僕にできることは感謝しかない!
思い立ったら吉日。善は急げ。ルーズリーフとシャーペンをカバンから出し手紙を書く。
ちょっと詩的で暗い感じだけどまぁ、僕らしくて良い。合格点だ。誤字脱字は仕方ない。それくらい多めにみてくれるだろう。
KAWAI製ピアノの鍵盤蓋を静かに閉めて自分の教室へ戻る。1,2年生は授業中のため静かに、Sneaking Missionでお世話になった人通りの少ない廊下を思い出とともに歩く。
意気地なし(Sneak)の頃と、ただこっそり(Sneak)と歩いている今の心境はまるで違う。同じ道だとしてもだ。同じ時刻だとしてもだ。
教室に戻ると数名の女子が固まって喋っているだけで立花君の姿は見えなかった。都合が良いな。と、立花君の席に近づく。静かに音を立てずに”感謝の手紙”を机の中に投げ込んだ。
探し物をするふりをしてその場をウロウロと立ち去り、自分の席へと戻る。
そして家から持ってきた洋楽の歌詞カードを眺めて過ごしていた。
チャイムが鳴りしばらくすると十数人の生徒に教室に戻ってきた。立花君の姿はまだ見えない。まぁ、勉強熱心の彼だから難解な公式でも解きながら戻ってきているのだろう。
『えーー?なにこれ???』
後ろの方で女子の声がする。
あれ?
あれ?その席って立花君の場所じゃ・・・
もしかして!と周りを見渡すと、各々が好きな場所に座っている。授業で座る定位置に座っているものはいない。僕を除いて。
心臓の音が速くなる。うるさい教室内でも自分の耳に届いてくる強さで鼓動している。もう一度、ゆっくりと後ろを振りかえる・・・
ぬぉ!!!やっぱり。
めちゃんこ真剣に読んでいる。
そんなに真剣に読むものではないのだぞと言いたいが、申し出るわけにもいかず。これはどうしたものか。
そんな中、立花君が戻ってくる。そして僕の横の席に座った。そこじゃないでしょ!いつもの席は!!!と思ったが後のカーニバル。どうしようもない。
『どうしたの?』と立花君が話しかけてくる。
「いやぁ、別に」と声が裏返りそうになるのを堪えて答える。
もう一度ゆっくりと振りかえる。
なんか泣いている。
感動しているようだ。
『えー、私、こういう話、めっちゃ好きなんだけど』
あれ?予想外。こんな展開になるとは思っていなかった。
『春になって笑顔でいるのに、心の中は冬の嵐ってなんか分かるわぁ』
と、聞こえてくる。そうでしょそうでしょってうなずく、、、いやいやいや、うなずいている場合ではない。
『見て見て!』いや、見せんなって。
『誰が入れたか(机の中に)分からないけど、めっちゃ感動した』もう止めとけって。
『戻ってきたら机の中に入ってた』立花君の席に入れたつもりなのに。
僕は立花君と喋りながらも、チラチラとその行動を見ている。そしてその女子は手紙をカバンに入れた。
入れた!?
おいおい、そりゃねぇぜおとっつぁん。
みじめにこぼれた「うごぉ」という声が空を切る。
分かっている。もう言い出せない。それ僕が立花君に向けて書いただなんて。僕は知らんぷりして、立花君と話している。脳内は「どうするよ!?」の連呼。どうしようもねぇな、こりゃ。
その後もその女子生徒は誰か友人に会うたびに見せていた。もう止めとけって…。そしてついに立花君にも見せていた。立花君は二度くらい読み直したんじゃないかっていうくらいに長い時間読んでいた。
うぉい、ほぼ全員じゃねぇか。
僕は諦めた。もうこれは止めようがない。一度でもコップから溢れた水が元に戻らないように、やいのやいの言ってももう手遅れだ。諦めて知らぬ存ぜぬを貫き通そう。と、誓った。
はぁ。
帰り道、渡せんかったじゃんかと思いながらとぼとぼと立花君と歩いていた。彼は希望の高校に受かっている。県内屈指の進学校。バスケが強く、頭が良いことで有名な高校だ。相応に勉強していたことを僕は知っている。そんな彼が言う。
『あのさぁー』
「ん?」
『今日、女子が後ろの方で騒いでたじゃん。机の中に手紙がはいってたってさ』
「んー。あぁ、そうだね」
『あの手紙、入れたの君でしょ?』
「・・・うん・・・。なんで分かったん?」
『あの席、普通だったら僕が座ってた場所だしさ、それにああいう内容書くのって君くらいしかいないもん』
「そうか。バレていたか」
『あれってさ』
「ん?」勘が鋭い。
『まぁ、いいや』
「あれは立花君に書いたよ、感謝状」正直に言う。
『だよね』
「うん」
『そんな気がした』
「うん」
後に続く言葉がない。照れくささと、直接渡せなかったモヤモヤと、寒さのせいで、結局、何も言えずに家に着く。
「明日も自由登校?」冗談ぽく言ってみる。
『明日は普通!』笑いながら立花君は答えた。
「え~」
『ははは。またね』
「またね」
寒さの中に春の気配は確かにした。
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