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京都ストーリー『愛と公平の京旅行』…1

いつもより長めのストーリーになったので、
今回は全3回に分けて公開しますね。

   《愛と公平の京旅行》…1


①*嵐山・渡月橋

公平「上流がね、川下りで有名な保津川。
   で、この橋の辺りが大堰川。
   その下流からは桂川っていうふうに、
   名前が変わるんだよ、この川」
愛 「ウソッ、ホントに?!」
公平「そ。あとねー、恋人同士が京都旅行をして
   この渡月橋を渡ると、そのカップルは必ず
   別れるっていうウワサがあるんだ」
愛 「へえ、そうなんだ。へーえ…、
   でもあたしたち恋人同士ってワケでも
   ないし、関係ないよね」


季節は、やがて春。
…と言っても、桜の開花にはまだ少し早く、
京都盆地特有の底冷えが残る、
観光客もまばらな頃。
彼・柚原公平は、彼女・鈴木愛を誘って、
この千二百年の歴史を誇る、
古都・京都へとやって来た。


公平「正直言って、
   キミが来てくれるって思わなかったよ、
   ホント。電話した時、
   けっこう勇気がいったんだぜ」
愛 「ふふ、拍子抜けした? 
   あたし、即答しちゃったもんねー。
   でも、誰に誘われてもこんなだと思われ
   たらヤだな」
公平「わかってるよ」
愛 「ホントにィ? 
   カルイとか思わなかった?」
公平「当たり前だろ。
   そんな女だったら最初から誘わないよ」 
愛 「そう、…よかったァ。
   あたし、何て思われてるのかと思って…、
   これで安心して旅行が楽しめる。
   …うぅ、寒い」
公平「……」
愛 「アッ…」
公平「これでどう?」
愛 「…うん、…あったかい」


京都は、公平にとって思い出の地…
いや、故郷とも呼べる、
彼の青春のオープニングの街だった。
その故郷を離れ、東京に出て早6年。
俳優としての仕事もポツポツ入るようになり、
一人何とか暮らせるまでになっていた。
しかし近頃、テレビでその思い出深い京都に
関する番組を見る度に、彼の心は過去へと
引き戻され、前に進めないでいる自分に気づく
のだった。
そこで彼は原点に戻ってみるべく京都旅行を思い
立つ。最初は一人行くつもりだった。しかし
以前から気になっていた彼女に何気なく話した
時、「あたしも京都、行ってみたいな」という
反応。そこで公平は一大決心。彼女に自分の
好きな京都を見せたいと、ダメ元覚悟で勇気を
振り絞り、彼女を誘ってみたのだった。


②*ホテルニュー京都(堀川丸太町)

愛 「…ねえ」
公平「ん?」
愛 「いつから?」
公平「…何が?」
愛 「て言うか、なんで?」
公平「…?」
愛 「なんで、あたしを誘ってくれたの?」
公平「…俺に、白状させる気?」
愛 「うん、聞きたい、知りたーい。
   ね、教えて?」
公平「わ、わかったわかった、言うよ」
愛 「なになに?」
公平「んーそうだな、
   …キミがあの店でバイトしてて…」
愛 「うん」
公平「で、オレがたまたまコーヒー飲みに
   入って…」
愛 「うんうん」
公平「けっこう店の雰囲気良かったし、
   店のコも感じ良くって…」
愛 「え、あっ、それってもしかして、
   あたしのこと?」
公平「(笑)それはナイショ」
愛 「あーんもォ、いじわるゥ」
公平「そんでしょっちゅうコーヒー飲みに
   行くようになって…」
愛 「ホント、コーヒーばっかだもんね、
   このヒト。で? それで?」
公平「でー…3回目か4回目ぐらいだっけ?
   俺が行くと、顔見ただけですぐコーヒー
   を、ブラックで持って来てくれるように
   なったの」
愛 「そうだっけ。
   え、だって簡単でラクなお客なんだ
   もん。それに、お客さんで俳優なんて
   滅多にいないし、すぐ覚えちゃった。
   へへん、でもエライっしょ、あたし」
公平「(笑)笑顔も感じ良かったしね」
愛 「(笑)それしか取り柄ないんですゥ」
公平「で、その笑顔、
   もっといっぱい欲しくなったってワケ」
愛 「いいよォ。こんなんでよかったら、
   いーっぱいアゲル」
公平「やったァ。いっただきまァーす! 
  (突然)チュッ♡」
愛 「………」
公平「…どした?」
愛 「…だって、…びっくりした…」
公平「……ゴメン」


二人が泊まったのは、彼が上京してから時々
京都に帰った時、定宿として利用していた、
二条城に程近いホテルだった。
そして、やはりそのホテルにも、公平の
思い出が詰まっていた。


《回想》

美也子「あ、アカンわ…そんなんしたら、
    あたし帰れへんようなってしまう…」
公平 「もう少し、そばにいて欲しい」
美也子「だって、
    朝お店開ける準備もせなあかんし…。
    これ以上ここにいたら、あたし…」
公平 「………」
美也子「あんたには東京でしっかりやらなあかん
    ことがあるやろ。あたしにも、子供かて
    いるし、やっぱりこっちでお店やりたい
    のよ。やっぱり…あたしら一緒にはなれ
    へんわ。…ねえ、あっちでしっかり勉強
    して、ええ役者さんになって…」


美也子という年上の女性との甘く切ない恋。
公平にとってそれは何物にも代え難い大切な
思い出。しかし、そんな思い出も今となって
は遠い昔の出来事。
公平は、フッと苦笑いして思い出をかき消し、
もしかしたらこれから見つめ続けてゆくかも
知れない、目の前の〈無邪気な天使〉に微笑
みかけた。


③*三年坂~二年坂

公平「この三年坂はね、
   清水寺の子安観音に安産祈願をしに行く
   時に通るから、お産の産に丁寧の寧と
   書いて〈産寧坂〉とも言うんだよ」
愛 「へーえ」
公平「それから、ホントかウソかわかんない
   けど、女の人がここで転ぶと流産する
   …みたいなウワサもあるんだよ」
愛 「えっ? キャッ」
公平「おっとォ!」
二人「ふーっ、セーフ(笑)」
公平「あっぶねー」
愛 「びっくりしたァ。
   この石、出っぱってんだもん」
公平「よし、俺につかまって」
愛 「え?」
公平「だから、腕組んで」
愛 「わーい!」
公平「おっとっとォ、おいおい、
   今度は二人で転んじゃうよ」
愛 「二人一緒ならどうなるの?」
公平「さァ、…二人の中身が入れ替わっ
   ちゃったりして…」
愛 「えーっ、男女逆転?
   あ、なんかそれ…そんな映画なかった?」
公平「で、ここを曲がって、ここからが二年坂」
愛 「ふーん。三年、二年、…一年坂は?」
公平「あるよ。観光マップにもまず載って
   ないし、坂ってほどの坂でもないし、
   ほとんど目立たない小さな路地で、
   『念じる』の『念』を使って
   『一念坂』と呼ばれている道が」
愛 「あ、やっぱあるんだ。ねェ、そういう
   とこ、あたし見てみたい」
公平「もうちょっと先んとこを確か左に入るん
   だけど…」
愛 「あっ、人力車!」
公平「ああ、乗る? 
   言えば乗っけてくれるらしいよ」
愛 「ホント? んー、でもいい。
   それよりあたしおなか空いちゃった。
   ねえ、人力車の前で写真だけ撮ろ」
公平「OK。じゃ、そこ座って」
愛 「うんっ!」


〈清水の舞台〉で有名な清水寺から清水坂を
下り、石造りの三年坂、二年坂を過ぎ高台寺道
を抜けると、枝垂れ桜の名所、円山公園に出る。
緩やかな丘陵に出来た京情緒豊かなこの庭園は、
地元のカップルにも観光のカップルにも最適な
デートスポットである。


④*長楽館(円山公園)

愛 「すっご~い。天井高~い!」
公平「ルネッサンス調…ってヤツ」
愛 「ちょう・らく・かん…? 
   な~んか豪華な喫茶店」
公平「静かで落ち着くんだよ、ここ」
愛 「いいねー」
公平「……愛」
愛 「へっ?」
公平「(笑)へって何だよ、へって…」
愛 「(笑)だァってェ…
   いきなり呼び捨てで呼ぶんだもん」
公平「ダメ?」
愛 「…ううん、うれしい。
   これからずっとそう呼んで」
公平「え? …ずっと?」
愛 「えっ、あ、だからこれから…。
   だってそのほうがカンタンで呼びやすい
   でしょ? ネェネ、あたしも、いい? 
   コーヘイって呼んでも」
公平「いいねー。そうでないと不コーヘイ
   ってか?」
愛 「ぅわっ、オヤジぃー(笑)」
公平「うっ、しまったァ(笑)」
愛 「で、何?」
公平「何って?」
愛 「愛って呼んだじゃない、今」
公平「…アレ? 何だっけ…ハハ、忘れた」
愛 「オイオイ、ボケるにゃ早いゾ、
   コーヘイ(笑)
   それにしてもここ、何て言うの…
   ゴージャス?」
公平「ここはね、明治の〈煙草王〉と言われた…
   んー、何とかっていう人の別荘だった
   建物で、裏はレディースホテルになって
   るんだよ」
愛 「ヘー、素敵ィ」
公平「前にね、映画の撮影でここにロケに来て
   以来、俺すごくこの店気に入っちゃった
   んだ」
愛 「ヘー、そーなんだ。え、その映画、
   コーヘイ出てるんだ? 
   へー、すごいすごい」
公平「だって俺、これでも役者だもん」
愛 「ね、あたしそれ見たァーい。
   どうしたら見れるの?」
公平「一応ビデオ持ってるけどね。
   でも昔だからエキストラみたいな
   もんだよ」
愛 「いい、いい。見たい見たい。
   コーヘイだもん。
   それにこのお店も映ってるんでしょ? 
   実際に来た店が映画に映ってるのって
   すごいよォ。見せて!」
公平「OK。じゃあ、帰ったらね」
愛 「わィ、やったァ」


公平は、彼女と一緒にいて、とても心が安らぐ
のを感じていた。自分にとっては思い出の街で
ある京都。心の中で過去を懐かしみながら、
彼女をエスコートして歩く道。訪ねる社寺や
店の数々。その佇まいの雅さ。そよ吹く風の
優しさ。自分の大好きな街の素晴らしいもの
すべてを、彼女に知って欲しいと、彼は思った。
また、言うまでもなく彼女は、胸深く彼の
その思いを、しっかりと感じ取っていた。

           … つづく



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