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回し読み

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ぺけぽん
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#小説

ダーカカカアカーカ

それはいつも 突然にやってくる --*-- 「新山、おまえのことが好きらしいよ」 修学旅行が終わってからずっと、空前の恋愛ブームが中等部の校舎で巻きおこっていた。発端は、旅行の最終日にA組の田辺が綾瀬さんに告白してOKをもらったビッグニュース。綾瀬さんはファンクラブが各学年に存在するほど人気が高いバスケ部のエース。いっぽう田辺は、目立たなくて影が薄い優しいだけが取り柄みたいなヤツだ。 そのニュースは一瞬でオレたち2年生の間に広まり、学校中に知れ渡るのに2日とかからな

羽化する

 玄関のドアノブは昨日より冷たかった。ドアを開けた瞬間にひやりとした風が頬に絡んだので、ああ、また季節が変わったなと思う。マンションの錆びついたドアを出ると冷気が濃くなった。息を吸うと鼻の奥がツンとして、僕はジャンパーのファスナーを首元まで あげる。僕は右手に持ったデジタル一眼レフカメラを弄びながら、歩きなれた道をぶらぶらと歩いた。左手はポケットの中にある。  この街に来てもう5年が経つ。小さなデザイン会社に就職が決まって、大学を卒業すると 同時に実家を離れた。誰も知らない

字下げ自動化ツール #字下げくん を作りました

サマリ ・小説の文頭に全角スペースを一括挿入するツールを作りました。 ・会話文(「、『、【ではじまる行)は例外で、スルーされます。 ・ブラウザベースなのでPC以外のデバイス(スマホやタブレット)からも利用可能です。 ・ついでに感嘆符のあとの半角スペースを全角に変える機能もあります(iOSで執筆してる方向け) URL「字下げくん」http://tate-ala-arc.com/apps/mr-jisage.htm はじめに 初めてのかたははじめまして、いつものかたはいつも

【小説】祖母の指輪

小さい頃からおばあちゃん子で、鍋に菜を入れたり庭仕事をしたりする祖母のかたわらに、私はいつもくっついては甘えていた。しわが深く刻まれていても、祖母の手は美しかった。そんな祖母の細い右手の薬指には、いつでもアメジストの指輪が、きらきら光っていた。 「おばあちゃんの指輪、きれいだねえ。きれいだねえ」 私は何回でも言った。幼い私の目には、祖母の指輪はお話で読んだ王族貴族の宝物のごとく映っていた。祖母はあったかくて気風のいい人だった。八十代になってもてきぱきと家事をこなしていたし

レジに立つ僕

梨を買うことにしたから、お弁当は安い方にした。手の中のざらっとしている梨が妙に重く感じる。前に並ぶおばさんは、梨の何倍もの重さのカゴをレジ台に乗せて、大きくためいきをついた。ぴ、ぴ、ぴ。店員さんは息つく間もなく商品を手にとって、レジに通していく。あろうことか、手を止めないまま顔を上げて、にこやかにおばさんに話しかけ始めた。 「今年は、梅雨が長いですねぇ」 「ほんとうね、いつまで降るんだか」 おばさんは、大きく頷いて笑っている。店員さんも笑うと、髪と名札が揺れた。名札には

『ツキモノ』

夫の陰に女がいる。髪の短い立派な女。 半年ほど前からぼんやりと見え始め、彼岸を過ぎたらやけに濃くなった。 特に夕方、輪郭が際立つ。 こういう現れ方をする女は、大抵髪が長くて細身で陰湿で頼りない容姿のはずなのに、夫の陰に立つ女はいやに堂々としていた。 まっすぐにこちらを見る。その目に意志がある。この世のものではないのに。 長い間見てはいけない。すぐに目を逸らすつもりが、女の大きな瞳にいつもわたしは引き込まれてしまう。 わたしよりずっと若かった。二十代半ばか。膝丈のワンピー

昨夜わめきちらした隣人が笑っている

 「なんでそんな簡単なこともできひんのや!!」  家族で夕食を囲んでいると、竹内の奥さんの大声が響いた。  隣に住む我が家のリビングまでである。  甲高くて、それでいて腹の底から沸き上がるような声。  オペラ歌手が隣で発声練習でもしているのかと思うほどである。    おそらく僕たちの家だけではない。   この辺りで暮らす住人のすべてが被害者だった。  あの奥さんの大声に比べたら、タクミ君のエレキギターなんて可愛いものだ。  だけど、竹内さんの家に苦情が入ったという話は不思議と

欠ける、満ちる、食べる。

中国や台湾では、どこも欠けていない満月を「円満・完璧」の象徴ととらえている。中秋節の満月の日に、家族が日本の正月のように集まり、食事をしながら満月に見立てた丸い月餅というお菓子や、文旦という果物を食べる習慣がある。 引用:https://www.gldaily.com/inbound/inbound2611/ *** 理由なき否定ほど、腹の立つものはない。 結婚前に勤めていた職場の上司は「なんか違うんだよね~」が口癖だった。 タバコ休憩が趣味の二回り以上年の離れた上司

『いろいろあった』

「昔いろいろあって」 「みんないろいろあるよ」 この言葉を聞くたびに思ってしまう。 玉石混交な人の経歴を"いろいろあった"で勝手に集約しないで欲しいと。 あるいは、そんな言葉でまとめられるような出来事しか経験してこなかったのかと。 今でも思い出すたびに苦しさのあまり身悶えして転げ回りたくなるような、"いろいろあった"なんて言葉ではとても表現できない、あの記憶。 少し昔の話をしよう。 ------ 北関東の農家に生まれた僕は、幼いころから身体が大変に弱かった。 ちょ

涙が止まらない

 ふっと涙があふれて、そうして止まらなくなり、いくら拭っても、のどは震えて。  それは、家にいるときもそうだったし、電車に揺られているときもそうだった。気づけば、青いハンカチが手放せなくなった。そのうち、ひとつでは足りなくなった。トイレやひと気のない場所へ、よく逃げ込んでいた。家だと、そで口やえりの色が、しょっちゅう。  数分で止まることもあれば、一時間、あるいは一晩中濡らしていることもあった。とろとろとにじむこともあれば、さらさらと伝っていくこともあった。  自分がな

【ひっこし日和】15軒目:千歳烏山とcafe ease

結婚してなにがいちばん変わったかと言うと、カフェに行く、ということが日常に加わったことだ。それは夫が「カフェに行こう」と言うからそうなったのだが、わたしにはなぜカフェに行くのかよくわからなかった。 だって、カフェで何すんの? ふたりで住んでいる家があるのに、わざわざカフェに行くのである。お茶ならここにあるしスイーツを食べたいなら買ってくればいいしランチしたいならわたしがつくるのに、どういうわけかカフェに行こうと言うので、わたしたちは休日になるとしょっちゅう徒歩10分ほどの

塔の上で猫と暮らす [幻想小説/短編]

 彼女の朝は尖塔のてっぺんではじまる。  小窓から射し込む朝陽を受けて目を覚まし、重たい瞼を擦りながら起き上がると、足元で眠っていた小さな子猫がにゃあと鳴いた。夜行性の動物は今朝も二度寝をするようで、鳴き声をあげたきり動こうとしない。この気まぐれな生き物は、毎朝、朝餉の支度を終えた時間を見計らうようにしてすり寄ってくることを彼女は知っている。  彼女は子猫の柔らかな毛をそっと撫で、冷たい床に爪先を添わせる。粗末な寝台がひとつだけ置かれた質素な空間には、生活のための最低限度

犯人はあとがきにいる【ショートショート】

ーーーーーーーーーキリトリーーーーーーーーー あとがき 親愛なる読者の皆様へ 著者の天津川侑吾です。 まずはこの『犯人はあとがきにいる』を手に取ってくれたことに謝意を述べたい。 そして編集の橋本君をはじめとした関係者各位にもお礼を申し上げる。 「あとがきを袋とじにしたい」という私の要望を(苦悶の表情を浮かべながら)受け入れていただいたお陰で、このような特殊な装丁の小説が完成したのだ。 まあ、彼らは二百篇を超える私の著作でたいそう儲けているだろうから、このくらいの注文は呑

KHからの御報告 (芸能人風)