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Netflix映画 レヴェナント:蘇りし者

 冒頭。1823年アメリカ北西部。とある拠点で獣の毛皮を収穫していた一団が、先住民達に襲撃される。
 激しい場面だが、1カットが非常に長い。カット割りに逃げず、妙にドキュメンタリー的で、その場に起きている混沌に真実味があって“劇映画”を見ている気分ではないような心地にさせる。最後はかなり長い長回し。長回しだが、どの瞬間も恐ろしく美しい。あれだけカメラが動き回っているのに、人物の配置や、背景の見え方が画になっている。そして「恐ろしく」「美しい」。この恐さと美しさが全編に張り巡らされる。
 拠点を襲撃されて、やむなく移動する一行だが、その最中、グラスが熊に襲われる。このシーンもワンカットの長回し。ディカプリオ演じるグラスが熊に襲われ、突き倒され、服を剥ぎ取られて、背中の肉をズタズタにされ、手を噛まれ……これがワンカット。もうただただ怖い。熊はもちろんCGであるはずなのだが、襲われる過程をあまりにも克明に描いてしまっているので、“劇映画”であることを忘れそうになる(どうやって撮っているのか本当にわからない。メイキングが見たい)。
 その後、フィッツジェラルドの裏切りに逢い、グラスの復讐が始まる。が、すぐに復讐の物語へと移るのではなく、極寒のロケ地カナダを舞台にした生存の旅が始まる。熊に襲われた直後で、体はボロボロ。復讐を決意したものの、立って歩くことも喋ることもできず(ここから1時間ほどディカプリオはほぼ台詞なし)、這い回って死肉を喰らい、しかも背後には先住民達が追跡してくるという状況下の中、生きることと復讐することだけを糧に生き残ろうとする。
 ご都合主義的な展開がほぼない(回復スピードだけが異様に早い)。どこまでもボロボロで、ギリギリまで追い詰められた男の、決死の復讐劇の物語だ。先住民から逃れるために、氷点下の川の中へ逃げ込む場面があるが、あの場面、ディカプリオはウェットスーツも身につけず、スタントも使わずに自ら飛び込んでいる。演じる方も、極限まで体をいじめ抜いて、壮絶な生存競争の物語を表現している。
 容赦のない厳しさが全編に漲る映画だが、その一方で、例える言葉をなくすくらいに自然が美しい。峻厳な世界の美しさ、その自然にどうしようもなく痛めつけられる人間。美しい世界の中、ただ這い回ってあがくことしかできない人間の弱々しさ。自然の光景があまりにも美しい、ドキュメンタリー的に自然の変化を追いかけていっているので、この辺りから劇映画かどうかなんて考えなくなった。
 この作品の裏テーマにあるのが“信仰”だ。グラスは死地を彷徨う最中、冷酷な自然の中に幻覚を見る。荒野の中に、カスパー・ダーヴィト・フリードリヒの絵画を思わせる廃墟の教会が現れる。朽ち果てた教会なのに、鐘が鳴り続けている……天使が遣わされている瞬間だからだ。グラスはそこで、死んだはずの息子と再会する。

上:カスパー・ダーヴィッド・フリードリヒ 樫の森の中の修道院
下:レヴェナント映画中のカット

 もう1人、自然の中に神を見出した人物がいる。フィッツジェラルドの父親だ。父親もまた、大自然の中で追い詰められて、神を目撃している。……だがフィッツジェラルドが見たのは「ただのリス」だった。フィッツジェラルド自身は神を見なかった。
 神を見た者と、見なかった者が対峙する物語。大自然の中では、この壮絶な復讐劇も小さなお話でしかない。
(ちょいネタバレ話。
 グラスは雪山を彷徨う最中、しばしば夢を見る。その中で、死んだ妻の姿を見る。その妻が空に浮かんでいて、グラスが地上にいる。天上の人、と地上の人……という対比だと思う。映画の結末、グラスは覚醒した状態で、妻を目撃する。グラスは雪山で生死を彷徨い、その煉獄のごとき光景の向こう側で、復讐を果たし、“天国”に近付いていく。ちょっと思い出すのは、『神曲』のベアトリーチェ……正解だとは思わないけど。雪山を地獄と見立てて、そこを彷徨い、しばしば天使の導きを借りながら、地獄の向こう側、天国への入口を見出そうとする……そういう構造なのかも知れない。それで、先住民達というのはその土地の守護者。ある意味での審判を下す地獄の鬼。グラスは守護者の祝福―天使となった息子から祝福を得たが、フィッツジェラルドは祝福を受けていない。だから守護者に殺された。「裏切り」は『神曲』においては重罪だ。妻と息子がネイティブである設定は、こういうところで関連を持っているのだと思う)
 本当に素晴らしい一作。見終わった後も、ずっと頭の中にこの映画の映像が残っている。長く語られ続ける名作になるだろう。

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こちらの記事は私のブログからの転載です。元記事はこちら→http://blog.livedoor.jp/toratugumitwitter/archives/51617094.html

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