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35年ぶりの月山(2-2)

6月初旬のこと。
予約の手続きを済ませてから僕は、電話口の女性に改めた口調で話した。
「こちらの旅館は、昔はつたや旅館という名前でしたか?」
「そうですよ」
「僕は今55歳ですけど、35年前の夏にそちらでアルバイトしたことがあります」
「名前は?」
「福田と言います」
「35年前?福田くん?憶えているような、どうだろうか」
僕も相手の顔を想像できていないし困らせてもいけないと思い、
「だいじょうぶです。それでは7月に伺うのを楽しみにしています」
と電話を切った。

出かける前夜。整理してない古い写真を詰めたプラスチックケースを探すと、もしかしたらと思う写真を2枚だけ見つけた。
30代の母親と彼女に背負われた幼女と、5歳ぐらいの元気そうな男の子。僕は写っていないし背景も暗くて場所が確定できない。
記憶のない親子の写真が残っていること自体が不思議だった。
僕は、いつも持っているノートに挟んだ。

7月14日の夕方。
ナビを使わなかったので山形道に月山ICがあることを知らず、山形市内から一般道で寒河江を抜け西川町に入って山道を登り、志津温泉エリアに着いた。
志津って温泉だったっけと思って調べたら1989年に温泉が湧出したらしい。

予約した「変若水(おちみず)の湯つたや」はすぐ見つかった。
でも、記憶では道路沿いの2階屋なのが奥まった高台に建つ4階建てだった。
車を停め、少しの不安とともに、フロントに立った。

「いらっしゃいませ」
「予約していた福田です」
「福田くん?」
女将だろう60代女性を見、声にならない「あっ」と発した。
僕は、「ちょっと待ってください」と言い、ソファーに置いた荷物に戻った。
女将に背を向けて、ノートに挟んできた2枚の写真を取った。
巻き毛の感じ、顔の輪郭。
間違いない。
写真を持って女将の前に差し出した。
「あらあ、ほんとうに!!」
両手を合わせて相好を崩してくれた彼女に、なんとも言えない感動が湧いてきた。
「35年ぶりです。僕の写真はないけど20歳でした」
「えーつ」
女将はすぐさまご主人を呼び、息子を呼んできた。
ご主人の顔は何故かすぐ思い出せた。
40歳になる「息子さん」の記憶はあるはずかない。
夕食の時「息子さん」は、「妹さん」を連れてきて紹介してくれた。
「妹のことおんぶしてくれたんだって」
「そうそう、おんぶしましたよ」

ご主人と、当時若奥さんと呼んでいた女将、そして宿を手伝う兄弟とも会えた。
35年前のたったひと夏の学生手伝いの僕に、4人が代わる代わる声をかけてくれ、もてなしてくれた。嬉しかった。
今思い出してもぐっとくる、忘れられない再会だった。

誰にでも薦めたい温泉宿だったことも嬉しい。
行く途中に寄った街道沿いのさくらんぼ直売所のおばちゃんに、「今晩はどこに泊まるの?」って聞かれて「志津のつたやです」と言ったら、
「あらまあ、いいわねえ。あそこは食事が美味しいのよ」だって。

スタッフの人とお客さんとの距離感もちょうどいい、大人の宿だ。
僕はまた行く。

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