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異業種の視点が新たな文脈を創造する

事業戦略大学(教員1名・生徒無限大)顧客経験価値のための商品企画開発の実践コース第19回


■新しい顧客経験価値は一業種では生まれない


 新しい顧客経験価値を生み出すのはなかなか難しいことです。その難しさの1つに一業界の限られた範囲で考えてしまうことがあげられます。多くの既存市場、業界の商品・サービスは成熟し、顧客にとって当たり前のものになっています。同じ業界の範囲の中で新たな技術開発、商品・事業開発を行ったとしても、すぐに競合他社は似たようなものを出してきます。なぜなら業界の中で開発の方向性がある程度決まってしまっているからです。技術イノベーションが売上や利益につながらないことをハーバードビジネススクールのクリステンセン教授は「イノベーションジのレンマ」と呼びました。リーマンショック、東日本大震災、新型コロナショックと、日本企業にとって厳しい環境変化が続き、多くの企業は選択と集中の方針の下で多角化事業から撤退し、本業に集中しました。その結果、業績はある程度安定しましたが、イノベーションのジレンマで利益は上がりません。同時に経営者の視野が狭くなり、管理思考も強くなった結果、新たな発想が生まれににくい状況になりました。これは日本企業だけでなく、多くの先進国の老舗の大企業が直面している壁です。
 そこで注目されているのが異業種連携戦略です。異業種連携戦略とは、異なる業種が連携して新しい商品・事業を開発する戦略です。老舗の既存企業の強みは、技術や設備、顧客、販売チャネルなどの膨大な資産です。その強みを組み合わせて、新たな商品・事業を創り出すのです。会社によってはオープンイノベーションと言うキーワードで異業種連携を進めているケースも多くなりました。

■IoT、AIなどのデジタル化が異業種連携を加速化させている


 近年の成功したスタートアップ企業のほとんどは既存の一業種に特化するのではなく、異業種の要素を融合させたものです。

米国の配車アプリウーバーは、タクシービジネスとスマートフォンのアプリケーションやAIなどを使ったITビジネスの異業種を融合させたものと言えます。ウーバー・イーツは、さらにフードビジネスを融合させました。日本でも展開するWeWorkなどのシェアオフィスも、不動産賃貸業×カフェ×ITサービス×企業間マッチングなどの異業種を1つに融合させ新たな経験価値をつくりだしました。このような異業を融合させたスタートアップ企業が急増した原因は、IoT、AIなどのデジタル化の普及です。ユニークなビジネスアイデアがあれば、既にある個人や法人のもつ資源・資産をネットで結び付け、ユニークで便利なビジネスを開発し、その結果新たな顧客経験価値を創造出来るのです。

■異業種アイデアソンで全く新しい顧客経験価値の文脈を見つける


 シェリングビジネス始めスタートアップ企業が異業種を融合させたビジネスで成功さえている現実の中で、既存の大企業も豊富な資産を異業種と組み合わせて、連携することが注目されています。
 その切っ掛けが「テーマを決めての異業種アイデアソン」です。アイデアソンとはアイデアとマラソンを掛け合わせて造られた造語です。良いアイデアがでるまで徹底的に議論するワークショップです。
 異業種アイデアソンは以下の点で新たな顧客経験価値を生み出すのに効果的です。


 ●会社の枠組みを外し自由に議論できる。参加者個人の主観が生かされる。
 ●1つの業界、会社の枠組みではなく、複数の異業種の視点でクリエイティブな議論ができる
 ●異業種の知識、知見がえられ、発想は豊かになる
 ●異業種の経営資源の組み合わせで、全く新しい商品・事業の開発の可能性が見えてくる


などです。このようなことから、全く新しい顧客経験価値の文脈が見えてくる可能性があります。食品企業の経営資源を自動車業界から見たら何が使えるか。その2つの企業の経営資源をスポーツジム業界が見たらどんな活用ができるか。それら3つを合わせた今までに無いなにか新しいビジネスが出来ないかなど、異なる業界の視点でそれぞれの経営資源を見直すと新しい顧客経験価値の文脈が見えてきます。

■異業種での商品・サービスアイデアから新たな顧客経験価値を創造する


 異業種アイデアソンは、アイデアを出して終わりだとほとんど意味がありません。アイデアを商品・事業コンセプト、そして顧客経験価値とそれを実現すするビジネスモデルまで企画しないと実施効果は無いと思います。そのため1日ないしは半日を3回ほど実施するのが効果的です。

1日目は設定されたテーマに対するアイデアを5つの視点で出します。5つの視点とはターゲット顧客、顧客のシーンとニーズ、商品・事業アイデア、提供形態、価格です。これらは商品・事業コンセプトの要素で、コンセプ原型と呼んでいます。


2日目は、いくつかのコンセプト原型から有望なものを選び、商品・事業コンセプトを設計します。商品・事業コンセプトとはターゲット顧客、顧客のシーンとニーズ、商品・事業基本コンセプトと構造、提供形態、価格および顧客負担コスト、顧客ベネフィットです。コンセプト原型をより詳しく、構造化したものです。そしてこの商品・事業コンセプトに対し、顧客経験価値を想定してみます。

アイデアソンを楽しく、クリエイティブにするため、よく行うのが、顧客経験価値を紙芝居にしたり、小説風のストリーにしたり、メンバーで寸劇などをやってみます。このようにビジュアルや動作で表現することで企画する方もそれを見たり聞いたりする方も顧客経験価値が具体的によくわかります。


 3日目はビジネスモデルの設計です。商品・事業コンセプトと顧客経験価値が明確になりますので、それを実現するビジネスモデルが設計出来ます。ビジネスモデルの各要素に参加各社のコア・コンピタンスや経営資源が組み込まれ、独自のものになっていきます。このあたりが異業種アイデアソンの楽しい部分です。1社では実現できない顧客経験価値とビジネスモデルが構想できるのです。もし時間があれば、実現のための課題や、ロードマップも作成しますが、異業種で実施した場合、一社で実施するよりも様々な知見があり、スムーズに進みます。これはビジネスの実現も早い可能性を表していると思います。

■本格的な異業種連携にまで発展する可能性


 基本的に異業種アイデアソンは、機密保持契約を結ばずに実施します。もし異業種アイデアソンの結果が有望な商品・事業企画であれば、その後参加企業で機密保持契約を結び事業構想や事業計画を作成するフェーズにはいります。そして最終的には合弁事業などに発展する可能性もあります。

一業界、一企業で閉塞感がある現在、このような出島のようなかたちで新商品、新事業開発を行うのも効果的だと思います。

 異業種連携戦略に関しては拙著「デジタル異業種連携戦略」(2019年 中央経済社)で詳しく論じていますので、ご参照ください。


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