子供との「最高の思い出」の作り方。
大阪府の箕面市。小野原というところに、「コロッケ・クロケッタ」というコロッケ屋さんがある。
夏休みに友達と遊んだ時、そこのコロッケやお弁当を買って、その友達の家で食べよう、ということになった。
友達は、買ってきたコロッケと、お家で炊いたご飯と、インスタント味噌汁を食べていた。私と息子にも、インスタント味噌汁を分けてくれた。
私はからあげ丼と、チーズクリームコロッケを単品で買った。それらを、もらったインスタント味噌汁をすすりながら食べた。
すすりながら、なぜだか急に胸がキュンキュン鳴り出した。
なんでこんなに胸がキュンキュンするんだろう。心の温度が妙に上がって、涙腺がゆるむような、なんだか懐かしいような。
ふと頭の中に、ある映像が流れてきた。
母と、小学生低学年くらいの姿の私と弟が、見慣れた道を並んで歩いている。
近所のスーパーに入って、お惣菜売り場に向かう。
「どれにする?」
と母が聞くと、
「カニクリームコロッケ!」
と私と弟が答える。
トングでカニクリームコロッケを3つ、透明のフードパックに入れて、輪ゴムでパチンとしめる。
家に帰ると、昼ごはんだ。買ったカニクリームコロッケを食卓に並べて、お茶碗に白ごはんをよそう。インスタント味噌汁にお湯を注ぐ。インスタント味噌汁は、「あさげ」か「ひるげ」か「ゆうげ」だったと思う。
その組み合わせが妙に美味しくて、夏休みの昼ごはんの定番だった。
3人でカニクリームコロッケを食べる食卓のあの雰囲気といっしょに、いろんなことを生々しく思い出す。
よく着ていた赤と紺色のワンピースの肌触りとか、夏休みにしか履かないサンダルの履き心地とか、午前中にほとんど毎日通っていた学校のプールのニオイとか。
スーパーの自動ドアが開いた瞬間のクーラーの涼しさが大好きだったなぁとか、トングでカニクリームコロッケをつかむときのサクッとした感触と、透明のフードパックに入れて輪ゴムでしめるときのあの音が、なんだか好きだったなぁとか。
夜ごはんの手作りの味噌汁とは違う、あのチープで特別な感じのするニオイと味の感じとか。
胸キュンの理由は「思い出」だった。
自分の小学生のときの夏休みのワンシーンをふと思い出して、なんだか胸がキュンッと温まる。
カニクリームコロッケのことを思い出したその日の夜、「小学生の夏休み、他にどんなことをしてたっけ?」と思い出そうとしてみたけれど。
毎日開放していた学校のプールと、カニクリームコロッケと、マンションの公園。
毎週日曜日に、近所のおばあちゃんとおじいちゃんの家で、よくプラバンでキーホルダーを作っていたこと。
遠くのおばあちゃんとおじいちゃんの家に泊まりに行ったこと。だいたい、川と海とお墓に行った。
そのくらいしか思い出せない。
たぶん、普段行かないような特別な場所にも行ったんだろうし、いろんなことをして遊んだりしてたんだと思うけれど。
今思い出せるのは、そのくらいだった。
また今日みたいに、何かのきっかけで思い出すこともあるのかもしれないけれど。
大きなことをしようとしなくていいんだよね、と思った。
いつも同じプールだったら飽きちゃうかもだから、スパプーに行かせてあげたいな。海にも行ってみたいよね。
ユニバもディズニーランドもまだ行ったことないよね。行きたいかな?
夏といえば、花火だよね。大きい花火、見たことないから見せてあげたいなぁ。
ここ数年、旅行に行ってないな。飛行機も新幹線も乗ったことないよなぁ。乗らせてあげたいな。
「息子の今年の夏休みに思い出を作ってあげたいな」と考えたときに、そんな非日常で特別なことや、だいそれたことが、1番はじめに頭の中に浮かんできたりする。
もちろん、そんな非日常も楽しいけれど。
案外大人になって覚えているのは、たった1回のそれらよりも、何度も何度も繰り返した日常生活のワンシーンだったりするのかもしれない。
「今日は母ちゃんの小学生の時の夏休みを再現しまーす!」
夏休みも終わりに近づいていたある日、ふと思いついて息子に提案してみた。
「さんせー!」
息子も賛成してくれた。
朝、息子とダイソーにプラバンを買いに行った。そのあとに、スーパーでカニクリームコロッケ2つと、インスタント味噌汁の「ゆうげ」を買った。残念ながら、そのカニクリームコロッケは1つ1つフードパックに入れられて売られていたから、「トングでつかんでフードパックに入れて輪ゴムでしめる」ということは味わえなかったけれど。
「うまっ!うまっ!」
カニクリームコロッケを人生ではじめて食べる息子は、ペロッとそのうまい揚げ物をたいらげた。
そして、昼からは一緒にプラバンでいろいろ作った。
「なんだこれ!すげぇ!!!」
人生はじめてのプラバンもまた、気に入ってくれたようだった。
「母ちゃんが小学校のときの夏休み、いい感じやね。」
1日の終わりには、私の小学生時代の夏休みの過ごし方を、妙に大人っぽくスカした言い方で褒めてくれた。
そしてその日以来、カニクリームコロッケはちょこちょこ昼ごはんに登場するようになり、ちょこちょこプラバンもやるようになった。
私が小学生だったときの母は、別に思い出を作ろうとしてやっていたことではないだろうと思う。
日常の中の、なんとなくお気に入りの過ごし方。だから、なんとなく何度も何度も繰り返していた。
その家族で過ごしたなんてことない日常が、30年後の私の胸をキュンッと温めて、心の栄養になっているような気がする。
息子が30年後に胸をキュンッと温められるような日常を、私は過ごすことができているんだろうか。
ふと不安になることがある。
でも、スーパーのカニクリームコロッケがまさか「思い出」になるとは思わなかったであろう母と同じように、きっと今の私には気づけないような"ささやかな物"が、ちゃんと「思い出」になってくれるのだろう。
今日も「思い出」に栄養をもらいながら、
「思い出」を作るとしよう。
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