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心の浄化週間〜The last day off〜

「朝だよ。起きて、おっはよー。」息子の枕元にあるキャラクター時計が騒ぎ出す。
今日は一人暮らしの父の付き添いで病院へ行くことになっている。
もの忘れ外来に認知症診断を受けに行くのだ。
要支援1の父親は、足腰が弱くなっており、4か月前に階段で転んで骨折をした。幸い杖がなくても歩けるくらいに回復したが、足を少しひき摺って歩いている。

電車を2回乗り換え小1時間、さらにバスに乗り換え15分ほど揺られ、大きな団地群に囲まれた谷間のバス停で下車すると、蝉の声が聞こえた。
父は東京の多摩地区の団地の老人向け単身住宅に住んでいる。
丘の上にある建物の入り口までは、階段やスロープを息を切らしながら登らなければならない。老人には酷な立地だ。
玄関チャイムを鳴らして、ドアを捻ると鍵があいていた。廊下の奥からびっこを引きながら父親がでてきた。
「鍵閉めないと不用心じゃん。」と言うと、
「アンタくると思ったから。誰も入ってきやしないよ、こんな老人の家。」と言う。
「ジュースないから、お茶でいい?」と言うから
ありがとう、と言った。
団地の4階のベランダからの景色は西向きだが丘の上に立っているので意外と悪くない。

冷蔵庫を開けて中身を見る。
似たような食材が複数でてくる。どれも賞味期限が切れている。
買ったのを忘れて同じようなものを買い込む癖がある。「賞味期限切れてるの、捨てるよ。」と声をかけてゴミ袋にまとめていく。
父は、観念した顔をして、私のすることを隣で見ている。
2ヶ月に1回は訪問して、この冷蔵庫の整理をする。
最近物忘れが激しくなってきて、病院予約の時間や支援センターの支援員との約束をすっかり忘れてしまったりしていることが続いた。
極めつけは、先日お墓参りでいつもの駅で待ち合わせをしたのだが、駅まで来れず迷子になってしまったのだ。携帯電話で誘導し事なきを得たが、認知症検査を専門病院で受けることにしたのだ。

病院では、まず問診表を記入する。
ズラリと質問が並ぶ。
・「季節がわからない」 【はい・いいえ】
とあったので、父に聞いた。
「いまの季節は、春・夏・秋・冬のどれでしょう?」
「うーん、冬。」
と答えたので、[はい]に丸をつけた。

認知症のテストと脳のCTを撮った。
長谷川式診断で30点中14点、MMSEで30点中18点とのことで、軽〜中度の認知症と診断された。
CT画像をみる。海馬に萎縮は見られないものの、脳の血流が弱くなっているので、血管性認知症との診断だった。要介護がつきそうだ。

父を自宅まで送りとどけ、帰宅する。
帰途、商店街に最近オープンしたケーキ屋さんに立ち寄って丸いホールケーキを買った。
今日は結婚記念日だ。
ケーキが大好きな息子の喜ぶ顔が目に浮かぶ。
ロウソクももらった。部屋を暗くして、ロウソクの火を吹き消すのは息子の役割だ。

明日は出社する。チームの仕事と関係ない監査関係書類の整理をすることになっている。
明日の天気をスマホで確認し、眠りについた。

「お母さん、トイレ!」の声にハッとする。
仕事の執務室でどこに座るかずっと考えながら浅い眠りを貪っていた。
枕元のスマホを探し当てる。
時間を確認し、起き上がる。


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