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【マジケ2022春】マジックの本を書いてたら情報理論の沼にはまって、YouTuberとネタ被りして震えながら書き上げた話【雑記】

先行研究の沼に沈んだら、窒息寸前になって銀の斧を拾った。
この約3ヶ月間の執筆期間を表すとまさにこんな感じ。

今回の新作のタイトルは、『考察ノート 観客の期待はどのようにマジックの驚きに影響するのか―情報理論からの眺め―』。長いタイトルのおかげで、内容を要約する必要もない。おかげで、マジックマーケットの商品紹介の文字数制限に引っかかって、タイトルをどう縮めようか30分かかった。

今回は宣伝と告知をかねてこの本ができるまでの小話と、本の紹介をします。
(本の紹介だけ読みたい方は目次から飛んでください)

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もともとこんな本を書くつもりはなかった

古典の力はすごい。先行研究の一つでさらっと触れようと思って読んだら、沼で窒息させられた。

今回は言語学でマジックの不思議がどのように解釈されるかを書くつもりだった。
言語学界隈では、コミュニケーションのプロセスとしてコードモデルというものがよく説明される。その中でベタに言及される印象があるのが、シャノン・ウィーバーのコミュニケーションモデル。

先行研究にならって、シャノン・ウィーバーのモデルでは人間のコミュニケーションは説明しきれませんよね~、とさらっと扱うつもりだった。でも、理解しきれないとしても、訳書と入門書くらい読んでおこう。と思ったらそこが沼だった。情報理論、めちゃくちゃにおもしろい。

情報理論の沼、古典の力強さ

原著をぱらっと見た感じ、数式ばっかりで文系の自分には理解できないとあきらめていたら、高岡詠子先生の『シャノンの情報理論入門』がはちゃめちゃに面白い。目当てのコードモデルの説明のついでに、情報量のところも読んでみると、次の一文が。

情報量とはその情報の「ビックリ度の大きさを表す」とか「ありがた味の大きさを表す」などと説明されていることが多い理由が分かると思います。(高岡 2014:58)

これはマジックにそのまま応用できるのでは…?

というか、そもそも情報理論の射程が広すぎる。全ての情報の量を数値で表せるというのは強すぎる。これが現役の古典の力…。

実際、情報理論をそのまま応用はしませんでしたが、ビックリ度とマジックが繋がってしまい、情報理論について考えることに。そして先行研究に記載すべき内容がどんどん増えていき、「間に合わない、これで1冊の本にしよう」ということに。

考察ノートでの情報理論の扱い

情報理論は射程が広いけど、ひとつひっかかったのは情報量が事象の発生確率に依存する点。ものすごくゆるく言えば、確率と情報量(ビックリ度)の関係は次の通り。

発生確率が低い ⇒ 情報量が大きい(ビックリ度が大きい)
発生確率が高い ⇒ 情報量が小さい(ビックリ度が小さい)

確かに、天気予報の晴れより、竜巻のほうが発生確率も低いし、情報量(ビックリ度)は大きい。ここで重要なのは、確率は客観的なものだということ。

・コインが消える確率と鳩が消える確率ってどっちが小さいと言えるんだ…?統計的に調べないといけないだろうし、そんな統計ないのでは…?
・そもそもマジックの驚きって客観的な確率に依存するのか…?そもそも驚くということがかなり主観的なことのはず…。

これを(無理やり)クリアできるように情報理論を魔改造して考察したのが今回のノートです。
その先に、「第一現象はなぜ重要か」「現象の繰り返しの効果」「サッカートリックの効果」「マジシャンと魔法使い」の考察までがついてくる形に。

情報理論と魔改造理論の線引き

言うなれば、今回の情報理論はシャノンの情報理論をマジック用に魔改造して考察したもの。これは非常に脆い。だからこそ、研究と称するのはおこがましいことこの上なく、「考察ノート」とすることに。

だからこそ意識しなければならなかったのは、(1)情報理論の何を魔改造するのか (2) それにより本来の情報理論の価値の何が失われるのか、(3)その代わりに何が得られるのかを記述すること。これがなければ、誠実ではないし、情報理論の誤解を広めてしまうことになる。これは避けたい。

今回の考察で魔改造したのは根本的な確率の考え方の一点。一点だけでも、これは根本的な要素のため情報理論そのものの価値はかなり失われてしまった。具体的に言えば、情報源符号化や通信路符号化といった、伝達面はほぼ機能しなくなるという結論。

残ったのは、大元の情報源に関わる、情報量と情報エントロピー。

魔改造した確率のとらえ方に合わせて、情報源=現象のビックリ度、情報エントロピー=マジシャン自体の価値と考えればしっくりくるのでは?という流れに。

この考えをベースにもりもりいろんなケースを考えてみると、今までの観客としての自分の驚きが自動的に説明されていく快感を得ました。

「ゆるコンピュータ科学ラジオ」とネタかぶりする。

情報理論で執筆している最中、大物Podcaster兼YouTuberとネタ被りが発生。「ゆる言語学ラジオ」の姉妹チャンネルの「ゆるコンピュータ科学ラジオ」。

もうこれでいいのでは…?

視聴者として見ていたときは普通に楽しんでいたけど、弱小コンテンツ作成者として接すると、おもしろさの巨人に圧倒されて筆を置いた。具体例も、興味の引き方も、引き出しの多さも強すぎるんだよ…。

自分のコンテンツの価値の半分が吹き飛んだ心地を味わえて、非常にスリリングな体験だった。本当に執筆をやめようかと思った。

(素朴に、言語学でマジックのコミュニケーションを考えていたら、自然と「ゆる言語学ラジオ」と「ゆるコンピュータ科学ラジオ」のテーマを横断していておもしろいな)

しかも堀本さんはそれ以前に情報理論の説明動画まで上げている。

もうこれでいいのでは…?(2回目)

今回の本でも情報理論の説明は丁寧にしていますが、これらの動画シリーズを見れば、本の情報理論の説明パートは読まなくていいんじゃないかな。情報理論の説明は絶対動画のほうがおもしろいし、分かりやすい!むしろ動画を見たほうがいい!
(文系筆者は10年ぶりに再会したlogのことを必死に調べて、数学のプリントで使われるようなグラフ描画サイトにまで登録したけど、本の第一章は読まなくていいんじゃないかな)

ただ、今回の本の新規性はマジックの驚きを情報理論でとらえること。そしてその考察をするために情報理論を魔改造して誠実に考察したこと。ここの価値だけは失われていないと信じたい。

改めて本の紹介『観客の期待はマジックの驚きにどのように影響するのか―情報理論からの眺め―』

この本はマジックの「驚き」を情報理論からどのようにとらえられるかを考察したノートです。目次はこんな感じ。

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理論の下敷きになるのは、クロード・E・シャノンの情報理論。第一章では、シャノンの情報理論そのものを簡単に説明しています。

第二章ではマジックをとらえるために、情報理論をどう改変するか、それによってマジックはどうとらえられるのかを説明しています。合わせて、改変によってシャノンの情報理論がどこまで有効なのかも考えています。

第三章では、実際に改変した情報理論でマジックをとらえるとどんなことが見えてくるのかを考えています。ただ、マジックで関係する確率がどのように変動するのかは調査ができないため、仮説に基づく考察になっています。(仮説の分脆いです)

第四章では、改めてこの本の射程を中心に、マジックの全体像はとらえきれていないという問題点をあげます。この本は「不思議」ではなく、「驚き」の考察にとどまっています。

応用範囲は限定的ではあるけれど、書いていて自分の観客としてのマジック鑑賞経験が理論的に説明されていくさまに、自分でめちゃくちゃ興奮しました。

マジックの考察がお好きな方は、お手にとっていただければうれしいです。

その他

黒川の新作、『SONOMAMA Wand Act』やしょうたまの過去作『研究ノート もしも野良言語学者が選択体系機能言語学でクロースアップマジックを分析したら—Paul Gertner UNSHUFFLEDを例に—』、『エンタメとしてのマジック論』もよろしくお願いします!

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過去作は前回の記事に書いていますので、ご興味があればこちらもぜひ。

それでは、マジックマーケット2022春、楽しんでまいりましょう!

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