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自己愛

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まとめ。
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2022年6月の記事一覧

パンはもとより固めてあるのではないか

サラダやスープに入っている
パンを四角く固めたようなあれは
どこにありますか。

たずねられてすぐ、ああ「サラダやスープに入っているパンを四角く固めたようなあれ」ね、はいこちらです、と売り場を案内したのだが、その日いちにち違和感が残った。

あれの名前だけ知らずにあれ自体のことを知ってる状態って、ありえるの……?

あれのこと知るとき人は、同時にあれの名も知るのではないの……?

むしろ名前のほう

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硝子

緩衝材など鞄から取り出してなにがはじまるのかと思ったら、
「今日は絶対にやりたいことがあるの」
キッチンのすみに割れたグラスが三つ飾られているのを、包みはじめたので、やめてほしかった。
「持って帰って会社で捨てるから」
「絶対にやめてください。来週ごみの日に出しますから」
ぼくは焦って、適当な紙袋を拾ってきてマジックで「割れ硝子」と書いた。ガラスという言葉を漢字で書くのはきらいなのに、とっさに漢字

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あじさいレトロニム

先々で見たあじさい。
まんなかには霧のように
細かい花が集まって、
がくがそのまわりを
輪を結って飾っている。

これのこと「あの変な種類のあじさいはなんなの」と母に言ったら、それがもとの種類だぞと怒られた。
で、六月のイラストを書くときに傘とカタツムリと一緒に並んでいるようなこんもりした花はがくあじさいという新しい品種なのだと、教わった。

ちなみにこれは半分誤りである。
たしかにこんもりしたほ

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命がけのちゃり屋

このちゃりんこはあそこで買った。あそこは親子でやっていて、たぶんね、たぶん親子でやっていて、私がこれがいいなとなんとなく思っていた自転車を息子さんとおぼしき男の人が「これがいいですよ」と言ってきて、じゃあこれしかないじゃんと思って買ったのだった。

最近、漕いでいる途中でチェーンが外れることが多くなった。乗り物なのできちんと整備しなければ危ないこともあるが、得てして雨ざらしで保管されてろくに面倒を

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塔のふもとの町には人々が集まって騒いでいた。食べ物屋はどこも満員で、番号の書かれた札を渡されて、呼ばれるまで待つという始末だった。

ぼくたちの目当ては、とある漫画を呼び物にして一か月間だけ開かれる喫茶店であった。ふもとの町はいくつかの建造物のなかに詰め込まれていて、小さな喫茶室を見つけるのに苦労した。

この喫茶店は大盛況で、ここでも数字の札を持たされる。七時間待ちとのことだった。

しかたが

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褐色の円周

若くして亡くなった子の映画を見たあと、まだ子どもの顔をした男の子が次から次へとコーヒー豆をさばく手つき、深く切られたピンクの爪と褐色の前腕。ここに興味を持ってくれたのですかと言う声に恍惚してこのあと、湿った手をほどくときなんて断るのがいいか考えておくのや、今日の日記を書くのを忘れた。 これがコーヒーの輪郭。

心の鏡、汚い。
ぶさいくな顔、きれいな心。

「見えているよ」と嘘を言う。それだけで、涙

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なにしろ賢い

ヤクルトをもらった。
決まった時間に倉庫に侵入してきてパンを食べていくカラスが、今回はヤクルトをやったらしく、一本だけごくごく飲んでいったからあとの九本をみんなで分けたというわけ。

カラスが触ったヤクルトなのか。

ひとのもの盗ったらだめだよ。
でもそれって人間の法律なので、カラスには関係ないか。そのうちペットボトルの飲料も空けてごくごく飲んでいたりして。
なにしろ賢い。

ある日なんて、だれか

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さいご

参道を歩くとき
境内の左右対称の求心力を
感じるようになったのは
どのように終わりにするかを
考えはじめてからで、
どこかじぶんの命を
ひとつの命として
手放して考えるようになったころ、
そこではじめて
鳥居も、狛犬も、仁王像も、
我々の命を迎えるように見え、
なぜ人類が脱自然界からの
表明としての宗教に
左右対称を選んだか、
身を以て知る。

老夫婦がいた。
妻は玉砂利のうえを
十秒に一歩すす

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卑怯

花の落ちる寸前の
茎のさま。
舌に命乞いをする氷菓。

好き勝手散らしてきたくせに
ゆるせない。
ゆるせないのに
「もうすぐ死ぬのだとおもう」
息を切らして言う人の
果ての呼吸をする肩を
本気では憎めなかった。
まともに育たなかった犬を
四肢の付きたがえた犬を
四半世紀前にも
会っていたかもしれない
道で倒れた犬の
おまえが見捨てた犬の
転生が私だとしたら。
お前が選ばなかった全ての道が
私の道に

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まゆげ

まゆげが離れていってしまう。かみそりに任せているとまゆげがどんどん離れてやがて二つの点になって左右に残る。

もっと離れて耳の横の空中に浮遊する。さらに離れて部屋の壁を突き抜ける。どこまでも左右対称に旅をする。だれかの家のなかをまっすぐ通過する。そのときにはまゆげには見えないでしょう、片方しか浮かんでいないから。ひとまとまりの毛が空中を飛んでいく。

やがてブラジルですれ違う両眉。ブラジルの人たち

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