「認められるということ」と「認める」ということ。①
「絵」を描くことをメインにはしているのですが、「直接人と交流すること」も意識的にしている、TOMMY★☆ZAWAです。
昨日は、シェア工房(アトリエ)に行ってきました。
同じように「絵」を描くことで、「伝えたい」という方々が集い、楽しい時間はあっという間でした。
昨日「感じたこと」を、文字にしたかったのですが、「一晩」寝かせて頭を整理して書こうと思い、今日書いております。
※いつも「伝えたいこと」がたくさんあり、逆に手が動かない。。
認められること 〜 私の原点〜
いきなりではありますが、私の幼少期の話です。
当時から、おもちゃよりも、「らくがき帳」と「ペン」を好み、絵をひたすら描く子どもでした。
父は、典型的な「厳しい昭和の男」。
家の中でひとり「かわいい絵」を描く私を、「男らしくない」と否定。
スケッチ大会で賞をとっても、褒めてくれないし、口癖のように、
「おまえは、女の腐ったような奴だ。」と認めてくれませんでした。
大学の進学について考える、高校2年の時。
「教師」になることと、「デザイナー」になることを考えていて、自分のおこづかいで、1年間「絵画教室」にこっそり通っていました。
(自分で決めて、「行動」に移すという「現在の私」に通じるものがありますね)
3年生になって、進路について父母と話をした時。
自分の中では第一志望として、美術系の学校を考えてました。それを言葉にした時に、「ビンタ」を何回もされ、相当叱られました。
「そんな夢みたいなこと!!恥ずかしいと思わないのか!!」
ああ、予想はしていたもののという、大きなショック。
ああ、自分の得意なことや、好きなことを語ることは、恥ずかしいことなのか。
その頃から、ニコニコしてはいるけれど、どこか「心の壁」を作って、
何を考えているのか周り人には、わかりづらい人間になってしまったような気がします。
父は四年前に亡くなったのですが、最後まで「私のこと」を認めてくれませんでした。
(結婚もしていないし、こどもはいませんが)40才も越えて、学習塾でたくさんのこどもたちと接し、「大切なものが傷つかないように」と否定することも「親」の愛だとは理解しています。
時間は戻せないけれど、もし父が「私のこと」を認めてくれていたら、早い段階で色んなことができたのかもなあと。
あくまでも「タラレバ」の話です。
認められること 〜 現在〜
そして、現在。
おそらく、そんな「原点」があるからこそ、「認めれられること」の大切さを最近感じています。
昨日も、シェア工房で「認めれること」について話をしていました。
「イラスト」や「似顔絵」をつかって、時にはこうやって「文字」を使って、自分のことを表現・発信しています。
発信するからには、「受ける人」がたくさんいればいるほど、嬉しい。
何らかの反応(何気なくつけた ”いいね”や ”短いコメント”)があれば、もっと嬉しい。
家族や知り合いに褒められるのではなく、「知らない人」からの「ちょっとしたこと」が、私も含めて「何かを作る出す」人たちの「大きな支え」となっています。
「認められること」(結)
「認められること」と大それたことを書いていますが、「知ってもらうこと」だけでもありがたいです。
そして「ほんのちょっとの反応」が、「次の頑張ろう」に繋がります。
なので、私も「認めること」を「わたしなりのやり方」で、続けたいと思います。
……「②」に続く。
※クラウド・ファンディングについて。
知らない方に「知ってもらうこと」でも嬉しいのに、お陰様で、「ご支援」をたくさん頂いております。お時間があれば、ご覧ください。泣いて喜びます。
最後まで読んで頂いて、本当にありがとうございます。あなたの『スキ』が、モチベーションに繋がります。どうぞよろしくお願いします。サポートに関しては、被災地の寄付や活動費に当てていきたいと思っております。