テロリストをどう扱うか~古代ギリシャ史からのヒント
「テロリズムをどう報じるか」について、にわかに議論が起きています。
「テロを賛美・肯定しない」は当たり前のことです。しかし、「テロリストを利することになるから、テロの背景・動機を報じてはいけない」という意見は、政府による情報統制にもつながる危険な発想だと思います。
テロリストをどう扱うかについて、2つほど連想したできごとがあるので紹介しましょう。いずれも古代ギリシャの事件です。
神殿に放火した男の動機
ギリシャ人の都市エフェソス(現トルコ領)には、壮麗なアルテミス神殿がありました。しかし紀元前356年、神殿は放火によって灰燼に帰します。
犯人のヘロストラトスは、「自らの名を歴史に残したい」という理由で火を放ったといいます。エフェソスの人々は、彼の名が歴史に残らないよう、その名を記録せず口にすることも許さないことを決めました。
しかし、この事件と犯人の名前は近隣のキオス島の歴史家が記録に残したため、「ヘロストラトス」の名は歴史に残ってしまいました。「テロリストの思い通りにさせないため、名を残させるな」という理屈は正しいですが、実践するのは難しいのですね。
「テロリストに名前を与えない」を正しく解釈しよう
「テロリストの名前」といえば、最近SNSで話題になった言葉を思い出します。
2019年に起きたテロの時、ニュージーランドのアーダーン前首相は「テロの目的の1つは、悪名をとどろかせることだ。だから私は今後、男の名前を言うことはない」と述べました。
この言葉を、「テロの動機・背景も、テロの正当化につながるから報じてはいけない」という風に曲解している人が(政治家でさえ)います。しかし、ニュージーランドでは事件の動機や背景の捜査・報道がきちんと行われ、それをふまえての発言です。テロリストの称揚を許さないという趣旨の発言であり、報道規制をしようとしたわけではありません。
古代でもできなかったのに、現代社会においてテロリストの名前や存在を抹消することは不可能です。下手に覆い隠すと、かえって陰謀論の跋扈につながりかねません。
①テロの動機・背景はきちんと解明し、情報は開示する
②テロリストを賞賛・正当化しない
①と②を両立させた報道や情報公開が求められていると思います。
ヒッパルコス暗殺の背景とは
もう一つ、紹介しておきたい事件があります。ギリシャの代表的なポリス・アテネで前514年に起きた「ヒッパルコス暗殺」です。
ヒッピアスとヒッパルコスの兄弟は、ギリシャの僭主(非合法に権力を握った独裁者)でした。
トゥキュディデスの『歴史』によれば、事件は以下のような動機で起きました。
アリストゲイトンという市民に、ハルモディオスという同性愛の愛人がいました。ヒッパルコスはハルモディオスに横恋慕し、奪おうとしましたが、ハルモディオスに拒絶されます。
ヒッパルコスはこれを恨み、祭礼の日にハルモディオスの妹に恥をかかせました。
アリストゲイトンとハルモディオスはこの事に怒り、さらにヒッパルコスが力づくで愛人を奪いに来ることを恐れ、同志を集めて僭主打倒の計画を立てました。ヒッピアスの暗殺は失敗しましたが、ヒッパルコスについては思いを遂げます。
ハルモディオスはその場で殺され、捕らえられたアリストゲイトンも拷問の末に殺されました。
英雄になってしまった二人
弟を殺されたヒッピアスはやがて乱暴な政治をするようになり、後にアテネから追放されました。
その後、アリストゲイトンとハルモディオスは、「独裁者に立ち向かった英雄」として賞賛されるようになります(トップ画は二人の像です)。しかし、すでに読んだように事件の真相は「痴情のもつれ」です。
衝撃的な事件が起きると、外野が後付けで「物語」を付け加えようとします。これは現代でも、思想の左右を問わず起こることです。
事件に対する言説に、「こうであってほしい」という願望や美化が入っていないか、注意しながら情報を摂取する必要があると思います。
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