『WAVES ウェイブス』トレイ・エドワード・シュルツ監督「厳しかった継父にこの映画を観せました。彼は『悪かった』と泣いて僕を抱きしめました」
『WAVESウェイブス』WAVES 2019年 監督トレイ・エドワード・シュルツ
トレイ・エドワード・シュルツ監督(1988年生まれ)の『WAVESウェイブス』は、最近作られたすべての映画のなかで、最も美しい作品だ。
フロリダを舞台にした、高校生タイラーと、その妹エミリーを襲う人生の「波」を描いた青春映画だが、シュルツ監督の前作『イット・カムズ・アット・ナイト』(17年)からなんたる変わりようだろうか!
『イット・カムズ・アット・ナイト』は、伝染病で文明が崩壊した後、森の奥の家にこもって暮らすジョエル・エドガートンとアフリカ系の妻、それに妻の連れ子の少年についてのホラー映画で、エドガートンは家族を感染から守りたいがゆえに、過剰に警戒心が強く、近づいてくる生存者を寄せ付けず、殺し、それが自滅に向かっていく。暗く重い、救いのない、モノトーンの映画だった。
ところが『WAVESウェイブス』でまず、目を奪うのは、フィルムで撮影されたフロリダの海と空のあまりにも深い青さ! 亜熱帯の植物の緑、赤、黄、極彩色のパノラマが目の前に広がる。ポップな音楽が全体に散りばめられ、「プレイリスト映画」と呼ばれるほどだ。
主人公のタイラーは『イット・カムズ・アット・ナイト』でエドガートンの継子を演じたケルヴィン・ハリソンJR。レスリング部のエースで、優等生で、ピアノも上手で、彼女は高校一の美女。父親は不動産デベロッパーとして成功し、豪邸に住んでいる。一流大学に進んで、将来は父の会社を継ぐことが決まっている超エリート。それがキラキラの海辺で彼女といちゃいちゃするわけで、てめーコノヤロ!と言いたくなるが、そこから恐ろしい波が彼を呑み込んでく。
そして……破滅。
そこが映画のちょうど半分。『WAVESウェイブス』の後半は、タイラーの妹エミリー(テイラー・ラッセル)が主人公になる。高校のスターだった兄の影でエミリーは地味な少女だったが、兄が起こした惨劇のため、学校で一人ぼっちになってしまう。そんな彼女を救ったのは、気さくな少年ルーク(ルーカス・ヘッジス)の愛だった。
『WAVESウェイブス』は運命の波に翻弄される兄妹を描き、希望と感動を残す素晴らしい傑作だが、この、胸に迫る切実さは何なんだ?
ということで、コロナによる外出自粛のなか、フロリダに住むトレイ・エドワード・シュルツ監督にスカイプでインタビューした。しかし、『イット・カムズ・アット・ナイト』が現実になるとはね。
「いや、本当にもう、パンデミックとか信じられないですよ。ソダーバーグの『コンテイジョン』の脚本家がインタビューに『こういうパンデミックはいつか必ず起こる』と言ってて、怖くなって『イット・カムズ・アット・ナイト』を作ったんですけど、まさか二年後に現実になるなんて」
シュルツ監督はテキサス出身だが、なぜ今はフロリダ?
「引っ越したんです。テキサスでは、母と継父の家に住んでてね。僕は猫を三匹飼ってたんですが、継父が厳しい人で「猫を自分の部屋から出しちゃいけない」って言うんですよ。だから、早く家から逃げ出したかったけど、うちは貧乏で、そんなお金はなくて。でも、アシュレーという女の子と恋人同士になって、彼女がフロリダ育ちなんです。アシュレーのおばあちゃんがアパートを持ってて、僕らにタダで貸してくれて、やっと実家を脱出できました。そして僕はフロリダと恋に落ちたんですよ。この色鮮やかな海や空と。亜熱帯だから植物もカラフルです。だから『WAVESウェイブス』ではフロリダらしい大胆な色づかいで遊んでみたかったんです」
シュルツ監督は白人だが、『WAVESウェイブス』は黒人家庭の話だ。
「『イット・カムズ・アット・ナイト』で少年役を演じたケルヴィン(ハリソンJR)主演で撮りたかったからです。僕らはすごく意気投合して、また一緒にやろうと。それで彼へのアテ書きでシナリオを書こうとして、僕らはセラピーみたいなことをしたんです」
セラピー?
「本当のセラピーじゃないんだけど、僕とケルヴィンは、人に言えないようなことをお互いに打ち明けたんです。これまでどんな人生だったかをね。そしたら、僕らはけっこう似てるとわかったんです。ケルヴィンは黒人で僕は白人ですけど。それで、高校の頃の僕自身とケルヴィンの要素を混ぜて、主役のタイラーという高校生のキャラクターを作り上げていきました」
ふたりとも父親が厳しかったという。
「僕もタイラーと同じく継父からレスリングで鍛えられました。ケルヴィンは父から音楽を叩き込まれた。だからあんなにピアノが上手なんだ。どっちの父親も、ものすごく支配的で、精神的虐待に近い育て方でした。だから、僕の継父とケルヴィンの父をミックスしてタイラーの父親ロナルドのキャラクターを作り上げていきました。8ヶ月くらいの共同作業でした。『イット・カムズ・アット・ナイト』は一人で引きこもって書いたんだけど、共同作業って楽しいですね」
後半のヒロインになるエミリーは?
「同じように恋人のアシュレーと共同作業で書きました。彼女の助けで、テイラーの妹エミリーの視点をつかんでいったんです。タイラーの恋人アレクシスと、エミリーの恋人ルークにも、少しずつ、僕とアシュレーの要素が入っています」
タイラーは恋人アレクシスに髪をブロンドに染めてもらっている。
「タイラーはどんな髪型にしようか、ケルヴィンと話し合ったんです。彼はもう何本もの映画に出ていたので、それとは違った見た目にしたくて。ケルヴィンは最初「ピンクに染めるのは?」って言ったんです。僕は『ダメ、ダメ。それはやりすぎ」って止めて。ちょうどその頃、ふたりでフランク・オーシャンが出した『ブロンド』というアルバムを聞いたんです。それに感動して、ブロンドにしてはどうだろうって話になったんですよ。劇中の歌も『ブロンド』から使用して、CDジャケットは映画の中にも出てますよ」
ジャケットでフランク・オーシャンは顔を手で押さえて泣いている。彼は自分の弱さを切々と歌う。
「タイラーは支配的な父親に服従してる真面目な少年ですが、ブロンドは彼の唯一の自己表現なんですよ。ブロンドが彼に許されたわずかな自由なんです。その髪を染めてくれるのが恋人のアレクシスで、彼らの関係を美しく示すシーンになりました」
タイラーはレスリングで肩を痛めるが、日々「お前は強くなるんだ」とプレッシャーをかけてくる父にはそれが言えない。タイラーはオピオイド(阿片から作られた鎮痛剤)を常用し、次第に中毒になっていく。アメリカではスポーツ選手や関節炎で苦しむ高齢者の間でオピオイド中毒が広がり、トランプ大統領が非常事態宣言するほど死者が増えている。
「タイラーに起こることの多くは僕の自伝的要素があります。僕も実際、肩を壊しました。タイラーとまったく同じようにレスリングで。ただ、タイラーのようにオピオイド中毒にはならないでなんとか克服しました。映画で最悪の可能性を探ってみたのは、そうなってしまう人たちを理解したかったからです。負のスパイラルに落ちていくきっかけは人生のあちこちに潜んでいるんです」
タイラーの精神が崩壊するにしたがって、映像も変化していく。最初、彼が青春を謳歌している時は、広角レンズで撮影された横いっぱいのワイドスクリーン(2.67:1)で、楽園のようにカラフルな風景が広がるが、彼が崩壊するにつれて、画面は色を失い、また、スクリーンの横幅自体が狭くなる(1.85:1)。さらに、レンズは望遠レンズになり、被写界深度が浅く、タイラー以外の周囲がぼやけていく。そして限界まで追い詰められると画面の縦横比は昔のテレビ並の1:33:1までぎゅっと小さくなる。
その間、さまざまな色の光がゆらめく画面が挟まれる。レンズに入った光がカメラの内部で乱反射することで起こるフレアだ。これはフィルムで撮影される場合にだけ起こる現象だ。
「色を表現主義的に使いたくて。セリフではなく色で主人公たちの心の旅を表現しようと。たとえば赤は血の色、パトカーのランプの警告灯、悲劇を意味します。フレアを使ったのはポール・トーマス・アンダーソン監督の『パンチ・ドランク・ラブ』の影響です。主人公アダム・サンドラーの心の状態が美しいフレアで表現されていて、あれをやってみたかったんです。ただ、コンピュータを使ってないので、偶然に左右されます。アナモルフィック・レンズを(ワイドスクリーン用に画面を水平に圧縮するレンズ)を回転させてフレアを動かしたんですが、フィルムで撮ると、何でも思ったようにコントロールできないのが面白いところです。たとえば回転する螺旋のようなフレアが撮れたので、それをタイラーが負のスパイラルに落ちていくシーンにつなげました」
どん底に落ちたところからエミリーの物語が始まる。画面は青い。カフェテリアの室内は壁もテーブルも椅子も冷たく青い。
「青は特にエミリーの孤独や憂鬱を意味しています。さらにここでは被写界深度の浅いレンズを使って、エミリー以外の背景をボカすことで、彼女が疎外されていることを表現しました。でも、ルークと出会って、彼と愛し合って、彼女の世界が広がるに従って、少しずつ被写界深度の深いレンズに変えて、周りの風景が見えてくるようにしました。スクリーンの横幅も再び広がっていきます」
しかし、ルークにも痛みがあった。彼の父はアルコール依存症で、彼が幼い時に両親は別れた。
「エミリーの母もドラッグ中毒で亡くなっている設定なんです。影響を受けやすい年齢の時に親が依存症なのはハードコアな経験ですよ」
トレイ・エドワード・シュルツ監督の実父もアルコールやドラッグ依存症だった。シュルツ監督の長編デビュー作『クリシャ』(2015年)は、アルコール依存症の女性と息子の物語で、息子はシュルツ自身が演じた。
『WAVESウェイブス』のルークは、何年も会ってない実父が独りで死の床にあると知り、エミリーと二人でその死を看取りに行く。
「それも僕に本当にあったことです。僕は実の父の死を看取りながら、ああ、まるでポール・トーマス・アンダーソン監督の『マグノリア』(99年)みたいだ、と思いました。トム・クルーズが自分を捨てた父の死を看取る場面です。それがポール・トーマス・アンダーソン監督自身が経験した事実だということは後で知りました」
タイラーの継父を演じるのはスターリング・K・ブラウン。人気ドラマ『This Is Us』で完璧主義者のランダルを演じる彼はここでもムキムキの筋肉で継子タイラーにレスリングを挑み「私の跡を継ぐんだ」と迫るダースベイダー的な父を演じる。
「彼のことを最初、観客は憎みます。前半ではタイラーの視点から父を見るから。僕もケルヴィンも、父親にプレッシャーをかけられて育った。でも、タイラーの父が息子を追い詰めてしまったのは、愛からなんです。タイラーを強い男にしたかっただけ。特に黒人がこの国で生きていくためにね。ただ、彼の息子への愛はタフすぎた。彼の失敗は息子とお互いの本音を語り合わなかったこと。それに気づいたときには遅すぎた。でも、エミリーとはそれをし始めるんです。彼は最後にはいい父親になると思います。彼は男として変わり、癒やす存在になろうとするでしょう。娘の前で正直に泣くことができたんだから。スターリングは『あのシーンを演じるのは大変だった』と言ってました。『私は家族の前で泣いたことがないから』って」
シュルツは継父に『WAVESウェイブス』を観せたのだろうか。
「観せましたました。終わったあと、僕を抱きしめて泣きました。『悪かった。私はお前にきつすぎた』って。それは僕にとって本当に大きなことでした。この映画は僕の目から見た継父を描いているから。それを観ることは継父にとって浄化だったと思います。継父は『素晴らしい映画だ。本当に誇りに思う』と言ってくれました」
厳しかった父への憎しみと和解。それはテレンス・マリック監督の『ツリー・オブ・ライフ』(2011年)に似ている。マリックも父に精神的に虐待され、そのトラウマとの克服を映画『ツリー・オブ・ライフ』にした。実はシュルツの師匠はテレンス・マリックである。
「学生の頃、テレンス・マリック監督が『ボヤージュ・オブ・タイム』(16年)を作るのを手伝ったんです。『ツリー・オブ・ライフ』の「宇宙の始まり」シーンのために撮ったフッテージを元にしたIMAX用のドキュメンタリーでした。テリーに僕が映画監督になりたいんですと言ったら『いいかい、とにかく映画を作ってしまうんだ。すぐに』と言われたから、『クリシャ』を撮ったんです」
つまり、マリックの『ツリー・オブ・ライフ』も、ポール・トーマス・アンダーソンの『マグノリア』も、トレイ・エドワード・シュルツの『WAVESウィブス』も、それぞれの監督の父との関係に基づいている。
「『ツリー・オブ・ライフ』も『マグノリア』も大好きな映画なんです。どちらも監督の個人的な体験を赤裸々に描いて、同じような痛みを持つ人々の共感を呼び、癒やし続けています。そういう映画を作るのが僕の夢で、この『WAVESウェイブス』がそうなってくれたらいいなと願っています」
(初出『映画秘宝』2021年7月号)