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自己愛

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まとめ。
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2022年8月の記事一覧

はるかなカプセル

カプセルをふたつぶ、
たったそれだけで
体が輪郭になった。

端折らずに丁寧にいえば
服用から数時間で
四肢は周囲の物質と同化し、
ふわふわと行き場をなくした。

そこで体を確かめる。
するとたしかにここにある。
眠るまえのまどろみのような
体のいどころを曖昧にして
かろやかになったと感じさせるのが
感冒薬のしくみ。

ぼんやりとした全身のまま、
あの子はまだじぶんの体に
毎日の薬を欠かさずに

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生霊

眠りにおちるすこしまえ、
きょうの続きの夢をみる。
耳元で名前を呼ばれたり、
浮遊する意識の外側を守る
薄っぺらなぼくの体の背面から
架空の両腕が伸びてきて、
現実に抱きよせて
ベッドのうえに戻したりする。
目を覚まして、慌てる。
残る感覚はすべて
子どものころ、
母親に抱かれて寝たときの。
ふたりの心地よさのための
抱合ではなく、
なにか大きな流れのなかに
必然としてある抱合だった。

生きてい

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いもむし

仕事がない日は行くとこない。
悲しいのに慣れてしまった。
家にひとりでいればだれでも、
だれでも悲しいさ、
気分の落ちこみは暇のせい。
そうだよたしかに暇のせいだな。
だけど考える時間を設けて
考えた結果悲しいのにね。
間違ったことのように
言われてもね。
いもむしになっちゃった。

いざ、じぶんが、
そんなの間違ってるよ、
不幸だよと言われるような、
でもじぶんがよければ
それでいいとも言われる

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かぼちゃ

元気だったことなどない。
ものごころついたころにはなにか不安で。最初の不安は、いつかすべてが終わるということでしたね。

今は、両手にかぼちゃを持って走る。
大きいのと小さいの。
どちらか選んでもらうから。
かぼちゃボーイこと私が飛びだすと少し声をひそめた野菜ボーイと肉ガールの談笑もかわいい。

小さいほうのかぼちゃ「なにかやましいことでもあるわけ?」
青いよ野菜ボーイ。

かぼちゃを待っているの

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肉塊

肉の塊を大きくしすぎて中心までタンパク質を変性させることが可能か怪しかったが、焼きおおせた。

感じていることを言葉にすることがだんだんできなくなってきた。必要のなくなった器官が退化して萎んでついには胴体に吸収されてなくなるのを想像する。

こうしてだんだん、人間ではなくて、ただ肉塊になっていくのも涅槃への過程だとおもった。ひとつひとつの機能が終わってゆくときの苦痛も言葉がなければ言い表されないの

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桃ころころシステム

どんなお仕事なんですかと言われると大体
「まあそうですね〜、今の季節ですと桃をころころしていることが多いですね」
「桃を?」
去年の夏も、今年の夏も、私は桃をころころしている。

もうどこかに書いた気がするのだが、桃というのは非常にデリケートなので小売店に入荷されるまでのあいだにどうしても一定数は傷んでいる。それを売り場に出すわけにはいかないので検品をする。上から見てきれいでも、けつの部分が悪くな

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