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南部ミステリーかと思った『トゥルー・ディテクティブ』は実は150光年を翔るコズミック・ホラーだった。

 70㎜フィルムで撮られたピントの浅い、夢のような映像。拷問された女性
が頭に鹿の角をつけた死体で発見される。周囲には木の枝で作った魔除け
が飾られていた。HBOのドラマ『トゥルー・ディテクティヴ』シーズン1はこの儀式殺人を追う刑事コンビの物語。舞台はルイジアナ州のメキシコ湾沿岸。ニューオリンズの近くだ。
 これは一種の「南部ゴシック」だ。アメリカ南部はバイブル・ベルトと呼ばれ、聖書を字義通りに信じるキリスト教福音派が多いが、奴隷がアフリカから持ち込んだ呪術がカトリックと混じりあったブードゥーやサンテリア、ヨーロッパ古来のまじない、いわゆるウィッチクラフトなどが混在する。木の枝で作った人形や魔除けは『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』(99年)にも出てくるようにウィッチクラフトにもあるが、ブードゥーにもある。そんな迷信や因習に支配された神話的でグロテスクな南部の物語が南部ゴシックで、最近ではコーマック・マッカシーの「血と暴力の国(映画『ノーカントリー』原作)」や、ダニエル・ウッドレルの『ウィンターズ・ボーン』などがある。
 しかし、ラスト刑事(マシュー・マコノヒー)だけは異分子だ。相棒のハート刑事(ウディ・ハレルソン)にこんな話をする。
「人間の自意識は進化の失敗だった。人間は自己という幻のために苦悩す
る。我々は意味のある存在だと信じているが、実際は何者でもない。子孫を
作るのはやめて、仲良く絶滅すべきだ」
 ラストのセリフは押井守監督『イノセンス』で繰り返し語られる哲学とほとんど同じ。ラスト(錆という意味)はある悲劇によって心が錆びついてしまっているのだ。
「口の中に嫌な味がする。サイコスフィア(精神圏)の匂いだ」
 サイコスフィアはヌースフィア(叡智圏)ともいう。ソ連の原爆開発のメンバーでもあった科学者ウラジミール・ベルナルドスキーが1920年代に唱えた考えで、簡単にいうと人類の知性の集合体のこと。
 これはふつう刑事が口にする言葉ではない。
 しかも、その後、ラストは色を味として感じると告白する。これはシ
ナスタジア(共感覚)と呼ばれる現象で、音を色として感じたり、形に味を感じたりする人がいるという。
 これは見たことのないドラマになるぞ、『トゥルー・ディテクティブ』は、そんな期待を裏切らない。
 殺された女性ドーラのノートから「黄色の王」という言葉が発見される。
ここでホラーやアニメのオタクは仰天するだろう。そう、あの「黄衣(こうい)の王」なのだ!

 ドラマ内では説明がないが、King in Yellowとは、ロバート・W・チェンバ
ースという作家の短編集『黄衣の王』(1895年)に登場する謎の邪神で、日本のアニメにまで登場する有名キャラである。
『黄衣の王』から、詞の一節がドーラのノートに引用されている。
「二重太陽が湖に沈み/カルコーサに影が伸びる」
このカルコーサなる場所を『トゥルー・ディテクティヴ』の刑事たちは探し求める。
 実はカルコーサとは『悪魔の辞典』の著者アンブローズ・ビアスの短編小
説『カルコーサの住人』(1886年)に登場する言葉だ。カルコーサはフランス
の実在の地名だが、ビアスははるか昔に滅び去った古都として使っている。
 チェンバースの詩は「二重太陽」と書き加えることで、そこが地球ではないと示している。
 この『黄衣の王』は『クトゥルーの呼び声』のH・P・ラブクラフトの小説「闇に蠢くもの」にも引用されている。ラブクラフトはSFとゴシック小説をミックスして自らコズミック・ホラー(宇宙的恐怖)と呼ぶ作品世界を作り上げたが、彼の死後も、プロやアマがそれをふくらませて、クトゥルー神話体系なるものを育て続けてきた。そこに黄衣の王も組み入れられた。神話体系では、黄衣の王はクトゥルーと同じく太古に猛威を振るっていた邪神だとされている。
 だから黄衣の王はクトゥルー神話を扱った数々のゲームやマンガに登場
する。『這いよれ!ニャル子さん』(原作・逢空万太)というラブコメ・アニメにも美少年キャラで出てくる。ラブコメといってもラブクラフト・コメディだけど。
 クトゥルー神話は要するにカルトごっこなのだが、時々、本気で邪神を崇
拝したり、生贄を捧げたりする人がいるから困る。
 2005年5月25日のニューヨーク・タイムズ紙は、ルイジアナ州の、ポンチ
ャトゥラという人口わずか6千人の町のホサンナ教会の牧師ルイス・デヴィッド・ラモニカ(当時45歳)ほか9人の逮捕を伝えた。ラモニカらは1999年から
数年間、自分の教会の中で、自分の息子を含む1歳から16歳の25人の男女の子どもたちを宗教的儀式においてレイプしたと自供した。警察は教会の床に悪魔崇拝に使う五芒星が描かれた痕を発見したという。さらにラモニカ
らは猫を殺して、その血を儀式に使っていたらしい。
 彼らが何を崇拝して、どんな儀式が行われたか詳細は報道されていない
。ただ、犯人のなかには地元の保安官補もいた。ラモニカたちは終身刑にな
った。証言によれば彼らは熱心なキリスト教信者だったというが、聖書や神
を現実として信じるなら、悪魔の実在も信じることになるので、何かのきっか
 けで裏返ることもあるだろう。『トゥルー・ディテクティヴ』の脚本家ニック・ピッツォラットはエンターティンメント・ウィークリー誌のインタビューで、この事件がヒントになったことを認めている。
『トゥルー・ディテクティヴ』の被害者の体に描かれた青い渦巻きも事実に
基づいている。あのウィキリークスが流出させたFBIのサイバー犯罪班
への通達(2007年1月31日付)に、ペドファイル(小児性愛者)たちがネット上
で互いを見分ける暗号として使っている印が掲載されている。それが青い渦
巻きなのだ。
 そんな虚実皮膜のドラマがじわじわと不気味に盛り上がり、第4話でいっ
きにアクションへと爆発する。低所得者向け住宅地で3つ巴の銃撃戦のなか
を駆け抜けるラスト刑事を手持ちカメラで追いながら延々と続く長回しは凄
まじい。
 ハート刑事も戦う。彼の敵は自分のハート(心)の中にいる。ラストとハートはそれぞれに挫折して警官のバッジを捨てるが、トゥルー・ディテクティヴ(本当の刑事)になるのはそれからだ。
 ついに2人はカルコーサにたどり着き、黄衣の王と対峙する。クトゥルー
神話によるとカルコーサは地球から150光年離れたヒアデス星団にあるとい
う……。
 凄まじくもおぞましいドラマだけど、最後は意外、コズミックな感動が待ってるぞ!