約束のクエレブレ


僕以外に2人だけ乗せたこのバスは
彼奴の元へ向かっているのだろうか。
少し硬いシートに頭をつけて
窓の外に目をやった。

どちらかと言えばインドアな僕が
気付いたらこんな所にいるなんて。
その理由を最後に見つけられるかは
今はわからない。

いや正確には,
ここに来たことに意味があるのかさえも
今はわからないのだ。




30分は経っただろうか
シャンティイ駅からバスに乗って
サンリスと言う街についた。


湊が居るであろう街に。


湊が僕を誘ってきたのは2ヶ月前の事だった。

一緒にヨーロッパに行かない?

湊は就活を終えていて
来年の春から社会人になる。
その前にヨーロッパに旅に行きたいと
突然言ってきた。

1年早く就職してる僕は
仕事があると断った。

ひとり旅が嫌なんじゃない。
3日間だけでも良い。
ヨーロッパにはお前と行きたい。

そう言われて心は揺らいだけれど
色んな意味で余裕が無くて
ごめんと告げた。


それから2ヶ月が経って
湊はヨーロッパへ旅立った。

旅行期間は3週間。
行き先はヨーロッパという事と最初にフランスのシャルドゴール空港着という事以外
未定だった。

湊が旅に出てから2週間と4日が経った時
手紙が届いた。

これまでに行った国々の話と共に
最後にこう書いてあった。

パリから60km北に進んだ場所にある
サンリスって言う街に着いた時
俺は衝撃をうけた。
地面も建造物も全てが芸術で
そして穏やかな人達が穏やかに暮らしてる。
明らかに俺らが今まで過ごしてきた時間と同じ時の流れ方をしていないって思った。

俺たちは何かに追われてるみたいに生きてる気がする。何年後には受験や就職で何歳には結婚して子供がいて、何歳には役職はこのランクで年収をここまで増やそう。って。
だけどこの街には
そこに向かってもがいてる人も
そんな事から走って逃げてる人も
いない様に思うんだ。

みんな今日を生きてる。
そりゃ日本とは違う国だし
日本を否定する訳じゃないんだけれど

家族との団欒や
人との会話
そこに幸せを見出して生きてる人が
俺はただ羨ましく思った。

だから
残りの1週間はこの街で暮らしてみる事にした。

好きな様に生きてた
あの頃の気持ちを思い出して。



それから3日が経って
帰国予定日になったが
湊は帰って来なかった。


今は帰国予定日を1週間と2日過ぎている。

そして僕はサンリスに着いたのだ。


何か湊に危険があったのかもしれない
と言う気持ちはもちろんある。
湊を探しにここへ来たのだから。
だけれどもしかしたら
自分の中の, 違う何かに
突き動かされたのかもしれない。



地図を頼りにホテルに向かって
チェックインを済ませた。
部屋に入り荷物を置いて
観光客用のパンフレットを一冊貰って
直ぐに外に出た。


時刻は16時を回っていた。


手紙に書いてあった通りに
地面も建物を芸術的で
頭ひとつ抜けた高さのノートルダム大聖堂は大きな存在感がある。


とにかく話を聞くしかないと
雑貨店やレストランやホテルに入って
日本人が来なかったかを
聞いて回った。


日本で見たことのない雑貨や

英語やフランス語で書かれた本。


ただの旅行だったならゆっくり見てみたいものが溢れていた。


お店の人はみんな親切で
話しは聞いてくれるものの


情報は掴めなかった。



何よりホテルが有力とみていたけれど
ホテルの数が想像よりも多かった。
小さな街と聞いていたし
あっても5軒程度かと思っていた。
それが恐らく民宿の類も入れれば20軒以上ある。


知らない土地でお互いの母国語では無い英語で会話をしているし, 時間がどんどん過ぎてしまう。

20時を回りすっかり暗くなり
気温もかなり落ちている。

しかし夜になるとライトが着いて
昼間とは違う雰囲気でとても幻想的だ。

昔湊と読んだ本に出てきた景色の様で
懐かしさを感じながら歩いた。

お腹も空いてきて
レストランに入って夕食を食べた。


今日はここまでにしようと
ホテルに向かって歩いていると


一際賑わってるバーらしきお店を見つけた。
店の外でお酒を飲んでいる人達の傍を通って
店の扉を開けた。
広い店内にはたくさんの人がいて
店の奥には大きなモニターが置いてある。
そこに歌詞が出ていて女の人がカラオケをしている。
日本のカラオケの機械とは違い
パソコンを使って操作をしてる。
それがプロのライブでは無い事は
歌っている女の人の歌唱力と
歌詞のうる覚え加減で分かった。

入口のすぐ横にカウンターがあって
店員さんに注文を聞かれた。
僕はモヒートを頼んで
それを受け取り空いていた
カウンターの席に座った。

楽しそうな人達の姿をぼんやりと眺めながら
暫くモヒートを飲んでいた。

サンリスに着いてからの
6時間で僕はここを好きと言った湊の気持ちが
既に少し分かった気がした。

街の綺麗さ 人の暖かさ。


この街で事件に巻き込まれた?
それは今の僕には想像出来ない。


賑やかな声と、上手いとは言えない女の人の歌に包まれながら
僕はモヒートをもう一口飲んだ。

君日本人??

僕は慌てて振り向き
はい と答えた。

見るとその人はヨーロッパ系の肌が白くてメガネを掛けた恐らく現地の人だろうという格好をした
おじさんだった。

1人で旅行に?

"旅行"では無いがそこは触れずに
はい。と答えて僕は続けて言った。

友達を探しにきたんです。

おじさんが表情を少し変えた。

2週間くらい前に
若い日本人の男の子と
ここで話したよ?

僕は直ぐに湊の写真を見せた。

そうそうこの子。
この子を探しに?

そうです!何か知りませんか?


その日はサッカーの中継がそこのテレビで流れてたから一緒に観戦したんだ。
良い奴だったよ!

私はこの店に2日に1回は来るけど
その子と会ったのは2週間くらい前の
一回きりだね。

2週間前だと
帰国予定日の5日前位か。


ありがとうございます。

それ以上の情報は無く
僕はバーを後にした。



確かに湊はこの街に居た。
まだこの街にいるのか。それとも。
湊捜索のリミットは明後日の午前中まで。
明日はバー近辺のホテルからあたってみよう。
僕は広げた地図に赤い丸を何個も付けた。


2日目の朝, ホテルで朝食を取って
店が開きだす10時を過ぎた頃僕は街に出た。

バー付近のホテルを中心にとにかく歩きまわった。

明日の午後には帰らなければいけない。


しかし焦る気持ちとは裏腹に
確かな情報は得られなかった。

定休日で行けなかったお店も回ったけれどそれぞれ距離が離れていてかなり時間を使ってしまった。


気付けばこの日も20時を過ぎて
出歩く人は減り、店は閉まってきている。
レストランも夜の営業中になり
もうこれ以上の捜索は難しい。

ホテルに帰る途中
何処かで夕飯でも食べようかと
周りを見渡しながら歩いていると

何処からかギターの音が聞こえてきた。
まだ通った事の無かった細い坂道を下りながら音の方へ歩いて行くと
その音は細道の先でひっそりと構えた
レストランから聞こえていて
近付いていくと何かを焼いている良い匂いもしている。

こんな所にレストランがあったんだ
と思いながら僕は匂いに誘われるがまま
お店のドアを開いた。



明るい店内。
広さの割には席が少なくて
ゆったりとしている。

お店のお母さんの様な人が笑顔で迎えてくれて
席に案内してくれた。

先客は年配の夫婦が1組。
そしてお店の端の方のスペースで
男の人が2人,ギターを触りながら楽しそうに話をしている。

メニューを見ると
ガレット屋さんの様だ。
色んな具材の単語が並んでいる。
なんとなく分かるのもあるけど
半分くらい分からなかった。


厨房を少し覗くと
50代位だろうか?男の人が1人で
仕事をしている。
となるとホールにいる人は奥さんって事で
間違いなさそうだ。


「注文は決まりましたか?」


僕は1番オーソドックスそうなガレットを選んでオススメされたシードルも頼んだ。


「どこの国の方ですか?」


メニューを下げながら話しかけてくれた。

「日本です。」

「ご旅行ですか?」

「そうです。でも人を探しにきました。」

僕は写真を見せた。

すると奥さんはとても驚いた顔をして
直ぐに僕に言った。

「もしかして、ミナト?」


僕も驚いて
言葉に詰まって一瞬固まってしまった。

「湊を知ってるんですか?」

「知ってるよ!数日前までここに居たから!」


すると奥さんは厨房に振り返り
厨房の旦那さんと話しだした。
フランス語で分からないけど
恐らく湊の事を探しに来た奴がいるという事を伝えているんだろうと思う。

話が終わったのかまた僕の方を向いた。

「料理を作ったら出てくるって言うから
ちょっと待っててね!」

「わかりました。因みに
今湊は何処にいるんですか?」


「それは分からないけど
君との約束を果たそうとしてるはずよ。」

そう言って厨房へ入っていった。


ガレットが運ばれてきて
とりあえず食べ終わってからゆっくり話をしようと言うことになって
僕はチーズとほうれん草の乗ったガレットを食べながら安堵と美味しさで
少し泣きそうになった。


客は僕1人になった店内で
僕の隣の4人テーブルの椅子に
夫婦が座った。

しかし奥さんは何か思い出した様に立ち上がり2人で話していてと言い残し二階に上がっていってしまった。

ワインを飲みながら
旦那さんが話しをしてくれた。

「この店の2階が部屋になっていて
ミナトは1週間そこで寝泊まりしてたんだ。
夜はお店のお手伝いをしてくれてた。
凄くこの街が気に入ったって言ってね。」




「1週間泊めて頂いてありがとうございました。」

「こちらこそお店の手伝いしてくれて助かったよ! 所でミナト、何でヨーロッパに来たの?」


「子供の頃から来たいと思ってました。
ヨーロッパの伝説の生き物の本を読んで。
あの時本の中で見た景色を実際に見たくて。」


「何かヨーロッパの伝説で信じているものってありますか?」


「もちろん!私が一番好きなのは
スペインに伝わる
シャナとクエレブレかな。」


「本当ですか!?僕が読んだのも
まさにクエレブレです!

昔親友と約束した事があります。
いつか一緒に探しに行こうって。

そんな事親友は覚えてないと思うけど…。

この旅にも誘ったんです。
だけど仕事で来られなくて。」


「ミナトはクエレブレを探しに来たって事?」

「探しに来た…訳じゃないですよ。
僕だって本気で居るとは思ってません!」

「いや、信じる事は悪い事じゃないよ。
真実がどうあれ、信じたいものを信じる
自分の心の中は誰にも入って来られる事はないんだから!」


「日本人は真面目なんですよね。
在りもしないモノを信じてると笑われます。」


「それは寂しい事だね。
想う事は自由なのに。」


「現実を見る事が
大人になるって事なんです。」


「それは違うよ。
ミナトはミナトで良いんだ。
子供でも大人でもなく
ミナトで居れば良い。
私の周りはみんなそうやって生きてる。」





「その後ミナトは考え込んで
この旅の最後にクエレブレを探しに行くと言った。スペインのアストゥリアス地方に居ると伝わる竜がクエレブレさ。

次の日朝早くにミナトはスペインに旅立って行ったよ。


大人になる前の最後の馬鹿な事。って
ミナトは言っていたけど、多分ミナトは信じていたいって思ってるんだろうな。

伸ばせて10日って言ってたから
湊はもう日本に帰ってるかもしれないね。」


すると二階に上がっていた奥さんが戻ってきて僕は見覚えのある便箋を渡された。

「はいこれ。君宛なんでしょ?
配送の人が濡らしちゃって宛先が分からなくなっちゃって戻って来たの。
だけどその時にはもうミナトは居なくて
送れずに一応保管してたの。

まさか宛先のない手紙が届くなんて奇跡ね。」



僕は受け取った手紙を握りしめて

深く御礼を伝えてお店を後にした。


ホテルに戻って
手紙を読んだ。
そしてサンリスでの最後の夜が明けた。




サンリス発シャンティイ行きのバスは
僕だけを乗せて走りだす。


僕はまた手紙を開いた。


明日帰るつもりだったんだけど
この旅の最後にスペインに行く事にした。
延ばせて10日だからそれで必ず帰るよ。

子供の頃に読んだ本に出てきた
クエレブレを探しに行くんだ。
馬鹿みたいだろ?俺も思うよ。

だけど大人になる前に
馬鹿みたいだけど自分がしたい事をしておきたい。

いや、大人になっても
自分のしたい事をしていきたい。


この旅に出て本当に良かった。
今度は絶対に一緒に行こう。
仕事があっても引っ張っていくから!


手紙を途中でたたんでカバンにしまった。


湊は今はもう日本に着いてるんだろうか。

硬いシートに頭を付けて空を見上げた。

雲の間に飛行機が見える。

今度は一緒に探しに行こうと心の中で呟きながら

違う雲の間に
僕はあの頃を探した。









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