命がけのちゃり屋

このちゃりんこはあそこで買った。あそこは親子でやっていて、たぶんね、たぶん親子でやっていて、私がこれがいいなとなんとなく思っていた自転車を息子さんとおぼしき男の人が「これがいいですよ」と言ってきて、じゃあこれしかないじゃんと思って買ったのだった。

最近、漕いでいる途中でチェーンが外れることが多くなった。乗り物なのできちんと整備しなければ危ないこともあるが、得てして雨ざらしで保管されてろくに面倒を見てもらえないのが自転車。チェーンは錆びついて伸びきっていた。

とても危ない。しばらくだましだまし乗りまわしていたがある日立ち漕ぎをしているときにチェーンが外れ、体重をかけて力を込めているほうの足が踏みごたえのなくなったペダルから滑りおち、ぐちゃっと地面に落ちるという体験をした。うまく着地したので平気だったが、下手したら死なので、これは修理だとやっと思った。

あそこで買ったのだから、あそこで直してもらいたく、持っていった。その日店にいたのは父親のほうらしき老年の男性だった。
店に入ってこんにちはと声をかけるとテレビから目を離してこちらを振りむく店主。チェーンの交換は一時間かかるということで、ちゃりを預けて一度家に帰って待った。

急かしたら悪いので、一時間後を少し過ぎてから行ってみると、私のちゃりんこはまだ横に寝ていた。そのよこで老店主が四つんばいになって息をきらしている。
それも息も絶え絶えというかんじである。
「ぐわぁ、ぐはぁ、時間がかかる」
時間がかかる……彼はたしかにそう言いながら、新しいチェーンをとりつけている真っ最中であった。そのままだと肺が口から全部出てしまいそうなほどの苦しい呼吸で、頭を振り乱してチェーンの交換をしている。
店内にはひとり、他の客がいて、狭い部屋にびっしり並べられた自転車をながめてまわっている。死にそうになりながらチェーンを交換する店主が見えていないようである。
「ずわぁ! 今終わるからね……だばぁ!」

いいんです。ゆっくりやってください。
私は座って、命の燃える様を見た。すごい情熱である。絶対にあきらめない。絶対に修理する。全身全霊でチェーンを交換する!

「はい5200円です」
作業を終えると突然、落ち着いた声で言われ、「は、はい」私は金を払って、そそくさと店を出た。
直った自転車は快適だった。漕ぐときにさまざまな部分ががらんがらんと鳴っていて分解しはじめそうな心許無さだったのが、いまは無音ですうと走る。
風をきる私の夏に命をかけてくれて、ありがとう。

五本指ハムスター✌🏻🐹✌🏻