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「『ナイブズ・アウト』最大のミステリーは探偵自身だよ」ライアン・ジョンソン監督インタビュー

『ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密』Knives Out 2019年 監督ライアン・ジョンソン

――『ナイブズ・アウト』、ひさびさのフーダニット(Who Done It 大勢の容疑者のなかから犯人を探すミステリー)映画で楽しかったです。
ありがとう!

――アガサ・クリスティー原作ものより笑えました。
そうだよ。もっとコメディ要素が多い。

――とはいえ、ニール・サイモン脚本の『名探偵登場』(76年)よりはシリアスで。
そうそう。これは『名探偵登場』みたいなパロディ映画じゃない。楽しく、ちょっとふざけたユーモアを盛り込んだけど、正統派のフーダニットだ。その微妙なバランスがとってもデリケートでね、わかってくれてうれしいよ。

――好きなフーダニット映画は何ですか?
僕はアガサ・クリスティー原作の映画を観て育ったんだけどね、特に好きなのがピーター・ユスチノフが名探偵ポワロを演じる『ナイル殺人事件』(78年)と『地中海殺人事件』(82年)の二本だね。どっちもオールスター・キャストが演技を楽しんでいるのがスクリーンを通して伝わってくる。それこそまさに僕が『ナイヴズ・アウト』で狙ったところだ。あと、『シーラ号の謎』(73年)って知ってる?

――主役のジェームズ・コバーンが出てきてすぐに殺されてしまう? シーラ号という船に招待された客たちが手の込んだ死のゲームをやらされる?
そう。クレイジーなフーダニットだ。脚本を書いたのは、ミュージカル作家のスティーヴン・ソンドハイムと、なぜか俳優のアンソニー・パーキンスでね。

――だから、『ナイヴズ・アウト』のダニエル・クレイグは鼻歌でソンドハイムのミュージカル『フォーリーズ』の歌「アイム・ルージング・マイ・マインド」を歌うんですね。
そうなんだよ。

――ところで、ポワロ俳優ではピーター・ユスチノフがお好きだそうですが、ダニエル・クレイグはだいぶ違う俳優ですよね。
そうかな? どうしてそう思うの?

――だってクレイグは007、ジェームズ・ボンドだし。その彼に今回、まったくタイプと違う、トンチンカンなジョークばかり言ってる飄々としたポワロ的探偵ベノワ・ブランを演じさせたんですね。
ユスチノフのポワロは道化的なんだ。このおっさん、バカじゃね? って思わせる。だから、人々は油断して、彼のことを真剣に考えない。最後の瞬間まで。同じクリスティー原作のミス・マープルにも似ている。彼女はやさしいおばあちゃんで、とても事件を解決するように思えない。お茶を入れてくれるだけでね。ところが見事に犯人を言い当てる。それが面白い。そんなポワロやマープル的な魅力をダニエル・クレイグは見事に演じてるよ。

――ベノワ・ブランっていったい何者なんですか? 映画を観ただけではまるでわからないんですが。
わからなくしたんだよ。探偵こそがいちばんのミステリーだ。読者や観客は探偵の頭の中に入ることはできない。アガサ・クリスティーは決して、探偵の視点から描写をしない。読者は決して、ポワロが何を考えているのかわからない。語り手はポワロの友人、ヘイスティング大尉だ。シャーロック・ホームズのワトソンの役割だね。読者や観客は、探偵の一歩後ろにいる誰かの立場になって、探偵を捕まえようと追いかけ続ける。この場合はマルタだね。

――主人公はブランではなくて、彼女ですからね。
そう。これは、容疑をかけられた無実の主人公が追い詰められていく、ヒッチコック型のスリラーでもあるから。

――なるほど。ところで、ブランの英語には奇妙な訛りがありますね?
あれは南部のミシシッピ訛りだよ。ブランには何人かのモデルがいるんだ。たとえば南北戦争研究で有名な歴史家のシェルビー・フートも参考にした。ブランクには面白い訛りが欲しかったんだ。

――ダニエル・クレイグ以外もタイプに反した役をやっていますね。『シェイプ・オブ・ウォーター』や『マン・オブ・スティール』などの「ヘヴィ(善悪を超えて威圧感のある役)」が多いマイケル・シャノンが今回は実に軽いキャラで。
マイケルはいつも強いキャラクターを演じてきたから、ダメ男をやらせてみたら面白いと思った。彼はコミカルな芝居も上手い。ドライズデイル家の人々は集まるたびにいがみ合うんだけど、その際にアドリブでできるだけ笑える悪口を飛ばし合ってもらったら、マイケルの悪口がいつもいちばんおかしかったね。

――クリスエヴァンス扮するランサムも、エヴァンス本人と真逆のキャラクターですね。
まったくその通り。クリスは世界でいちばんのナイスガイだからね。嫌味なところがかけらもないのはキャプテン・アメリカそっくりだ。でも、クリスは俳優としての演技の幅は実に広い。舞台で彼が卑劣漢を演じてるのを観て、これはいけると思ったんだ。素晴らしい演技者は、自分の奥に潜むダークサイドを掘り起こすことができるのかもしれないけど、とにかくクリスはこの映画でランサムというクソ野郎を実に楽しそうに演じてくれたよ。

――特にランサムの移民についての差別的な意見は、クリス・エヴァンスが日々ツイッターで戦ってる相手の側の言葉ですよね。
すべてがクリスと反対だ。でも、だからこそ演じてて楽しかったんだと思うよ。お客さんも彼が楽しんでるのを観て楽しんでほしいな。

――ランサムの主張はドナルド・トランプの移民政策を支持する人々とよく似てますね。彼はトランプに投票したのかな?
どうかねえ (笑)。ランサムは自分のことしか考えないから、そもそも選挙では投票すらしないと思うよ(笑)。

――『ナイヴズ・アウト』はフーダニット映画ではありますが、「メタ」フーダニットだと思いました。フーダニットという枠組みと遊んでいる感じが。
それこそが僕が本当にやりたいことさ。僕はミステリーやSFやホラーといったジャンルが大好きで、ジャンルそのものと戯れるのも好きなんだ。それもフーダニットの伝統だよ。アガサ・クリスティーもそうだった。彼女の作品を読み直せばわかる。かなり初期の作品から、クリスティーはジャンルそれ自体と遊んで、とてもメタ的なひねりを効かせていた。『アクロイド殺人事件』は知ってるよね?

――ああ、たしかに!
『アクロイド殺人事件』は、今ならメタ・ミステリーだと言われているはずだよ。だから、そういう仕掛けはフーダニットの伝統なんだ。「そうだったのか! やられた!」って騙されたことを楽しむのがフーダニットの本質的な楽しさだから。『ナイブズ・アウト』もメタであるがゆえに伝統的フーダニットだと思う。ひねりや逆転が仕掛けられていることに観客を気づかせないんだ。

――『アクロイド殺し』はミステリーの掟破りをしましたね。
怒った人も多かったね。「これはズルだろう!」って。

――あなたの『スター・ウォーズ 最後のジェダイ』にも同じように怒った人たちがいましたね。
そうだね(笑)。

――『スター・ウォーズ』の定型やクリシェを次々と破壊した『最後のジェダイ』は、『アクロイド殺人事件』的なメタ『スター・ウォーズ』ではないですか?
掟破りそのものは目的じゃないんだ。僕は『スター・ウォーズ』のテーマを原点に忠実に描くために、意外なサプライズを加えて、予測できない要素を入れて、『スター・ウォーズ』をフレッシュに蘇らせようとした。『ナイブズ・アウト』も定型を外しながらも、目的はミステリー映画として観客を満足させることなんだ。

――で、次はどんなジャンルと遊びたいですか?
ジョンソン 今、考えているところだよ。ミュージカルもやってみたい。やりたいジャンルがありすぎる。ただね、『ナイブズ・アウト』を作るのがあまりに楽しかったんで、ダニエル・クレイグとまた仕事したくてね。彼と話したんだ。もし『ナイヴズ・アウト』が当たったら、探偵ベノワ・ブランの映画をもう一本撮りたいねって。きっと楽しくなるよ!

(劇場用パンフレットから転載)