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41 バンド

ふと手に取った音楽雑誌でバンドメンバー募集の広告を見つけた。楽器経験のない素人でも歓迎で、どんな音楽をやるかは集まったメンバー次第だとあった。

男はこれこそ自分が探していたバンドだと直感し、さっそく連絡した。すぐに採用が決まった。

集まったメンバーは五人だった。最初のミーティングでそれぞれの担当楽器を決めた。目立つポジションがよかった男は、ギターならコードをいくつか押さえられると主張した。すると、タンバリンをあてがわれた。革を張ったタイプのタンバリンだった。他はギターが二人、ベースが一人、パーカッションが一人だった。

バンド結成を呼びかけた、ベース担当のリーダーが男に言った。

「このタンバリンをギターのように鳴らしてくれ。きみのポジションはいわばサードギターだ。きみはこのバンドを影で支える重要なメンバーだ」

影で支えるという部分が気に入った。

男は個人練習にのめり込み、タンバリンを使って生まれて初めて曲を書いた。タンバリンだけでどうやって曲が書けたのか、本人にも分からなかった。

男は興奮が冷めやらぬうちにみんなに曲を聴かせた。メンバーたちは最後まで聴いたあと、揃って沈黙した。男は感動で口も聞けないのだと思った。ヒットを確信し、この曲でデモテープを作ろうと誘いかけた。メンバーたちはぱらぱらと相づちを打った。

バンドの活動場所は市民球場の無料で入れる外野席だった。あるとき、痛烈なライナー性の打球が外野席に飛び込んできた。男はとっさにタンバリンで跳ね返そうとした。うまくいかなかった。ボールは革を突き破って顔面に直撃した。男は気を失い、メンバーたちはホームランを打った選手に喝采を浴びせた。

「運び込まれたとき、これも一緒に」

看護師が男の枕元に革の破れたタンバリンをそっと置いた。胴回りの小さなシンバルがちゃっと音を立てた。

「バンドやってるんです」男は沈んだ声で言った。

「すごい。じゃあタンバリンを――」

「ギターです」

「え?」

「サードギター」

看護師は意味が分からないと言いたげな表情を浮かべたが、それ以上何も言わなかった。

青春は終わった。男は壊れた楽器を見てそのことを悟った。それを証明するように、メンバーに連絡してももう電話は通じなかった。四人ともだ。

男は枕に伏せてむせび泣いた。自棄になって壊れたタンバリンを投げつけると、それは壁で跳ね返り、男の顎に当たって床に落ちた。



いただいたサポートは子供の療育費に充てさせていただきます。あとチェス盤も欲しいので、余裕ができたらそれも買いたいです。