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あの頃、どうして読書感想文が嫌いだったんだろう

すっかり8月ですね。

こういう世の中の情勢ではありますが、普段通り学生たちは夏休みになり、いつもは通学で賑やかな道も静けさがあります。(暑いから歩いていないだけ?)

もう遥か昔の記憶になりますが、夏休みといえば「たくさんの宿題」でした。

中でも一番後回しにしていたのが「読書感想文」で、私はひねくれた子供でしたので、

先生は、なんで感想文を書かせるんだろう?

と思っていました。

当時の自分の中では、本を読むことそのものが宿題で、感想文はその証拠にすぎない、みたいな感覚を持っていました。

なぜなら、感想文を提出しても「その感想文への、先生からの感想」はもらえなかったし、別に自分で読みたい本でもないので、ただこの本を大人達は読ませたいだけなんだろうな、と思っていました。

なので、私はよくある(?)あらすじをそのまま書いたり、あとがきの部分を引用したりと、真面目に本も読まず、適当に原稿用紙を埋めていました。


コンクールみたいなのも嫌いだった

大体、9月の中頃から末くらいになると「読書感想文コンクールの受賞」発表みたいなものがあって、

ああ、また優等生たちが誉められてるな…

くらいに、冷めていました。
(イヤな小学生)

それぐらい自分にとっては読書感想文は嫌いだし、どうでも良いことだったし、受賞した感想文なんかを読むと、如何にも大人が喜びそうな事が書いてあるなあ、なんて、さらにひねくれていました。

とにかく、自分にとっては「関係のないこと」「関心のないこと」でした。


とある「佳作」に出会います

もはや、何の本の感想文だったかは覚えていませんし、違う学校の小学校が書いたものだったので、リアリティはなかったのですが、なぜだか「どうにも引っかかる」感想文に、たまたま触れることになります。小学5年の時です。

いつもは、受賞した感想文を読むなんてことはしたことが無かったのですが、そこには「私もこの主人公のように頑張っていこうと思いました、まる」や「いろいろと考えさせられました、まる」みたいな内容ではなく、

主人公に対して、時に批判的で、あの時主人公はこう行動すべきだったと意見し、私だったらこうする。でも、あの立場だと仕方なかったのかもしれない。

そのような内容が書かれていました。

逆に金賞の感想文は、私の嫌いだった「優等生な感想文」でした。でも大人になった今なら、これを金賞にしたくなる気持ちはわかる所もありますが。

なんでこれが佳作なんだ?こっちが金賞だろう
?と少し思いつつも、この時、初めて一つの課題図書に対して意見が複数あって、自分の感覚とは違うモノが評価されるんだ。と考えました。

(まあ当時は小学生ですから、もっとカジュアルに感じ取っていたとは思います)


小学5~6年の担任だけしっかり覚えている

名前は、加藤先生と言いました。

当時おそらく40歳くらいの、メガネをかけた少しぽっちゃり目の男性教師でした。

ものすごく自由な先生で、いきなり「今日はドッジボールしてこい!」とか、いきなりヒトコマ授業が無くなったり、本来は無いはずのソフトボールの授業があったり、

何故か、教室の片隅には先生が持ち込んだのであろうマンガが多数あり、少し青年マンガよりのものもありました。(そこまで過激なものではない)

とはいえ、多分普通ではないとは思いますし、当時の文化の中でも、異質なタイプの先生だったと思います。

生徒受け…は、男子受けは良かったとは思いますし、私は好きでした。(女子受けは知らない)

で、何故この加藤先生の話を書いたかというと、先程の内容を、初めて担任になった5年生の時。私が疑問としてぶつけたんですね。

10月の初めくらいの放課後だったと思います。確か。

『何であれが金賞で、こっちが佳作?』と。

何か、加藤先生なりに、私が納得するような理由を教えてくれると思ったのですが、答えは期待していたものとは違っていて、

(感想文のココがいいから、とか、大人からみたらこうだから、とか、答えがくると思っていました)

「まず、コジマ。一回、自分も本気で感想文書いてみなあかん。来年の6年生の時にちゃんと考えて書いてみたらわかるんちゃうか」

なんだか、色々見透かされているようで、そしてそれ以上は、特に答えがありませんでした。


一年後、6年生の感想文提出

加藤先生の言葉はすごく印象的だったので、一年後の6年生の夏休み、私はいつも後回しにしていた感想文に7月から手を着けます。

課題図書が何だったか、まったく記憶が無く申し訳ありませんが、三回は読み直して、感じた事は本に直接書いて、ジャポニカ自由帳に要点をまとめてから、原稿用紙に向かいました。

「ああ、初めて本に対して、この時こう思った」とか、「自分ならこうする、でも、違う立場だったらこうかな?」みたいなことを真剣に書いたような気がします。

そして、ドキドキしながら提出をしました。


夏休み明け、コンクール受賞の感想文を読んで

一言、すごく面白かったです。どの受賞作品の感想を読んでも。

自分と同じ感覚の内容もあれば、まったく違う感想があり、私が気付いていないこともあったり、考えが100パーセント反対なモノもありました(ケンカになりそうなくらい)。

ただ、ココには確かに受賞者それぞれの考えがあり、5年生までの私のような、あらすじをなぞっただけの感想はありませんでした。

一年前の「こっちこそが金賞なんじゃないのか?」という疑問は解決しないままでしたが、得たモノが二つだけありました。

ひとつの物語から様々な感想があってやっぱりいいんだ。という学びと、その年の感想文コンクールの銀賞受賞でした。


だから、私は受け取ったメールひとつでも、内容だけではなく、その人の思惑をざっと考えますし、自分とは違う考え方も許容しようとはしています。

ですが、私もいまやコンサルタントなので、ある意味では先生なのでしょうが、この時の加藤先生を超えるような気付きを促すような発言は、未だ出来ていません。

私も、当時の加藤先生と同じくらいの年齢になりましたが、30年経っても誰かの記憶に残り、少しだけ行動を促すようなことを、ひとつくらいは発信してみたいな、と、そう思います。


コジマサトシ/トナリコネクト

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