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心の浄化週間〜Restart〜

「行ってきまーす。」
ランドセルを背負い、ドラえもんの上履き袋とトイストーリーの運動着袋をぶら下げて息子が玄関から飛び出してゆく。
「行ってらっしゃーい。」と私と夫がハモる。
化粧の手をとめ、洗面所の小窓からのぞくと元気に駆けていく息子の後ろ姿が見える。
久しぶりの化粧だ。寝不足は解消したので化粧のノリはいい。
「気をつけて行ってらっしゃい。」と夫。
「今日は帰るの19時くらいかな。行ってきます。」と応え玄関をでる。

今日は涼しい。白い薄曇の空からパラパラと雨粒が降っている。道行く人々を見ると、皆傘を持っているものの手にぶら下げて歩いている。
私も傘をささず駅まで向かう。

久しぶりの満員電車に辟易した。
上野駅のプラットフォームに押し出される。
もともと汗かきな体質だが、額から汗がポタポタ落ちる。カバンに手を入れハンドタオルを取り出し、額を拭う。
電車の中では身動きできなくてタオルがだせず、ダラダラ顔を伝う汗が冷房に冷やされて不快だった。
見慣れたコンコースを歩きいつもの改札へ向かう。この時間は開店している店舗はまばらだ。
ドラッグストアで汗拭きシートを買い、コンビニでペットボトルのお茶をつかみ、セルフレジでピッと支払いして、コンコースを歩きながら喉を潤した。
職場が近づくに連れ、胃の奥がぎゅっと締め付けられ、動悸が早くなるのを感じた。

社員証をタッチして執務室に入る。
まだ数人しか出社していない。
さて、どこに座ろう。
フリーアドレスなので、座る場所は決まってない。
私はロッカーを背にした角の席を陣取った。
ここは2番目によく座る席だ。
全体がよく見える。
前の席に別部署から最近異動してきたばかりの子が座ってきた。私の事情は知らないと思われる。
「おはようございます。」と声をかけたら、「おはようございます。」と私をチラッとみながら言った。
「おはようございます。」と私の右横の席に座ったのは、最近育休から復帰したSさんだ。彼女とは子供の話しをよくする。
「おはようございます。」と返した。
「お久しぶりですね。」とSさん。
フリーアドレスで在宅勤務も多い職場なので、1週間程度見かけないのはザラだ。
「子どもが具合悪くて在宅勤務したり、その後私も体調崩して休んだりしてたの。」と答えた。

パソコンを開き電源を入れ、モニターを運んできて接続する。ロッカーから出してきた文具や眼鏡、書類などを机の上に並べる。
フリーアドレスの面倒なところは、来た時と帰る時にいちいちパソコンやモニター備品、使っていたものをロッカーに出し入れしないといけないことだ。
身の周りの持ち物を極力少なくする癖がつくので、無駄なものが増えないという利点もある。

メールを確認したり、実績抽出したり、とりあえず状況確認しながら、少しずつ視線を拡げて誰がどこに座っているか確認する。
チームリーダーが部長の席の真前に座っているのが見えた。
Tさんがみつからない。トイレに立つ時に見渡すと、パーティションの陰に隠れた隅っこに座っていた。彼女は私がチームから抜けると一番仕事が増える。大変申し訳なく、何度もメールで謝っているが、私に気を使っているのか視線を伏せたままなので、声はかけなかった。

上司が声をかけてきた。
ロッカーの鍵をあけ、この監査資料のファイルをチェックするように、と言われた。
仕事を与えてくれたことに感謝しつつも、なくてもいい仕事だよな、と少し申し訳なく思いながら目を通す。
自分のチーム以外がどんな仕事をしているのかをだいたい把握しているつもりだったが、稟議書を事細かに確認すると、新たな発見がある。
こんな雑用をこのチームがやってたんだ、とか、
あの人はこの仕事の中心で動いていたのね、など。
上司の意図がわかり、黙々と仕事をした。

職場の同僚は、皆黙々とそれぞれの仕事をするので、誰も私のことは眼中にないようだ。
椅子に根が張ったかのようにただ仕事をする。
勤務時間をやり過ごし、机をキレイに片付けて帰途につく。
雨粒が電車の窓にへばりついている。
かなり雨が強くなってきた。
ボツボツと音をたて窓に激突しては、電車のスピードに耐えきれず斜め後ろに落ちてゆく。
前の人が下車したので椅子に座りスマホを取り出しネットニュースを漁っていたが、眠気に襲われ気がつくと降りる駅にちょうど着くところだった。
乗り過ごさなくて良かったと思い、これが今日一(キョウイチ)のラッキーだったな、と思った。
電車を降りたちょうどその時、電車とホームの屋根の隙間から雨粒が頬に落ちてきた。
私はハンドタオルをバックから取り出し、汗を拭うように雨粒を拾った。






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