5月22日 片渕須直監督最新作タイトル発表
映画『つるばみ色のなぎ子たち』 題名公開映像 | The Mourning Children Title Release Teaser Trailer(2023)
タイトルは『つるばみ色のなぎ子たち』。
……「つるばみ色」の「なぎ子」ってなんのことだろう?
ネットで検索をかけてみると、「つるばみ」は「橡」と書き、ブナ科コナラ属のクヌギの古名で、その実であるドングリや樹皮で染めた色のことを「つるばみ色」と呼んでいた。
つるばみによる染色は、媒染によって色が変わるのが特徴で、素染めだと亜麻色のようになるが、灰汁を使うと黄色っぽく、鉄媒染では黒っぽくなる。
平安時代においては、つるばみ色は貴人の喪服の色となっていたが……。
片渕須直監督は作品タイトルについてこう説明している。
これでメインビジュアルがやたらと色が沈んでいる理由がわかってくる。喪服の色だ。
英語名タイトルに掲げられているのが『Mourning Children』。『Mourning』は「喪・追悼」という意味で、タイトルを直訳すると『喪に服す子供たち』となる。
動画の説明文を見てみると
と書かれている。平安時代、人は死とどう向き合ってきたのか……それが作品のテーマだということがわかる。
過去動画を見返すと、この世を去った人の名前を読み上げる場面がある。結構尺を使った場面で、どうしてこんな場面をピックアップしたのだろう……と以前は不思議に思ったが、清少納言の周囲の人々が次々になくなり、孤独になっていく過程が描かれていくからだ……ということに気付いた。
「なぎ子」とは、清少納言の本名が「清原 諾子(なぎこ)」とする説があるから。「清少納言」は実は本名ではない。どうして清少納言を名乗っていたのか……そのあたりも諸説あるようでよくわかっていないらしい。
(改めて初期に公開された動画を見ると「清少納言諾子」と書かれたものが出てくる)
映画『つるばみ色のなぎ子たち』| メイキング映像ー片渕須直監督最新作の制作秘話披露 | The Mourning Children Behind The Scenes
アニメのメイキングっぽくない動画だけど……。
平安時代の貴族の服である十二単が再現され、動いたら皺がどのように動くのか検証されている。
それにしても、この時代の衣装は重そうだ。
当時の灯りがどのていどの明るさ/暗さなのかが検証されている場面。
平安時代、貴族の女性と逢うとき……というのは夜でロウソクの明かり1本しかなく、それで結婚しても「妻の顔をよく知らない」という話があったそうだけど……。なるほど、この暗さじゃわからんわ。
当時の松明がどのような燃え方、煙の吹き出し方をしたのかを検証している場面。こういうところまで検証しているアニメって、史上初かも知れない。
一応解説を入れると「FIX」は「フィックス」と読み、画面が止め絵で固定されていること。画面右側に数列がダーッと流れているが、これはタイムシート。タイムシートに打ち込んだとおりに動画が動く。
スタッフが何かを養殖している場面。どうやら「ボウフラ」らしい。
片渕須直監督によると、平安時代はマラリアが蔓延していたそうな。
資料は『日本史の謎は地政学で解ける』より。
平安後期の日本は温暖期だった。この頃、京都を含む近畿地方では日照りが起きていて不作。住民が飢えに苦しむ問題が起きていた。一方の東北が農地として理想的な土地になっていき、こちらでは豊作になっていた。
清少納言の生没年はすこし曖昧で、966年~1025年頃となっている。平安後期の深刻な温暖期……よりも100年ほど前だ。でもこの頃には、マラリアのような温暖化の予兆のようなものは起きていたのだろう。
アニメのメイキングとはとても思えないような映像が続くが……これは当時の染色を再現し、実際どのような色だったかを検証している場面。最初の「色」の説明にあったように、つるばみ色とは素染めだと亜麻色に、灰汁を使うと黄色っぽく、鉄媒染では黒っぽくなる。
これが実際に説明されているとおりなのか、その通りだとしても実際の見た目としてどんな色になるのか……を検証している。
片渕須直監督新作『つるばみ色のなぎ子たち』紹介映像第三弾 |KATABUCHI Sunao’s Next Work Part3. 2022.7.1
10ヶ月前に出ていた動画も、タイトルが変更になっている。
冒頭、検証で作成された松明の動画から、抽象度がどんどん上がっていきアニメの動画に変わっていく場面が描かれている。ロトスコープかもしれないが、じっくり観察した上で再現された動画だから、抽象度が上がってもリアリティが変わっていないように感じられる。
改めて過去の動画を見るけど……ああ、そういうことか。人がどんどん死んでいっている姿が描かれていたのか……。そんな時代だからこそ、ささやかなものに幸福を見出そうと……。
これはいい作品になりそうだ。
片渕須直監督の凄いところは「作家」というより「学者」として作品と向き合っていること。宮崎駿のような内的な感性から沸き上がってくるタイプではなく、高畑勲タイプだ。通俗的な作品として描かれがちな描写は果たして本当に正しいのか、実際はどうだったのか。通俗的なイメージをただなぞるのではなく、実際の場所に行ったり、当時使われていたものを再現して、実際はどういったものだったかを検証した上で作品を作る。
前作にあたる『この世界の片隅に』はよく描かれがちな「戦争ドラマ」の描写が正しいかどうか検証され、ほとんどが間違っていたことを確かめ、そのうえで事実に即した描写を積み重ねた上でフィクションが描かれた。そうやって作られた作品は、「よくある戦争ドラマ」に思えて「見たことのない場面だらけ」だったので、ものすごく新鮮だった。
よく描かれがちなものほど、実は実際とはかなり異なる。前任者が雰囲気で描いたものをただなぞっただけにしかならない。だからこそ、検証を重ね、実際はどうだったかを確かめながら描く。歴史ものの場合、それが実際の時間を生きた人たちに敬意を払うことになるからだ。それに、「みんなが思い込んでいた平安時代イメージ」を間違いなく刷新するはずだから、新鮮に感じられるはずだ。
それは非常に手間のかかる話――なにしろあまりにも昔の話になると、わからないことのほうが多い。それを片渕須直は徹底して資料を読み抜いて検証する。
別の動画だが、気象庁のデータを取り寄せて、清少納言の日記と場所を照らし合わせる作業をやった……という話をしていた(気象庁データには1000年前の天気情報もあるそうな)。清少納言が書いた日記と実際の気象庁データと照らし合わせてそれが「いつ」「どこ」だったのかを正確に割り出す作業をやったそうだ。その上で、「その日は雨だったからこの場面はこう見えていたはず」そして「こういう風景だったから、こういう気分になったはず」……というふうに映画を構想していったそうな。……そんな細かい検証、学者ですらやってないかも知れない(一般観客よりも学者が喜ぶ作品になりそうだ)。
なんにしても、「今まで見たことのない平安時代」になるのは間違いない。知っているようで初めて知ることだらけの作品になるはずだ。それがどういったものになるのか、非常に楽しみだ。
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