腹が減ってはファックはできぬ

しょうもない。実にしょうもない。
だが私はこの一説が大好きだ。

人間の3大欲求のひとつを満たすためにもうひとつを満たす。前述したように一見は実にしょうもない一節に見える。けれど、果てしなく「生」を感じる。人間ここまでシンプルであって良いのではないかとさえ思わせる。

馬鹿だ。本当にこの男は馬鹿だ。誰も聞いたことのないような三流私立大学生で、興味のあることと言ったら女子高校生とのセックスと派手な洋服と飲酒と馬鹿話。生きてるなあって感じがする。

このnoteの題名の一節を本書のなかで放った女子高校生は、上記のようにも語る。

この女子高生も、ファックのために腹を満たす。生きている感じがする。

山本文緒 『シュガーレス•ラヴ』。
恋に、愛に、静かに藻掻き苦しむ登場人物たちの葛藤が描き出されている短編集である。
3大欲求とは相反して、恋だの愛だのというものは実に複雑だ。だからこそ、「腹が減ってはファックはできぬ。」この一説が異彩を放って見えたのかもしれない。

この世の中にそんなふうにシンプルに生きることをどれだけの人が望んでいるだろう。
家族との関係、恋人との関係、職場の人間関係、自分の人生、病、ストレス。
ファックのために腹を満たす本書の女子高生さえ、アルコール依存症だ。同性の幼馴染のことが大好きで大好きでたまらない。本当はシンプルな生き方とは程遠いところを生きている。だけど、そのむしろ「生きている感じがするシンプルさ」よりも「どうしようもないなかでどうしようもなく生きている」方に私は愛着が湧く。後者のほうがある意味ではどこか人間臭いからだ。

どう生きてもいい。ファックのために腹を満たしてもいい。(ならないに越したことはないが)アルコール依存症になったって良い。それが人間らしい生き方だ。生き方についてこれを読んでいる誰かに押し付けるつもりは毛頭ない。私は、シンプルに生きることができなくても自分の人間臭さを愛していきたいと思った。

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