町山智浩

コラムニスト、映画評論家。ここには単行本未収録の原稿をアーカイブしていこうと思います。

町山智浩

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最近の記事

南部ミステリーかと思った『トゥルー・ディテクティブ』は実は150光年を翔るコズミック・ホラーだった。

 70㎜フィルムで撮られたピントの浅い、夢のような映像。拷問された女性 が頭に鹿の角をつけた死体で発見される。周囲には木の枝で作った魔除け が飾られていた。HBOのドラマ『トゥルー・ディテクティヴ』シーズン1はこの儀式殺人を追う刑事コンビの物語。舞台はルイジアナ州のメキシコ湾沿岸。ニューオリンズの近くだ。  これは一種の「南部ゴシック」だ。アメリカ南部はバイブル・ベルトと呼ばれ、聖書を字義通りに信じるキリスト教福音派が多いが、奴隷がアフリカから持ち込んだ呪術がカトリックと混じ

    • スティーブン・キングはなぜキューブリックの『シャイニング』を憎み、『ドクター・スリープ』を書いたのか。……そして、父になる。

      「私の小説の世界に住んでいるような気分にさせてしまって、すみません」  スティーブン・キングは、コロナウィルスの世界的感染について、アメリカの公共放送NPRに出演して謝罪した。  キングが1978年に出版した『スタンド』は新種のインフルエンザ・ウィルスによって人類のほとんどが死滅した無政府社会を描いている。その他にも疫病を扱った作品が多い。  キングは病気に怯えて育った。小学一年生になった年、はしかから扁桃炎になり、さらにウィルスが菌が耳に入って重体化し、ほとんど学校に

      • リチャード・フライシャーの毒入りケーキ『夢去りぬ』

        リチャード・フライシャーの犯罪実録映画3本が12月19日まで土橋(銀座と新橋の間で新橋からのほうが近い)のTCC試写室で上映されている。ここは試写室なのだが、この期間だけ「土橋名画座」となるという。 https://www.facebook.com/fleischerfilms.tcc  上映されるのは『絞殺魔』『10番街の殺人』それに『夢去りぬ』。『絞殺魔』は1960年代にボストンでアルバート・デザルヴォが女性の部屋に入って13人をレイプして絞殺した「ボストン絞殺魔事件

        • 『ファントム・スレッド』P・T・アンダーソン監督インタビュー「仕事か愛か、という選択は子供っぽい問いかけだよ」

          町山 あなたはロサンジェルスで生まれ育ち、今までずっとロサンジェルスを舞台に映画を撮り続けてきましたが、今回の『ファントム・スレッド』は初めてイギリスという外国での撮影ですね。 PTA 昔からずっと外国で撮影したかった。そして今回はイギリスの物語を作りたかったから英国ロケに完璧な状況ができたね。 町山 ロンドンのドレスデザイナーのウッドコック(ダニエル・デイ・ルイス)がドライブに出かけて、海岸沿いのレストランでヒロインのアルマに出会います。コーンウォールの岸壁が素晴らしく

        南部ミステリーかと思った『トゥルー・ディテクティブ』は実は150光年を翔るコズミック・ホラーだった。

        • スティーブン・キングはなぜキューブリックの『シャイニング』を憎み、『ドクター・スリープ』を書いたのか。……そして、父になる。

        • リチャード・フライシャーの毒入りケーキ『夢去りぬ』

        • 『ファントム・スレッド』P・T・アンダーソン監督インタビュー「仕事か愛か、という選択は子供っぽい問いかけだよ」

          『WAVES ウェイブス』トレイ・エドワード・シュルツ監督「厳しかった継父にこの映画を観せました。彼は『悪かった』と泣いて僕を抱きしめました」

          『WAVESウェイブス』WAVES 2019年 監督トレイ・エドワード・シュルツ  トレイ・エドワード・シュルツ監督(1988年生まれ)の『WAVESウェイブス』は、最近作られたすべての映画のなかで、最も美しい作品だ。  フロリダを舞台にした、高校生タイラーと、その妹エミリーを襲う人生の「波」を描いた青春映画だが、シュルツ監督の前作『イット・カムズ・アット・ナイト』(17年)からなんたる変わりようだろうか!  『イット・カムズ・アット・ナイト』は、伝染病で文明が崩壊した

          『WAVES ウェイブス』トレイ・エドワード・シュルツ監督「厳しかった継父にこの映画を観せました。彼は『悪かった』と泣いて僕を抱きしめました」

          太田愛、『ウルトラマンダイナ』から『相棒』、そして『天上の葦』へと貫かれるもの

          太田愛が脚本家としてのキャリアを、円谷プロのウルトラマン・シリーズから始めたのは重要だと思う。 筆者が脚本家、太田愛に注目したのは、『ウルトラマンダイナ』の「少年宇宙人」からだ。 10歳の男の子さとるが、ある日、突然、自分たち親子はラセスタ星人なのだと告げられる。危機に瀕したラセスタ星から脱出した人々は宇宙全体に散らばり、難民として各惑星に住み着いた。 「少年宇宙人」は、スーパーマンことクラーク・ケントの出自、および、その元になったユダヤ人のディアスポ

          太田愛、『ウルトラマンダイナ』から『相棒』、そして『天上の葦』へと貫かれるもの

          『アメリカの友人』は悪魔が天使に恋して誘惑する物語である

          ヴィム・ヴェンダース監督によって映画化された、パトリシア・ハイスミスの小説『アメリカの友人』は実に奇妙な物語だ。  屈強な用心棒に守られたマフィアのボスを暗殺するのに、殺しどころか一切の暴力と無縁な「善良で堅実な人間で、堅実な職に就き、妻とふたりの子どもを」養っている「聖人みたいに正直な」男、ジョナサン・トレヴァニーを雇う。  こんなにバカげた企みがあるだろうか?  ジョナサンを殺し屋に推薦したトム・リプリーも「この思いつきはただの悪ふざけにすぎない」「悪意のある悪ふざ

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          追悼 越智道雄先生

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          三船敏郎、最後のサムライ

          『MIFUNE:THE LAST SAMURAI』2016年 監督スティーヴン・オカザキ  筆者はカリフォルニア州のバークレーという街に、8年ほど住んでいる。食料品の買い物は、歩いて5分ほどの「トーキョー・フィッシュ」に行く。そこは1963年から続いている日系食料品店で、壁には色あせたビールのポスターが貼られている。 「男は黙ってサッポロ・ビール」  毛筆で荒々しく書かれた文字。日焼けした、たくましい男がうまそうにビールを飲んでいる。三船敏郎だ。 1962年生ま

          三船敏郎、最後のサムライ

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          『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』劇場用パンフレット

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          『ビッグ・シック』新たなアメリカを生むための痛みと笑い

          『ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ』The Big Sick 2017年 監督マイケル・ショウウォルター  2017年の夏休み、スーパースター主演の製作費1億ドル級の超大作がひしめくなか、ほとんど無名の俳優ばかりの、わずか500万ドルで作られた低予算コメディ『ビッグ・シック』が4000万ドルを超えるヒットになった。 パキスタン出身でシカゴに住むコメディアン、クメイル・アンジアニがエミリーという白人女性と恋に落ちて結婚するまでの体験を、クメイルとエミリーの夫婦が共同で

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          『バイス』お笑いに隠されたアダム・マッケイの反骨精神

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          『運び屋』クリント・イーストウッド インタビュー「人生は一本の映画のようなものだ」

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          ベルイマンを知らないあなたもベルイマンを知っている

           スウェーデンの巨匠イングマール・ベルイマンが生誕してから、今年(2018年)で100年になります。  あなたはもしかすると、イングマール・ベルイマンの映画はいちども観たことがないかもしれません。でも、あなたが映画ファンなら、知らないうちにベルイマンの影をずっと見てきたはずです。誰もが知っているあの映画この映画が、ベルイマンから生まれたものだからです。  たとえば、デヴィッド・フィンチャーの『ファイト・クラブ』。ブラッド・ピットがカメラに向かって消費社会への怒りを吐き出すと

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          「『ナイブズ・アウト』最大のミステリーは探偵自身だよ」ライアン・ジョンソン監督インタビュー

          『ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密』Knives Out 2019年 監督ライアン・ジョンソン ――『ナイブズ・アウト』、ひさびさのフーダニット(Who Done It 大勢の容疑者のなかから犯人を探すミステリー)映画で楽しかったです。 ありがとう! ――アガサ・クリスティー原作ものより笑えました。 そうだよ。もっとコメディ要素が多い。 ――とはいえ、ニール・サイモン脚本の『名探偵登場』(76年)よりはシリアスで。 そうそう。これは『名探偵登場』みたいなパロ

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          『天才作家の妻 40年目の真実』最大の見せ場はグレン・クローズの表情

          『天才作家の妻 40年目の真実』The Wife 2017年 監督ビョルン・ルンゲ 『天才作家の妻 40年目の真実』で、グレン・クローズは、今度こそアカデミー主演女優賞を獲るかもしれない。映画女優としてデビューして36年目、助演と主演で過去6回ノミネートされたが惜しくも受賞を逃している。  グレン・クローズは、映画デビュー作『ガープの世界』(82年)でいきなり助演女優賞候補になっている。主人公ガープの母親役で、戦場で脳を損傷して「ガープ」という声しか出せない兵士にまたがって

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