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アートとファッションの旅

ArtoMe(アートミー)を主宰しています。
アートを基軸とした活動ですが、ファッション大切な表現体です。アートソックスを製作したりもしています。「自分軸ファッション」(JFメソッド)というファッションメソッドを実践するなど、ファッションと私自身にとって、アート同様に切っても切れない関係でもあります。「アートとしてファッション」として捉えると、ファッションの違った面を知ることができ、とても興味深いものがあります。

ファッションはアートか否か
このことは、何かにつけて論じられることが多いトピックです。

「ファッションはビジネスであり、アートではない」とコムデギャルソンのデザイナー川久保玲さんやフェンディやシャネルのデザイナーでもあった故カール・ラガーフェルドは明言しています。

ファッションつまり服は、人が身体に纏うという大きな前提と目的があります。
人が着ることで初めて成立するものでもあります。そもそも裸で社会生活を営むことが困難な現代において、服なくしては生活できない社会的側面もあります。

社会的なこと、絡んでいるファッション

アートと服の歴史的背景を紐解くと、両者は共通項が多いのです。当然と言えば当然なのですが。

例えば、ピラミッド社会構造で服で身分が厳然と区分されて一目でどの身分に属しているか分かる言ってみれば服が画一的なシンボルだった時代と、アートがほんの一部の宗教者や王侯貴族だけのものだった時代があります。
また、アートもファッションも経済圏に取り込まれています。人間が貨幣経済の上に成り立っているのもあり、切っても切り離せないのですが、アートもファッションも似たような状況下にあり続けたとも言えます。なので、アートもファッションも「ビジネス」であるのです。

この点を前提とすれば、アートも作品やアーティストの流行があり、ファッションも然りです。アートはフランス革命以降、民衆のものになったはずなのですがアートを「所有」しようとすれば、ある程度の貨幣が必要となります。ファッションも同様です。価格が高ければ一概に良いというものでもありませんが、「市場」に出せば専門家の「評価」がついてきます。一部の専門家が市場の価値と評価を与え評価額が決定されます。投資家やアートギャラリーなども絡んでくるので、アートはファッションよりも複雑化されていますが、アートの権威化が昨今のアート投資によって強調されているとも言えます。アートの一面が活況となることで、話題となってアートに興味がなかった人も関心を持つ機会となるのは良い面かもしれません。この話題は、深堀しようとすれば複雑かつ尽きないので、この辺りにしておきます。笑

ファッションは社会的側面がある、と先に書いたのですが、このことが人が真の意味で自由にその人らしさを引き立つ装いを阻んでしまう、という非常に残念なことも起きてしまっている。それすら気づいていないという、ちょっと怖いなとさえ感じます。それは、自分の表現を阻んでいるというトラップ。

いわゆるTPOに応じて、メディアが提唱する縦割りな年齢や性別に従順して同じようなファッションが街で溢れる。「こうせねばならない」と思わされている。横からはみ出さないように、窮屈になっている。結果的に同じ洋服しか店頭にないというのが普通になってしまっている。日本という社会では日本という文化や環境慣習などによる影響が非常に大きいと感じます。もちろん、毎時期「流行」の形や色、アイテムなどを打ち出してくるファッション業界の戦略もあるのですが。消費に疲れてしまっている方も多いのではないでしょうか。

本当に真の意味で、ご自身が着たい服を選んで着ていますか?
制限を設けてないですか?
他人の視線などにご自身を押さえ込んでないですか?
ご自身、自分が主体となっていますか?
メディアに踊らされて惑わされていないですか?
人生に迷うかの如くファッションにも迷っていませんか?
これを着ていれば、まあ安心安全かなと思っていませんか?

それだけファッションは人に思っている以上に、実は心理的にも大きな影響を与えているものなのです。たかがファッション、外側ばかり飾り立てるものではない、というよく使われるこの文言。「たかが」ではないのです。

話が逸れてしまいました。

私自身も経験あるのですが、気に入りの洋服は飾って見ているだけでも気持ちが満たされ喜びとなる場合もあります。もちろん、着ることで更に「自分のもの」で表現できる「着る喜び、肌と身体に纏わせる喜び」はあります。洋服好きでなくても、気に入った洋服を着ることで自分の感情から表情まで嬉しくなるというとてもポジティブな効果を体感されている方も多いでしょう。

このことは、まずは自分の好みや自分の意思があって何よりも「自分を知っている」からこそ味わえる経験でもあります。アートも同じです。
難しくは考えなくても大丈夫です。
ご自身の「ツボ」を知り当てるだけなのですから。


自分で考えた(意識、無意識でも意図した)装い(髪型から鞄靴などの小物や化粧に至るトータルファッション)をすることで洋服を媒介として「表現」するという喜びでもあるのです。

個人的には、ファッションはアートであると考えています。
装飾、デザインという区分になるかもしれませんが、これだけ多くの人を魅了されてきたファッションは、アートでもあるのです。アートも同じ効能や役割があるからです。

冒頭で書いた川久保玲さんやカール・ラガーフェルドはN.Y.のメトロポリタン美術館(MET)で展覧会になっています。カールは今現在、初めての展覧会開催中です。川久保さんはイヴ・サンローランに続く存命のデザイナーとして展覧会が開催されました。しかし、カールは存命中拒否していたので故人となって本人の意思とは反し展覧会が開催されています。亡き彼は、このことをどう思うのかなんて思いを巡らせます。

2023年は、日本でも公共の美術館が個人デザイナーを展覧会として取り上げる多く一年となります。東京都現代美術館(清澄白河)での「クリスチャン・ディオール展」はとても話題となりオンライン予約できなく高額でチケットが販売され、枚数限定の当日券には早朝から長蛇の列をなす程の人気と感心でした。若い女性を中心にディオールのバッグなどが高額だけれど購入されるなどの、近年のディオールブームも牽引となったと思います。9月からはディオールが亡くなった後に、最初のデザイナーとなった「イヴ・サンローラン展」が国立新美術館(六本木)で開催されます。2022年に寺田倉庫(港区)でイヴのミューズの一人であった今もご健在の女性にフューチャーした「ベティ・カトルー展」が現在のサンローランデザイナーであるアンソニー・ヴァカレロがキュレーションで開催されています。おそらく、今年の展覧会の布石にしたのでしょう。それだけブランドの力の入れ具合が伝わります。ディオール展もベティ展も足を運んだので別記事で詳細を書く予定です。

ファッションという視点からアートを楽しむというのも、とても興味が尽きないものです。ファッション好きな方には、ぜひ美術館で楽しんでいただきたいです。

アートの旅で、ご自身の3感「感情」「感覚」「感性」をぜひ発見していただきたいです。アートやファッションを介して、作品やアーティストの旅ができるのです。どう感じるかは、あなた次第です。何も感じない、ことはないので怖がることは全くないのでご心配なく!あなただけの新しい「物語」が生まれるのもこの旅の醍醐味です。

今回はアートとファッションへの誘いでした。

では、また!





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